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特集

2020年9月18日(金)掲載

内戦下のイエメン 混迷のコロナ対策

ハディ政権側(サウジアラビアが支援)と反政府勢力「フーシ派」(イランが支援)による内戦が5年以上続く中東イエメン。水や食料不足が深刻な中、確認されているだけでも2000人あまりが新型コロナウイルスに感染。このうち3割近い583人が死亡するなど、市民生活が危機的な状況となっています(9月16日現在)。
こうした中、国連の安全保障理事会は9月15日、イエメン問題を話し合う定例の会合をオンラインで開催。市民の水や食料を購入するための援助資金が目標の3割しか集まっていないことを明らかにしました。そして「このままでは多くの家庭にとって死刑にも等しい」と危機感を訴え、各国に資金の拠出を強く求めました。
7月には、そのイエメンにWHO=世界保健機関の感染症対策の専門家チームが初めて入りました。現地で目の当たりにしたのは紛争地ならではの対策の難しさでした。

(ドバイ支局長 山尾和宏)

WHOが見た医療現場の現実

WHOの感染症危機管理専門官で医師の小玉千織さんは感染症対策専門家チームの中心メンバーの1人。中東・北アフリカ地域の感染症対策の担当者で、ソマリアやイラクなど、治安が不安定な地域で対策にあたってきました。

今回、新型コロナウイルス対策チームの先発隊の1人として今年7月からイエメンに1か月半滞在し、医療の実態を調査しました。まず直面したのが、当局の発表よりはるかに深刻な感染の状況でした。

WHO感染症危機管理専門官 小玉千織医師
「イエメンのコロナ陽性患者の死亡者数の割合は平均して29%程度。近隣諸国平均の約2%を大きく上回っています。正直に申し上げて(公式発表の感染者数2000人が)実態を反映しているとはとても思えないです」

内戦が続くイエメンでは、機能している医療機関は紛争前の3分の1ほどしかないといわれています。

適切な医療サービスが受けられない市民の間では政府に対する不信感も広がっています。市民からは「新型コロナが心配なのに政府は何も支援をしない。医療体制は崩壊しています」という声が聞かれました。

感染が拡大した当初、現地で活動していた国際NGO「国境なき医師団」のクレモン・ベッス氏は「患者は病院にやってくるころには重篤化しています。コロナ対応の訓練を受けた医療スタッフが必要です」など多くの課題を指摘していました。

さらに、小玉さんが衝撃を受けたのが、WHOが送った支援物資がほとんど使われず、放置されていたことでした。調査で訪れた公立病院は重い症状の患者を受け入れる拠点病院に指定されているはずでしたが、WHOが送った防護服や消毒液は箱に入ったまま。

人工呼吸器も、カバーをかぶったまま放置されていたのです。

WHO感染症危機管理専門官 小玉千織医師
「置いてあった理由を聞いたら、どう扱ったらいいか、どこに配置したらいいかも分かっていなかったというのです。コロナ治療センターに届いた物資が、正しく扱える人がいないために、そのまま開封されないまま倉庫に置いてあるのは悲しいなと思いました」

戦闘が激しくなるにつれて、感染症の専門知識を持つ医師が国外に流出し、小玉さんたちの想定を超えて医療水準が下がっていたのです。

限られた時間の中、小玉さんが力を入れたのが医師や看護師のトレーニングでした。防護服の着方や検体の採取の方法などを一から指導。重症の患者に対応するための人工呼吸器の使い方なども教えました。

WHO感染症危機管理専門官 小玉千織医師
「一緒に箱を開封して、実際にセッティングをして、使い方を教えるところから始めました。基本的な医療教育、思っていたよりもっと前段階での人材育成の必要性を痛感しました。一時的なものに終わらせず長期的に続けていくためには、国際社会のさらなる支援と協力が必要かなと感じています」



人材育成を阻む“コロナ差別”

小玉さんが関わった医療従事者の人材育成ですが、突発的な戦闘など不安定な治安状況が続いているためなかなか一筋縄ではいきません。さらに各地に検問所が設けられ、専門家の派遣や物資の搬送にも時間がかかってしまうのです。それでもWHOは今後も継続し、医療物資や人材育成の支援にあたることにしています。
感染の実態が政府の発表より深刻なイエメンで医師や物資が不足しているほかに、コロナの検査が進まない原因は感染者に対する差別です。検査で陽性だと判明すれば差別の対象となり、地域社会で生きていけなくなってしまうのではないかと心配しているのです。

小玉さんによると、住民の多くが検査を受けることに抵抗を持っていて、重症にならない限り医療機関を受診しない人が多いということです。

さらに、治療にあたる医療従事者も差別の対象になることがあります。実際、検査を勧めただけで銃を向けられた事例も報告され、感染症への理解を深めてもらうことも課題になっているといいます。

またイエメン以外の中東のほかの紛争地域、リビアやシリアでも、医療態勢のぜい弱さは共通の課題となっています。
しかし現在、ウイルスの影響で国際線の運航は大幅に減っていて、外国人医師の派遣や医療物資の支援は一段と難しくなっています。これまでの国際支援が通用しないのが実情です。

現地の医療従事者で感染症対策が進められるようにするためにも人材育成がますます重要になっているといえます。

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