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池畑キャスター
「反日種族主義」著者・イ・ヨンフン氏にインタビュー

Q:国際報道2020 池畑キャスター
A:イ・ヨンフン氏

Q:
「反日種族主義」は、内容もさることながら、タイトルからして刺激的ですね(笑)

A:
刺激的でしょう(笑)

Q:
韓国でこのような本を出版しても大丈夫かと悩みませんでしたか?

A:
「反日種族主義」という言葉の概念は、私が長年考えていたものです。正常な議論、客観的な判断や審判がなされていない、そのような韓国の歴史学会の風土を幾度も経験しながら、そうか、これは種族主義社会なのだ、と考えるようになったのです。そう思っていたところ、ムン・ジェイン(文在寅)が露骨な反日政策をとるのを見て、この本を編集・出版しなければならないと決意した次第です。

Q:
この本を通じて韓国国民に向けて最も強調したかったメッセージとは何ですか?

A:
(日本に併合された)1910年に歴史の表舞台から消えてしまって朝鮮王朝以降、この約100年間、韓国人の精神や社会関係、あるいは国際感覚において、近代化と呼べる本質的な変化が、果たしてあったのだろうか。あったのなら、その内容は。なかったのなら、あるいは変化が非常に小さかったのなら、現代の韓国人とは、一体何者なのか。哲学者のソクラテスが「汝、己を知れ」と述べたように、韓国人に自分たちのアイデンティティついて問いかけたかったのです。それが、この本を出版した基本的な動機ですね。

Q:
大きな批判を受けるだろうとも予想しましたか?

A:
そうですね、十分考えられたことです。私は昔から多くの批判を受けてきた人間なのです。例えば、1992年から、私は韓国の植民地時代初期に日本が全国の土地調査事業を実施したことに関する論文を書きました。その中で「日帝(大日本帝国)が朝鮮総督府の強権で朝鮮人たちから土地を収奪していたこと(韓国での定説)は事実ではない」と説明しました。私は一研究者の立場で新しい視点を示せたという嬉しい気持ちで論文を書き下ろしたのですが、返ってきたのは、「お前は親日派だ」という攻撃でした。そのときは、とても驚きました。自分が生まれ育ち、生きている韓国社会がどういう社会なのか、深刻に考えるようになったのです。また、私は政治家ではないので、批判されることをそれほど恐れたり、批判のせいで行動が制約されたりすることはありません。

Q:
「反日種族主義」はベストセラーとなり、韓国の比較的若い世代が多く購入しているそうですが、このような肯定的な反響は予想していましたか?

A:
もちろん、期待はしていました。そうした期待がなければ、あえて出版する必要はなかったでしょう。これまで、「お前は親日派だ」と攻撃されると、韓国人は反撃できずにいました。しかし、今(出版後)は、「親日派だ」と攻撃されると、「それならお前は反日種族主義者なのか。種族主義的な言動をやめろ」という反撃がインターネットを通じてかなりの広がりをみせているのです。望ましい現象だと考えています。私たち韓国人が、より広い視野で、国際的な感覚を持って歴史を理解し、隣国を理解する。そのような現象が若い世代から拡大しているのだと思います。

Q:
かつても、韓国でこのような本を出版した研究者はいました。例えば、セジョン(世宗)大学のパク・ユハ(朴裕河)教授の「帝国の慰安婦」。あの本、批判ばかりされて、肯定的な評価は多くありませんでした。それに比べて、今回、「反日種族主義」がベストセラーになるという大きな変化の背景には何があるのでしょうか。

A:
パク・ユハ教授は、個人的な苦難に見舞われ、裁判など訴えられて係争中ですよね。韓国の社会や知識人が、パク教授を手助けできなかったのです。パク教授への評価は、あくまでも知識人の小さな動きに留まってしまったのですが、今回、この本をめぐっては、国民的な反応が見られたのです。それだけ国家に対する危機意識が深まったからではないでしょうか。私たちの本は、パク教授のように慰安婦問題だけを取り上げたのではなく、日本との問題を全般的に扱いました。非常に敏感な竹島(韓国名「独島」)の問題までも躊躇せずに客観的に見るべきだと主張することで、わが韓国社会に根づいている歴史認識の問題点を全面的に指摘しながら、国民に近寄ろうとしました。それが、多くの国民が抱いている自由民主主義の国家体制に対する危機意識と噛み合って、大きな反響を呼んだのだと個人的には考えています。

Q:
そのような危機意識もあったかもしれませんが、個人的には、韓国社会が成熟しているのではないかとも感じました。

A:
それもあると思います。一方では、危機意識もみられるが、同時に、この危機意識の実態を理解して克服するため、良い方向へと成熟していく姿も見られているのです。

Q:
現在、日韓韓関係は「徴用」に関する韓国最高裁判所の判決によってあまりにも悪化しています。あの判決に対しても「反日種族主義」は批判していますね。

A:
2018年10月の韓国最高裁判決は、1965年に締結された日韓請求権協定において問題になっていた「徴用」労働者たちへの未払い賃金を含む、債務関係の清算の次元を超えて、韓国人を動員したことが一種の国際法違反であるという、人道主義に反する行為だという判決でしたね。あの判決正当なものだったのか、韓国内の法学者の間でも多くの議論があります。個人的に指摘したいのは、当時、日本に渡って労働する環境は、決して現在のように快適な環境ではなかったことです。鉄条網が張り巡らされた工場の中に閉じ込められて働いていたと(訴訟の原告側は)いいますが、当時、鉄条網が張り巡らされていなかった工場は、1つもありませんでした。韓国でも、最近まで同じでした。当時、韓国人が募集や斡旋によって日本に渡って労働していた事を、国際的な奴隷連行、強制連行の犯罪だと考えるようになったのは、歴史的に作られた記憶なのです。歴史を正しく理解し、整理できなかった韓国歴史学の責任が、結局、これほど大きな政治の問題へと飛び火したのだと私は個人的に考えています。そうした点は、この本でも指摘しました。

Q:
しかし、韓国最高裁判所の判決は確定し、取り消すとかはできませんよね。そうすると、判決が確定した状態で、現在、日韓両国の政府はどうすれば対立を解決できますか?

A:
判決は、あくまでも司法の判断だと思うのです。韓国は三権分立の政治体系のため、行政は行政なりに、独自の判断や対応ができる権限や義務を持っているわけです。日韓請求権協定によると、協定に関する解釈で対立が起きた場合は、第3国に仲裁を受けることになっています。そうすれば、済む話だったのです。協定に従い、「韓国の司法はこのような判決を下したので、無視はできないが、日本の立場は違うので、第3国が介入して解決策を示して欲しい」として、第3国に仲裁を求めるべきだったのです。請求権協定にそうした規定が盛り込まれています。しかし、現在のムン政権はそうしませんでした。(今の日韓関係悪化は)司法ではなく、行政の背任だと思います。問題をここまで悪化させてきたのは、文政権だと私は考えています。

Q:
韓国社会では、保守と革新の対立、「南南葛藤」とも呼ばれるほど激しい対立があり、その中で客観的に歴史を見るのは難しいという指摘もあります。

A:
研究者としては、常にその問題を深刻に考え、頭を抱えています。自分の立場がどれほど正当なのか、客観的なものなのか・・・保守と革新、政治的な利害関係によって、歴史的な事実が「こうだ、ああだ」と解釈されるのは良くありません。歴史学者は、例え、保守と革新、どちらかの陣営に所属しているとしても、史料を客観的に読み、当時の状況を総合的に判断すれば、国のアイデンティティを危ういものにするほどまでの対立は作らないと思うのです。そういう意味では、韓国歴史学、あるいは社会学は、あまりにも政治化されているのかもしれません。近代的な歴史学や社会学が、まだ成立していない状態かもしれません。

Q:
「反日種族主義」の中でも強調していますが、韓国の極端的な市民団体や一部の研究者は、客観的な資料を見ずに自分達の主張を声高に叫んでいます。そうした団体や研究者は、歴史の客観的な事実を知らずに主張しているのか、もしくは、ある程度は知っているものの意図的に無視し、自分の立場を強めるために主張をしているのか・・・

A:
両方あると思います。(韓国社会が)あまりにも政治化されているため、間違った主張を撤回できない場合があります。それは、個人の問題ではなく、自らが所属している政治勢力の利害関係に関わる場合が多いため、いったん間違った主張をすると撤回できないのです。例えば、(私が研究した)土地調査事業で、全国の土地の40%が総督府に日本の国有地として収奪されたというのは、明らかに間違った主張ですが、それが公式には撤回されなかったわけです。しかし、現在、韓国の歴史学研究者、とりわけ若い世代は、もはや日帝が土地や食糧を収奪していたという話は信じていません。「植民地収奪論」は、これ以上、学説として存続するのは難しいというのが、若い歴史研究者たちの間の支配的な意見です。私は希望を持っています。

Q:
この本は、日本でも出版され、多くの日本人が読んでいます。日本人読者の間で、「日本の韓国支配は何も問題なかった、100%良いことだった」と極端に考える人が出てくるのではという懸念が指摘されています。

A:
歴史を具体的かつ責任を持って省察すれば、日本の朝鮮支配は、表面的な結果がどうであれ、正当化できないものです。日本自体、不幸になったわけですよね。朝鮮を踏み台にして満州や中国へ進出したために、結局、日本は世界大戦に巻き込まれて国土が廃墟同然になるという大きな悲劇に見舞われたわけですからね。20世紀前半に起きた大きな悲劇の歴史の一部分が、朝鮮の問題なのです。従って、朝鮮支配は正しかった、正当だったというふうに狭い視野でもって判断するような問題では、到底ありません。20世紀前半、東アジアの歴史がどうだったのかを見たうえで、皆が責任意識をもって省察すべき歴史だと考えます。私は、韓国人にそのような省察の意識を持つよう強調したわけです。もし、日本のいわゆる極右勢力が「日本による朝鮮支配は良かった」と話すなら、それは実に遺憾に思います。

Q:
歴史全体を見れば、日本と韓国の和解も可能だとお考えですか。

A:
そうですね、自由市民は歴史にこだわらないのです。過ぎ去ったことですから。重要なのは、今後どういう未来を構築するかです。東アジアの明るい未来、統合的な市場、そして恒久的な平和体制を切り開いていくことです。それこそが自由市民の姿勢でしょう。私たち韓国人にもそうした姿勢が必要です。日本側でも、「過去が良かった」とか、「自分たちは(朝鮮半島で)良いことをしたとか、悪いことをした」といった判断を越えて欲しいと思います。結局、当時、あのような戦争の悲劇が起きたのは、日本あっても個人や自由の概念が不十分だったためだと思うのです。日本でも省察があるべき問題だと思います。

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