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シリーズ「揺れるEUの結束」

(4)EUと中国 ~「新たな冷戦」での立ち位置を模索~

イタリア北東部のトリエステと聞いて、かつての東西冷戦において一つの象徴となった都市だった、と思い浮かべる方は、かなりの歴史通だと言えるでしょう。トリエステは、冷戦時代に西側陣営と東側陣営とを分断した「鉄のカーテン」の南端でした。もっとも、ベルリンの壁と違って、「鉄のカーテン」は実際に壁のような建造物が敷設されたわけではありません。1946年にイギリスの首相チャーチルが演説で用いた比喩です。いわく、「北はバルト海のシュテッティンから南はアドリア海のトリエステまで、鉄のカーテンが大陸に降ろされている」とし、その「カーテン」の東側にあるヨーロッパ諸国はソビエトの影響下にあると説明しました。冷戦の到来を予言した演説でした。それから長い年月が過ぎ、冷戦も終わりました。しかし、今、再びトリエステが注目を集め始めています。アメリカと中国の対立が、「新たな冷戦」の様相を呈する中、トリエステが、中国の「一帯一路」構想における「海のシルクロード」のヨーロッパでの到達地となったためです。従来からのパートナーであるアメリカとの関係を維持しつつ、急速にヨーロッパにも進出する中国と、どう向き合うのか。EUは、その立ち位置を模索しています。
(国際報道2019キャスター池畑修平)

イタリアが中国に取り込まれた?

中国・習近平国家主席とイタリア・コンテ首相

今年3月、世界に衝撃が走りました。イタリアが、中国の巨大経済圏構想「一帯一路」に関する覚書に署名したのです。イタリアのマッタレッラ大統領は、覚書への署名について、「協力強化への理想的な枠組みだ」と自賛。確かに、アジアとヨーロッパを結ぶ「一帯一路」をめぐっては、これまでに125か国が中国との協力文書に署名し、EU加盟国でも、ギリシャやポルトガルなど13か国がそこに名を連ねていました。しかし、G7=先進7か国ではイタリアが初めてなだけに、中国のヨーロッパ進出は新たな段階に入ったという受け止めが広がりました。イタリアと中国の覚書では、港や道路などのインフラ整備で両国が協力することや、互いに投資や貿易を拡大させることなどが盛り込まれました。イタリア側は、経済への波及効果が日本円でおよそ2兆5000億円に上ると試算しています。

トリエステ港にチャイナ・マネー

「海のシルクロード」の、ヨーロッパ側の到達点と位置づけられたのが、トリエステの港です。アドリア海に面したトリエステは、古くから海上交通の要衝でした。300年前、神聖ローマ帝国の皇帝によって本格的な貿易港として開かれ、オーストリア・ハプスブルク家の統治下で、海の玄関口として発展してきました。市内の至る所に、かつての栄華を物語る建物が残っています。

中でも、中心部の広場に面して保険会社の手による堅ろうな建物があるのを見ると、保険というビジネスが海上輸送とともに発達したことを実感します。

そのトリエステの港に取材で入ることができました。向かったのは、大型コンテナ船が2隻同時に接岸できる第7ふ頭。トリエステ港の貨物の取り扱い量は、ヨーロッパで12位にとどまるものの、第7ふ頭には鉄道が引き込まれていて、クレーンで引き揚げられたコンテナは、すぐに鉄道で東ヨーロッパへと輸送することが可能です。これは、ほかの港にはない強みだとのこと。

ちなみに、この鉄道は、もともとはオーストリア・ハプスブルク帝国時代にウィーンとトリエステを結ぶために敷かれたそうです。歴史を感じます。この鉄道でドイツや東ヨーロッパへの大量輸送が可能になるため、中国も高い関心を寄せていると言います。

一方で、港の一角では、東京ドーム14個分もの広さがある施設が朽ち果てていました。そうした停滞感も拭えなかった中で、トリエステ港では、新たなふ頭の建設を含むインフラ整備などの再開発プロジェクトが立ち上がりました。そこに、中国が関わることになったのです。再開発に携わる企業の幹部は、「中国は長期的な視野で拡大の政策を進めるので、この港もきっと発展しますよ」と期待感を示しました。

地場産業の視線も「海のシルクロード」へ

トリエステの一般市民に話を聞いても、おおむね、中国の接近を歓迎していました。中でも、この地方で盛んな家具製造業に携わる人たちは、中国への輸出拡大に向けて早くもそろばん勘定をしています。

イタリアの洗練されたデザインの家具は、中国の富裕層にも人気で、1921年創業のある老舗メーカーは、2年ほど前から中国でも販売を始めていました。

中国では赤がとても好まれるとあって、赤革を大量に仕入れているほどでした。家具製造業界からすれば、「一帯一路」で中国からの貨物船が多くトリエステ港に入るようになれば、帰りの航路で自分たちの家具を積み込んでもらうことで、おのずと輸出が増えるわけです。先の老舗メーカーは、現在、年間売り上げの約1割が中国向けで、「一帯一路」を追い風に、今後3年間で中国での売り上げを倍増させる計画だそうです。

ファーウェイを巡り悩むドイツ

一方、「一帯一路」と並んで中国の経済面での影響力拡大のもう一つの象徴は、次世代の通信規格「5G」で世界をリードするまでに成長してきたファーウェイです。しかし、通信網は国家の安全保障にも関わります。アメリカにならってファーウェイを排除すべきか、それとも自国の通信の発展を急ぐために参入を認めるべきか、EU各国は一致した方針を打ち出せずにいます。とりわけ、EUをけん引する経済大国、ドイツがどうするのかが焦点になりそうです。

中国の技術に期待

今月、ドイツのドレスデンで開かれた最新の通信機器の見本市でも、「5G」の技術を使ったさまざまな研究成果が発表されました。

例えば、大手自動車メーカー、フォルクスワーゲンが展示した自動運転システム。車両や道路に設置されたセンサーと、膨大な地図データなどを常に照らし合わせながら走行します。そうしたデータのやり取りでの遅延が少ない「5G」は自動運転に欠かせない技術です。

また、会場には、大手通信会社と地元大学が共同で研究を進めているロボットアームもありました。一つのアームを操作すると、「5G」を介して、離れた場所にあるアームがほぼ同時に同じ動きをします。実用化されれば、アームどうしをつなぐケーブルが必要なくなる上、離れた場所から細かい動きも再現できるようになり、工場などでの生産ラインが、より機動的かつ効率的になると期待されています。このように、今では「5G」の通信網の整備は、ドイツの産業競争力の強化には不可欠で、ファーウェイの機器は低価格で高品質とされ、ドイツでも幅広い分野で採用されるものとみられてきました。ドイツ産業連盟のプレーガー理事は、「我々は新時代の『メイド・イン・ジャーマニー』を目指して、5Gを活用した『産業革命』を掲げている。そうした中では、ファーウェイなどの中国企業は中心的な役割を果たす」と話します。

圧力強化するアメリカ

アメリカ・ペンス副大統領

しかし、そうしたドイツのファーウェイへの接近に立ちはだかったのが、アメリカ。今年2月、ドイツのミュンヘンで開かれた安全保障に関する国際会議で、ペンス副大統領が、ドイツ政府などに対して、ファーウェイの排除を迫ったのです。続いて、3月には、ドイツ駐在のアメリカ大使が、「ファーウェイ製品を排除しなければ、機密情報の共有を制限する」とドイツ政府に警告。圧力を強めています。

ファーウェイへの懸念も…

ドイツ連邦情報庁のシンドラー前長官

一方、ドイツ国内でも、情報機関である連邦情報庁のシンドラー前長官のように、ファーウェイに懸念を示す声は出ています。シンドラー氏は、ファーウェイ製品に関して、「製品に何が組み込まれているのか分からないので、通信を暗号化しても盗聴の危険性は残るし、遠隔地からすべての機器の電源を切られる可能性もある」と話します。ただ、ドイツの経済界は、ファーウェイなどの中国企業を排除すれば、「5Gの整備は2年以上遅れる」として、反対の立場を崩していません。ファーウェイの広報責任者も、ドイツ政府との間でスパイ行為を行わない協定を結ぶ用意があるとするなど、安全性をアピールしています。メルケル政権は、通信インフラの部品を「信頼できる供給元」から調達することを義務づけました。しかし、ファーウェイを調達先に含めるかについては、明言を避けています。

ドイツ・メルケル首相

メルケル首相は、「特定の国の出身だからといって参入者を除外するべきではないが、我々と違う法体系を持つ中国に対して、お人よしにはならない。ほかのEU諸国と話し合って評価を下す」と述べるにとどめています。安全保障への懸念の声と、経済面での合理性。あたかも、「新たな冷戦」の中でアメリカと中国の間で踏み絵を迫られているかのような構図になってきたEU各国は、難しい判断を迫られています。

取材後記

港湾当局の責任者

イタリア・トリエステの港湾当局の責任者は、中国との「一帯一路」の覚書の調印式にも出席した人でした。彼は、アメリカなどのメディアから「トリエステが中国の支配下に入る」といったセンセーショナルな論調で報じられたことにいたくご立腹で、私たちの取材に対して、「そうはならない」と強調していました。いわく、トリエステは、近年、製造業の移転が進む東ヨーロッパへのアクセスがいいために注目され、すでにEU域内の国々やトルコなどが支援に乗り出してきていた。そこに中国があとから入ってきただけのことで、イタリアが主導権を握ってトリエステ港の拡張を進めるのだ、と。それは、イタリアの現政権(とくにサルビーニ副首相)がEU懐疑派の頭目となっていることと相まって、トリエステが、中国をめぐるEUの足並みの乱れを象徴する存在になりはしないか、という心配の裏返しのようにも聞こえました。

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