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特集

2020年1月6日(月)掲載

テコンドーにかける夢

国際報道2020では、様々な事情で難民となったアスリートの姿を、一年を通し世界各地で取材してきた。今回、取材したのは、内戦の影響で約560万人が難民となっているシリア出身のテコンドーの選手だ。隣国ヨルダンの難民キャンプで暮らす、ワエル・ファワズ・アルファラジュさん(17)。東京オリンピックに「難民選手団」として出場するという大きな夢を持っている。立ちはだかる様々な壁に立ち向かいながら、世界の舞台を目指すワエルさんの日々を追った。

難民キャンプで才能を開花

シリア国境から約90キロ、ヨルダン北部にあるアズラック難民キャンプ。3万5千人のシリア難民が暮らすこのキャンプに、テコンドーの道場が設けられている。ヨルダンは、2016年のリオデジャネイロ オリンピックで、初の金メダリストをテコンドーで輩出し、競技熱が高まっている。そこで、“シリア難民の子どもたちの生きがいにしてほしい”とNGOが支援して道場が建てられたのだ。

ワエル・ファワズ・アルファラジュさん

シリア出身のワエル・ファワズ・アルファラジュさんは、この難民キャンプで3年前にテコンドーを習い始めた。成長は目覚ましく、わずか1年半で黒帯を取得した。テコンドーは、様々な蹴り技を主体に相手を攻撃し、当たりの強さや技の正確さでポイントを競う格闘技。得意技は前蹴りというワエルさん。試合で有利とされる、背が高く手足のリーチが長い体型にも恵まれた。「テコンドーを始めた時から、ずっと夢中。やる気は日々高まっている」と意気込みを語る。

シリア難民の苦悩“すべてを失った…”

ワエルさんの家族は、内戦の激戦地だったシリア中部にある都市、ホムスから逃れてきた。家も父の経営していた農園も破壊されたという。このキャンプにたどり着いて5年たった今も、家族は支援に頼って生活している。ワエルさんの父親は「すばらしい生活をしていたのに、何もかもを失った。今は難民で仕事もないので、息子を支えることもできない」と嘆く。難民は、キャンプの外に自由に出ることはできず、多くの人たちが仕事につくことができないでいるという。

難民の子どもたちにとって大きな課題は、勉強を続けるのが困難ということだ。教育を受けずに自立するのは容易ではない。ワエルさんは内戦の影響で、シリアでは小学3年生までしか学校に通えなかった。キャンプに逃れ、国連機関が運営する学校に入ったものの、勉強について行けず途中で通うのをやめてしまったという。「僕の場合、4、5年ブランクがあった。学校に戻りたいとは思っている」(ワエルさん)。

世界の舞台の前に立ちはだかる壁

テコンドーを始めた当初のワエルさん

キャンプの暮らしにも馴染めず、希望を失っていた時に出会ったテコンドー。ワエルさんは、強く華麗な技に、瞬く間に魅了された。「シリアを出た時は、半分死んだのも同然で精神的に疲れていた。テコンドーに出会って、楽しさを知り多くの目標ができた」(ワエルさん)。

ワエルさんを指導するのは、キャンプの外から、週4回やってくるテコンドーの元ヨルダンチャンピオン。自身の父親もパレスチナ難民だ。コーチは「難民はみんな悲しい物語を持っている。もし、ワエルが世界の舞台で活躍したら、キャンプの住民は勇気づけられるだろう」と大きな期待を寄せている。
いま、ワエルさんに、大きなチャンスがめぐってこようとしている。IOC=国際オリンピック委員会が、難民キャンプでテコンドーに打ち込み、急成長を遂げるワエルさんの可能性に注目したのだ。2020年の東京オリンピックで結成される「難民選手団」の候補もありうるとして、奨学金を出して育成に乗り出した。支援を受けたワエルさんは、練習に専念するため難民キャンプの外にある、コーチが運営する道場の近くで1人暮らしをすることになった。コーチの道場に通うレベルの高い選手たちと一緒に練習することで、技を磨こうというのだ。しかし、オリンピック出場を実現するには課題が山積みだ。
もっとも、一番のハードルは、やはり金銭面だ。この夏、ヨルダンで開催された国際大会では参加費用を工面できず、コーチやNGOなどが負担してようやく出場がかなった。出場する階級に合わせて必要となる減量も、専門トレーナーを雇えないので、自己流の無理な食事制限をしている。

将来の夢 “難民キャンプからチャンピオンになる”

迎えた試合の日。大会には、中東やアジア、北アフリカなどから強豪選手が集まった。

赤:ワエルさん

試合では、ワエルさんがポイントを先取。しかし次第にリードを奪われ、逆転を許してしまった。後半、スタミナが切れ、動きが止まってしまった。持ち味の華麗な足さばきも出せず、結果は大差で敗退。コーチから激励されるも、悔しさをこらえきれず、ワエルさんは泣き崩れた。

試合の翌日。キャンプの道場に、練習に打ち込むワエルさんの姿があった。「試合には負けたけど、心は負けていない。必ず強くなる」。試合経験が圧倒的に少ないワエルさんにとっては、悔しい負けも、貴重なステップなのだ。そんなワエルさんはいま、キャンプの子どもたちにとって希望の星になっている。子どもたちの期待を胸に、東京を目指す気持ちは揺るがない。

ワエル・ファワズ・アルファラジュさん
「テコンドーに人生の良いことをたくさん教えてもらった。みじめな疲れた難民だと思う人もいるけれど、キャンプからチャンピオンになる。その野心があることを皆に知ってほしい」

動画をご覧下さい↓

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