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池畑キャスターの視点
殺生禁断? フランスの「アグリバッシング」を考える

殺生(せっしょう)とは生き物を殺すことを指し、仏教では最も重い罪の一つとされる。昔から、人は「食べるために生き物を殺すことはどこまで許されるのか」と自問してきたのだろう。現在のフランスでは、農業・畜産業に携わる人たちに対する風当たりが急速に強まっているという。
「アグリ(=農業)バッシング」だ。(国際報道2020 池畑修平キャスター)

フランスを代表する食材に暴力的ともいえる糾弾

昨年(2019年)、パリ中心部では、赤いペンキを家畜が流す血にみたててまき散らすという抗議活動が繰り広げられた。参加者たちは「全ての食肉処理場を閉鎖しろ!」と気勢を上げた。

NGOが公開したフォアグラ工場内部動画

食肉の中でも、とりわけ、フランスの美食を代表する食材の一つ、フォアグラを白眼視する人が増えている。
フランスのNGOは、昨年、フォアグラ工場の内部を撮影した映像を公開。そこには、職員たちがアヒルやガチョウに強制的に餌を食べさせたり、ひな鳥を生きたまま処分したりしている様子が映っている。職員たちは、鳥をモノのように扱っているという糾弾だ。フォアグラに対する批判は以前からあるのだが、NGO側は、こうした強いインパクトの映像が批判を増幅させ、業界のあり方を変えさせることにつながるのを期待しているという。「映像は暴力的かもしれない。でも暴力的なのは畜産農家がやっていることだ。動物たちがどんな環境で育てられているか、こうした映像を見せることが成果につながる」(NGO共同代表)

“畜産家は殺し屋” 命を脅かすバッシングも…

フィリップ・クレモンさん

「アグリバッシング」は、さらに過激な手段まで取られ始めている。フランス北東部のヴォージュ県で長年にわたって農畜産業を営んできたフィリップ・クレモンさんの飼育施設に、今年1月、何者かが大きな落書きをした。
“畜産家=人殺し”、“殺し屋”と。クレモンさんは嘆く。

「国民の食べ物を作る仕事をしていて『殺し屋』と罵られるなんて、怒りしか覚えません」

警察が公開した放火現場

そして、一歩間違えれば人命にかかわる犯罪行為まで。養鶏場や食肉処理場に対する放火だ。こうしたまがまがしい「アグリバッシング」は、フランス各地で1600件以上が報告されているという。

特別チーム「デメテル」

政府は、警察に特別チームを設置して農家や養鶏場などをパトロールさせ、捜査・警戒に注力している。歯止めをかけないと、農業大国としての地位まで揺らぎかねないという危機感がある。
特別チームの名称は「デメテル」。ギリシャ神話における豊穣の女神だ。女神にご降臨を願ったのは、過激な行為に及ぶ人たちに「人間が生きるのに必要な動物を殺(あや)めるのは、神からの恵みを生かすことなのですよ」とばかりに、いわば天啓を伝えたいという思いがうかがえる。
つまり、無益な殺生ではないと。

変化する食のスタイル!若者へ広がる“ビーガン”

「アグリバッシング」の大きな背景には、肉食に対する意識の変化、とりわけ若い世代を中心に広がるビーガンという食のスタイルがある。ビーガンは肉や乳製品を全く食べない、完全な菜食主義。フランスの場合、一昨年、ビーガンの市場規模は前の年に比べて24%伸びたという。

ビリー・アイリッシュさん

ちなみに、今年のグラミー賞で5部門を制したポップ界の若きスーパースター、ビリー・アイリッシュも、ビーガンだ。彼女のようなアイコンは、歌にとどまらず、その生活スタイルも、若者たちに大きな影響力を及ぼす。今後、ビーガン主義の人はさらに増え、それにつれて、大豆などから作る代替肉の需要も伸びそうだ。

たばこ規制から汲み取る教訓

倫理は時代と共に変化する。
とくに、科学の進歩によって従来は知られていなかった害が明白になれば、それまでは人々に歓迎されていた産品もたちまちバッシングの対象になる。
例えば、たばこ。
かつてジュネーブに駐在していた2003年、WHO(世界保健機関)の総会で「たばこの規制に関する枠組み条約」が採択されるまでの過程を取材することになったのだが、焦点の1つは「たばこの葉の栽培農家の暮らしはどうなる?」だった。喫煙による健康被害を憂慮するNGOが「たばこ追放」一辺倒の中、(それがNGOの役割ともいえるので否定するわけではないのだが)各国政府は、栽培農家に対する支援が伴ってこそ規制への理解も広がる、と判断した。
難航を重ねた交渉の末、条約の第17条に、「各国がたばこの葉の栽培農家やたばこ産業に携わる人たちに対して経済的な代替案を奨励する」という内容が盛り込まれた。緩やかな形でほかの産業への移行を促す、いわばソフトランディングをはかろうというわけだ。
現在、世界のどこでも、たばこを購入すると、喫煙が健康に与える悪影響を警告する文言や写真がパッケージに大きく刷られていて、いやがおうでも目に入る。かつては、そうした警告はなかった。購入をためらわせるような写真など、メーカーが自主的に載せるはずがない。それを変えたのが、2003年の条約だ。第11条で、「たばこ製品の包装及びラベルについて・・・主要な表示面の30%以上を健康警告表示に充てる」と定められたのだ。こうした具体的な規制策が、たばこ産業のソフトランディングを包摂しながら実現したわけだ。

話をフランスの「アグリバッシング」に戻そう。
肉食に対する意識が変化しているからといって、フォアグラの生産者をはじめ、畜産業をバッシングするだけでは、対立を激化させ、むしろビーガンへの逆風を招くように思える。放火など、もってのほかだ。フランス社会の中で議論を重ね、家畜の扱い方で現在の倫理に合わない部分があるなら改める。それによって効率性が低下して経済的な打撃を受ける農家があるなら、政府や経済界による支援、つまりソフトランディングを伴いながら、現代に合う殺生のあり方を模索することが望ましいのではないか。

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