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特集

2020年7月17日(金)掲載

見棄てられた街 ブラジル・ファベーラ

新型コロナウイルスの感染者201万2151人、死者7万6688人(2020年7月17日現在、ジョンズ・ホプキンス大学調べ)。
なぜブラジルは、世界第2の“感染大国”となったのか。NHKは、リオの貧民街・ファベーラの住民が2月末から4か月間に渡り、日々の様子を克明に記録した映像を入手した。映し出されていたのは、劣悪な環境の中で暮らす人々が、適切な医療も受けられず政府から見捨てられ亡くなっていく姿や、感染が疑われても検査もされないまま埋葬されていく“記録されない死”だった。


この記事の内容はBS1スペシャル「ファベーラ 見棄てられた街で ~“感染大国”ブラジル 4か月の記録~」
BS1 7月19日(日)夜11時~(49分)【再放送:24日(金・祝)午後5時~】 で放送します

“3密”にあふれた ファベーラの劣悪な環境

リオデジャネイロ市内に1000か所以上点在する貧民街、ファベーラ。険しい崖に家が建ち並び、人口の2割、140万人が暮らしている。住民の多くは、かつてアフリカから連れてこられた黒人や先住民族にルーツを持つ白人以外の人たちだ。

ファベーラ「プロヴィデンシア」

その1つ、「プロヴィデンシア」は、1890年代、ブラジルで初めてできたファベーラとされる。人口約5000の街だ。

コズミ・フェリップセンさん

住民組織のリーダーの1人、コズミ・フェリップセンさん(30)。ファベーラで生まれ育ち、地域住民の意見の取りまとめや地域の問題解決を担っている。この街で、新型コロナウイルスの感染爆発が起きかねないと、ファベーラで起きていることを2月からほぼ毎日、スマートフォンで記録し続けていた。

ファベーラの住民の自宅の様子

街の路地の幅は、狭いところだと40センチ程度。家も小さく、家同士が密集している。住まいを見せてくれた女性は4人家族だが、寝室は1つだけだという。



行政のサービスが行き届かず 水さえ手に入らない

ファベーラには、行政のサービスが行き届いていない。ゴミの収集が決まった頻度で行われないため、至る所にゴミが散らばる。下水整備もきちんとされていないため、汚水が道にあふれ出ている場所も多い。
さらに、住民を困らせているのが、断水が常態化していることだ。

ファベーラの住民 マリアさんと子ども

ファベーラの住民 マリアさん

「クリスマスからずっと断水している。何か月も水がなくて困っている。子どももいるのに私は病気で苦しい」

コズミさんは、行政がファベーラの住環境の改善に取り組まない現状を告発するため、こうした記録を続けている。



“金持ち病”で亡くなる貧困層

ブラジルでは、イタリアからの帰国者が新型コロナウイルスの1人目の感染者となった。2人目、そして3人目の感染者も、イタリアからの帰国者だった。人々は「海外に行ける富裕層がウイルスを持ち込んだ」として、“金持ち病”と呼んだ。
実際、3月の半ばの段階では、リオで確認された感染者は富裕層が多く住むエリアに集中し、貧困層のエリアではまだ拡がりをみせていなかった。

死者の埋葬が急増する墓

ところが、リオで初めての死者となったのは、イタリア旅行で感染した雇い主のもとでメイドをしていた貧困層の女性だった。雇い主は療養を続け回復し、命を取り留めていた。コズミさんも、この件を仲間から聞いていた。

コズミ・フェリップセンさん

「メイドの女性は、雇い主が感染していたことさえ知らされていなかった。
定年を過ぎ、持病も抱えていたが、お金が足りず働かざるを得なかった。
この国がどれだけ不平等なのか分かる話だ」

ブラジル ボルソナロ大統領

感染が拡大していることに対し、政府はどう対応したのか。
この頃、富裕層や経済界から支持を受けるボルソナロ大統領は、ウイルスを軽視する発言を繰り返していた。

ボルソナロ大統領

「コロナは大騒ぎするマスコミが作り出している病気だ。実際は軽い風邪みたいなものだ」

経済活動を最優先とし、外出制限などに一貫して反対してきたボルソナロ大統領。
各地の州知事が、外出自粛要請や休業要請を行ったことに対し、「一部の知事のせいでブラジル経済が崩壊しそうになっている」などと批判を続けていた。
こうした中、感染拡大のスピードはさらに加速することとなる。



ファベーラに忍び寄る新型コロナウイルスの脅威

4月14日、コズミさんは、とある民家に駆けつけた。感染が疑われた60代の男性が、十分な治療を受けられないまま突然、亡くなったと聞いたからだ。近隣住民によると、男性は持病があり入院していたが、完治しないまま退院させられていた。亡くなる直前、男性の家からは、咳き込む音が聞こえていたという。男性は近隣住民に「気分が悪いから救急車を呼んでくれ」と訴えた。
しかし、救急車の到着は大幅に遅れた。その間に、心臓発作で亡くなってしまったのだ。
その後、ようやく到着した救急隊員は男性の死亡を確認。ところが、「我々は遺体の搬送は出来ない」と言い残し、そのまま帰っていった。

近隣住民 パウロさん

「行政に怒りを感じます。遺体を運ぶための車もよこさず、自宅に放置したままです。
コロナに感染していたからでしょう」

現場にやってきた遺体搬送車

結局、遺体が運び出されたのは、死亡から2日後のことだった。

コズミ・フェリップセンさん

4月29日、コズミさんの体に異変が起きていた。

コズミ・フェリップセンさん

「水曜日に気分が悪くなり、かかりつけの診療所に行った。熱も咳も出て、頭も体も痛くなった。
今日になって味覚がなくなった。体がだるくてなるべく横になるようにしている。
ここでは診療所で検査さえできない。検査出来るのは金持ちだけ。貧しいファベーラではできない」

コズミさんの街の診療所には、検査キットは1つも置いていないという。2016年のリオデジャネイロ・オリンピック後の財政難で、こうした医療施設の縮小や閉鎖が相次いでいる。
さらに追い打ちをかけているのが、貧困層向けの福祉予算を削減してきたボルソナロ大統領の政策だ。ブラジルには誰もが無料で医療を受けられる公的医療制度があるものの、「貧困層が十分な治療を受けることは、年々難しくなっている」と、ある公立病院の医師は話す。
その後コズミさんの体調は回復したが、今もあのとき感染したかどうかすら、わからないままだ。



“政府には頼っていられない” 立ち上がるファベーラ住民たち

外出自粛を呼びかける街宣車

車に乗せられたスピーカー

「私たちは高いリスクにさらされている。家族や友人の健康を守るために意識を高めよう。
ウイルスはあなたを殺す」

コズミさんがリーダーを務める住民組織は、スピーカーを付けた車で町中を巡回し、警戒を呼び掛ける活動を始めた。もはや政府に頼ってはいられない。

手洗い場の設置をする住民

ある住民は、水道をパイプでつなぎ、手洗い場を作り始めた。

住民・マウリシオさん

「屋外に手洗い場があると良いと思って。ここは水が出る日と出ない日があるから、水のタンクも設置しないといけない」

配給活動の様子

さらに、企業やレストランなどに寄付を募り、収入が途絶えた住民に生活必需品を配布する活動も始まった。配られていたのは、石けんやアルコール消毒液などの衛生用品、水、米や豆などの食料だ。
ファベーラの住民たちは、新型コロナウイルスの感染拡大をきっかけに、あらためて“命の格差”に直面し、自分たちでできることから行動を始めている。


【取材後記】

ディレクター 有元優喜

 

7月、ブラジルにおける新型コロナウイルスの死者は、7万人を超え、まだピークが見えていない。こうした中、コズミさんの組織がファベーラ内で独自に実態調査を行ったところ、行政が把握していない死者が多数存在することが判明した。しかし、住民たちはもはや悲嘆に暮れることはなかった。政府がやらないのなら、自分たちで感染対策を行い、収入が絶たれた住民に生活支援も行う。政府に何もかも求めるのではなく、自身でできることを徹底的にやればいい、と支え合いながら生きていた。その姿は、「スラム街の住民は弱い存在だ」という私の固定観念を大きく変えた。
今回、ファベーラに20年以上通い続けてきたジャーナリスト・下郷さとみ氏の協力により、現地の方から映像提供を受けることができた。下郷氏が長年かけて築き上げてきた、住民との強固な信頼関係がなければ、この企画が成立することはなかったことを明記させていただきたい。

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