BS1 ワールドウオッチング - WORLD WATCHING -

2019年3月4日(月)

注目される薬物依存への“寛容な政策”

塩﨑
「特集・ワールドEYES(アイズ)。
けさは、世界で広がりつつある薬物乱用問題への“厳罰なき対策”についてお伝えします。
日本を含む多くの国では、違法薬物の所持や使用に対して厳しく取り締まっています。
今日(1日)取り上げるのは、違法でも罪には問わず薬物によるさまざまな悪影響を減らすことを目指す『ハームリダクション』という政策です。
今、世界的な広がりを見せています。
まずはその『ハームリダクション』について、丹野さんに説明してもらいます。」

丹野
「このハームリダクション(Harm Reduction)とは、文字通り被害(Harm)を減少(Reduction)させることを意味します。
薬物依存症の人たちに対して、その使用を厳しく禁じるのではなく、公衆衛生や経済、そして、薬物使用による健康への悪影響の軽減を重視した政策です。
いち早くこの政策を導入している国のひとつが、ポルトガルです。
2001年に、少量の違法薬物の所持や使用については刑罰を与えないとし、薬物使用者への福祉サービスや、注射器の代わりに経口摂取できる薬物を処方するといった対応を始めました。
その結果、薬物使用者数やHIV感染者数が減少しました。

こうした成果が見られたことで、国際社会での認識が高まり、国連などでも議論されるようになりました。
現在、世界の80以上の国や地域で、薬物政策の一部に取り入れられています。」

塩﨑
「2015年には薬物使用によって世界でおよそ45万人が死亡していますが、近年、薬物汚染が悪化しているのが北米です。
その背景には、本来は鎮痛剤として使われる『オピオイド』と呼ばれる薬物の乱用があります。
そうした中、ハームリダクションを導入しているカナダのバンクーバーでは、薬物依存症の人たち向けの『注射をするための部屋』を設置し、効果を上げているようです。
イギリスBBCのリポートをご覧ください。」

薬物乱用対策 「ハームリダクション」

バンクーバーの路地。
悲惨です。
自暴自棄な人々が、死にかけています。
依存症患者です。
北米に広がるオピオイドの乱用を、ここでは公衆衛生の危機として、独自の対策をとっています。
さらに強力な合成オピオイドは、この路上で1年の間に1,500人もの命を奪いました。

女性
「私は、3回過剰摂取しました。
過剰摂取ということすら分からないままに。」

薬物依存症患者はこの路地に集まり、堂々と麻薬を注射したり、吸ったりしています。
しかしここでは、この人たちは救いの手を差し伸べる対象です。
警察は近づかず、逮捕されることはまれです。
その代わり、安全に注射できる場所があります。
当初、違法ながらも始められたここでの活動は、政府の公衆衛生プログラムの原型となりました。

利用者はドラッグを持参し、椅子に座り、注射をします。
このプログラムは、「依存症は克服できない人もいる」という前提に基づいています。
糖尿病患者にインシュリンを与えるように、依存症患者に医療用ヘロインを処方します。
ヘロインを依存症患者に与えるなんて、頭がおかしくなったのかと言う人もいますが…。

医師
「薬物依存は、社会に巨額のコストをかけます。
この政策で裁判・警察や感染症の拡大に伴う費用など、すべてを削減することが可能です。」

こちらの2人は1日3回、ここで注射します。
ヘロインを探し、買う苦労がなくなりました。

「以前はどうでした?」

「ヘロインを買うために、路上でモノを売っていました。」

「何を?」

「売れる物はすべて。」

彼らにとって、へロインの処方は「安定」を意味します。
新たな人生のスタートです。

「将来が見えてきましたね?」

「はい。」

「よい未来です。
明るく健康的な未来です。」

こうした成功例もあります。
しかし本当に必要なのは、依存症への入り口を閉ざし、この状況をなくすことです。

「ハームリダクション」 導入の背景は

丹野
「スタジオには、依存症をめぐる問題に詳しい国立精神・神経医療研究センターの松本俊彦さんにお越しいただきました。」

塩﨑
「バンクーバーの『注射室』の様子、かなり驚かされたんですけれども、日本の常識では『ありえない』と感じてしまったのですが。」

国立精神・神経医療研究センター 部長 松本俊彦さん
「実はカナダも、他の多くの国と同じように厳罰主義でやっていたんですね。
ところが、それで状況が改善しなかったということがまずあるんだということを、ご理解いただければと思います。
やはり厳罰化すると、薬を辞めたいと思っている方たちが助けを求めにくくなってしまうところがある。
ほかで悩み事があっても、なかなか相談できない。
しかも、このヘロインというお薬、オピオイドは非常に依存性が強くて、禁断症状も厳しいですし、量を不適切に間違って使うと、生命的な危機になることも非常に多いんですね。
それからどんどん、それで孤立が深まって薬物がやめにくくなるというのもありますし、新規にHIV感染が不衛生な注射器を使うことによってどんどん広がってしまう。
これは命を守るためにまずいんじゃないかということで、市民のボランティアとして1997年くらいから、この『注射室』の活動が始まったんです。
清潔で安全な注射器を配布する、そして安全な薬の使い方を助言し指導する。
でも、それだけではなく、そこでさまざまな悩みの相談を受け付けるんです。
例えば、薬物を使用しているひとり親のお母さんが、子育てに悩んでいる。
これまでだったら、どこにも相談ができないんですよ。
ところが、この『注射室』を介して相談することができて、子どもの虐待死という二次被害を防ぐことができるんですね。
ただ、なかなか国とも、これはうまく折り合いがつかなくて、ある時期には違法行為だとして国を相手取った法廷闘争にも発展した時期もありました。」

「ハームリダクション」 社会への効果は

丹野
「リポートでは、薬物に依存している人たちがこの『注射室』を利用して前向きになった姿が描かれていました。
ただこれは、実際にどのような効果やメリットがあるのでしょうか?」

松本俊彦さん
「この『注射室』の取り組みは、きちんと学術的に検証されて、科学的な論文として医学雑誌にもちゃんと発表されています。
その成果を紹介しますと、例えば、薬物の過剰摂取によって死亡する方が、開設して2年間で35%減少しています。
それから、不衛生な注射器を使うことによるHIVの新規感染者が減っています。
だいたい1年間で83.5人の新規感染を食い止めた計算になりまして、これを医療費に換算すると、1760万ドルの医療費が抑えられた計算になります。
それから、この『注射室』を使って薬を使う中で、薬物を辞めたいというふうに考えるようになり、その断薬のための治療につながった方が1年間で30%増えているんです。
つまり、治療によって薬をやめている人が増えているということなんです。
しばしば懸念されている治安の悪化や犯罪の増加、こういったことの証拠は一切見られてないんです。
したがって、おおむね社会的には好ましい効果が得られているということが証明されています。」

薬物依存症 理想の対処法は

塩﨑
「日本を含めた国では『問題のある薬を絶つ』ということに重きが置かれてきましたけれども、こうした方法では思うような効果は得られないのでしょうか?」

松本俊彦さん
「どうしても、薬物を断つ、供給を低減する、これは大事なことなんですけども、もう2つ大事なポイントがあります。
1つは『欲しがる人を減らす』。
これはやっぱり依存症の治療だと思うんです。
でも、その治療を試みても、うまく断薬できない人もいます。
その場合、使った場合の二次的被害を低減するということが大事なんです。
これがハームリダクションなんですね。
薬物依存症というのは確かに犯罪でもあるけれども、同時に、精神保健福祉法に明記された『心の病気』という側面もあるんですね。
それをどう考えるのか。
犯罪として扱うと、本人が孤立してしまう。
しかしながら、薬物依存症になる方たちは、もともとトラウマや孤立といった問題があるんですね。
そして、薬物を使って心の痛みに対処しているうちに、ますます孤立が深まってしまう。
ここをどうするか。

ハームリダクションは、この孤立の悪循環を防ぐための方策であるというふうに私は考えています。
一例を挙げると、アルコールのような、法によって禁じられていないものの依存症を考えてみると、アルコール依存症の治療は原則『断酒』、お酒を一切断つことが目標なんです。
しかしながら、それがなかなかうまくいかない方たちもいます。
しかし、同じ断酒できないのであれば、治療につながっている人と、つながっていなくて孤立している人を比較してみると、治療につながっている方のほうが、生命的にも社会的にも予後が良いということが分かっているんです。
つまり、やはり最低限、孤立をさせないということは重要な方策ではないかと私は考えています。」

「ハームリダクション」 日本での理解は

丹野
「このハームリダクション、世界では広がりを見せているわけですけれども、日本の中では、まだあまり聞かれない言葉ですよね。
この議論というのは、どの程度進んでいるのでしょうか?」

松本俊彦さん
「日本の場合は、非常に取り締まりや捜査能力が高くて、最初の1回目を防ぐ『乱用防止』に成功している国なんですね。
ですから、なかなかその問題意識というのは、まだまだ大きくはなっていません。
それからまた日本の薬物政策自体が『ダメ。ゼッタイ。』で行われてきているので、使うことを前提とした対策というのが非常に立てづらい状況にあるんですね。
しかし、私が思うには、そうした中で孤立する方たちがどんどんやめづらくなってしまっている現状もあって、断薬を目指すプログラムを補完するものとして、やめられなかった人の2次的な災害を防ぐということは大事なんじゃないかと思っていますし、せめて医療機関に助けを求めてきた方々には、守秘義務を優先して、犯罪者として告発するのではなく、支援につなげるということを頑張る。
これは、日本でも実現可能性のあるハームリダクションじゃないかなと思うわけです。」

「ハームリダクション」 今後の課題は

塩﨑
「メリットは理解できましたが、なかなか今の日本では簡単には受け入れがたい考え方のような気もするんですが、そういうことを含めて、今後の課題や問題点としてどんなことが挙げられるのでしょうか?」

松本俊彦さん
「まず知ってほしいのは、決してこれは、カナダのように汚染が激しいからこういう対策をとったんだと、日本は無関係だと思われるかもしれませんが、そうではないです。
決してこのやり方で犯罪が増えたというエビデンスは、一切無いんだということ。
そして、先進国がこちらに関心を持っているということを、ちょっと重く見てほしいんです。
つまりその国として、福祉的な国家として、少数な人たちを切り捨てて前へ進むべきなのか。
それとも、そういう人たちを包摂しながら、社会をより良いものに変えていくのか。
そのどちらを取るかというのは、その国によっていろいろと考え方がありますけれども、ぜひこの機会に、みんなでこの問題を考えて頂ければありがたいなと思っています。」

ページの先頭へ