WHOの感染症危機管理専門官で医師の小玉千織さんは感染症対策専門家チームの中心メンバーの1人。中東・北アフリカ地域の感染症対策の担当者で、ソマリアやイラクなど、治安が不安定な地域で対策にあたってきました。
今回、新型コロナウイルス対策チームの先発隊の1人として今年7月からイエメンに1か月半滞在し、医療の実態を調査しました。まず直面したのが、当局の発表よりはるかに深刻な感染の状況でした。
WHO感染症危機管理専門官 小玉千織医師
「イエメンのコロナ陽性患者の死亡者数の割合は平均して29%程度。近隣諸国平均の約2%を大きく上回っています。正直に申し上げて(公式発表の感染者数2000人が)実態を反映しているとはとても思えないです」
内戦が続くイエメンでは、機能している医療機関は紛争前の3分の1ほどしかないといわれています。
適切な医療サービスが受けられない市民の間では政府に対する不信感も広がっています。市民からは「新型コロナが心配なのに政府は何も支援をしない。医療体制は崩壊しています」という声が聞かれました。
感染が拡大した当初、現地で活動していた国際NGO「国境なき医師団」のクレモン・ベッス氏は「患者は病院にやってくるころには重篤化しています。コロナ対応の訓練を受けた医療スタッフが必要です」など多くの課題を指摘していました。
さらに、小玉さんが衝撃を受けたのが、WHOが送った支援物資がほとんど使われず、放置されていたことでした。調査で訪れた公立病院は重い症状の患者を受け入れる拠点病院に指定されているはずでしたが、WHOが送った防護服や消毒液は箱に入ったまま。
人工呼吸器も、カバーをかぶったまま放置されていたのです。
WHO感染症危機管理専門官 小玉千織医師
「置いてあった理由を聞いたら、どう扱ったらいいか、どこに配置したらいいかも分かっていなかったというのです。コロナ治療センターに届いた物資が、正しく扱える人がいないために、そのまま開封されないまま倉庫に置いてあるのは悲しいなと思いました」
戦闘が激しくなるにつれて、感染症の専門知識を持つ医師が国外に流出し、小玉さんたちの想定を超えて医療水準が下がっていたのです。
限られた時間の中、小玉さんが力を入れたのが医師や看護師のトレーニングでした。防護服の着方や検体の採取の方法などを一から指導。重症の患者に対応するための人工呼吸器の使い方なども教えました。
WHO感染症危機管理専門官 小玉千織医師
「一緒に箱を開封して、実際にセッティングをして、使い方を教えるところから始めました。基本的な医療教育、思っていたよりもっと前段階での人材育成の必要性を痛感しました。一時的なものに終わらせず長期的に続けていくためには、国際社会のさらなる支援と協力が必要かなと感じています」