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特集

2019年12月2日(月)掲載

もう一度 世界の舞台へ

国際報道2019では、紛争や迫害で母国を追われた難民アスリートの姿をシリーズでお伝えしている。今回は、カメルーン出身のウエイトリフティング選手のシリル・チャチェットさん。かつては、カメルーン代表として国際大会で活躍し、オリンピック出場も有望視されていた。しかし、母国での迫害を恐れて19歳でイギリスに逃れたことで、オリンピック出場の夢は絶たれてしまった。そのシリルさんが、いま再び希望を見出しているのが、難民選手団への参加だ。さまざまな困難を乗り越えて、東京オリンピックを目指すシリルさんの挑戦を追った。

異国の地イギリスでの活躍

シリル・チャチェットさん

6月、イギリスで開催されたウエイトリフティングの大会。カメルーン出身で難民のシリル・チャチェットさんが登場すると、会場から大きな歓声が沸き起こった。シリルさんは、実は、これまでにイギリスの国内記録を何度も塗り替えている注目のアスリートだ。

シリルさんが、ウエイトリフティングを始めたのは、14歳の時。すぐさま才能を開花させ、カメルーンの代表として国際大会に出場。アフリカ・ジュニア選手権でも優勝を果たした。

シリルさんの母国カメルーンは、1982年に就任したビヤ大統領による強権的な政治が続いている。アメリカ国務省は、カメルーンの現状について、政府に批判的な人たちが投獄・虐待され、弾圧が加えられていると指摘している。
5年前、19歳の時、カメルーン代表として国際大会に出場するためイギリスにやってきたシリルさんは、国に戻れば迫害を受けるおそれがあると感じ、選手村から着のみ着のままで逃げ出した。カメルーンに暮らす家族に危険が及ぶのを恐れて、今でも何が起こったかを公に話すことはできないという。

シリルさんが選手村を出るとき、唯一持ってきた物があった。それは、ウエイトリフティング用の靴。今も大切に持ち続けている。「この靴がないとウエイトリフティングはできない。逃げる時もこの靴だけは手放せなかった」(シリル・チャチェットさん)

イギリスに逃れてきたものの、頼れる知り合いがいなかったシリルさんは、食べるものも住む場所もなく、路上生活せざるを得なかった。それでも、警察などに見つかれば国に強制送還されるという思いから、誰にも助けを求めることもできず、次第にふさぎこんでいったという。「カメルーンに帰る?そんな選択肢はなかった。将来が見えずに死ぬしかないと思っていた」(シリル・チャチェットさん)

再び生きる希望を見出す “強かった自分に戻りたい”

イギリスでホームレスになって2か月。シリルさんは、ついに警察に拘束され、移民収容所に送られた。拘束されてはじめて、シリルさんは難民申請できることを知ったが、難民として認定されるのか、強制送還されるのか、不安な日々を過ごしたという。そんな中でも、心の支えになったのが、ウエイトリフティングだった。収容所を出た後、暮らした保護施設の近くにウエイトリフティングのジムがあることを知り、約半年ぶりに練習を再開した。結果はすぐに付いてきた。

シリル・チャチェットさん
「日常を取り戻したい、強かった自分に戻りたいと思ってきた。僕は練習し、成果を出すことで、ウエイトリフティング好きのただの若者に戻ることができた」

その1年後、難民として認定された。イギリスでこれからどう生きていくか。選んだのは、精神科の看護師になることだった。実は、シリルさんは、難民認定を待って不安な日々を過ごす中で、軽いうつ病を患っていた。そこから立ち直った経験を生かしたいと、奨学金を得て、大学で看護を学んだ。「困っている人の助けになりたい。社会の役に立てるのは本当に嬉しい」(シリル・チャチェットさん)

難民であるが故の苦難…

一方で、シリルさんは、ウエイトリフティングの選手として、難民であるが故の苦難に直面していた。

6月に行われた国際大会で、シリルさんは、102キロ級でイギリス新記録を出した。ところが、国際ウエイトリフティング連盟は、難民の国際大会への参加を正式に受け入れていないため、2番目の記録を出したエストニアの選手を優勝とした。シリルさんの記録は、イギリスの国内記録にはなるものの、国際大会の記録としては残らないのだ。「自分よりも記録が低い選手が、金メダルをもらうのはとても悔しい。残念だが、どうしようもない」(シリル・チャチェットさん)

TOKYOへ 難民選手団に対する強い思い

そんなシリルさんの今の望みが、リオデジャネイロオリンピックに続き、東京大会でも結成が決まっている難民選手団に選ばれることだ。

この日、シリルさんが見ていたのは、IOC=国際オリンピック委員会が発表した難民選手団の候補者リスト。そこには、シリルさんの名前があった。IOCが最終的に難民選手団の代表選手を決定するのは、来年6月。そこで正式に選ばれて東京で記録に挑むことができるのか、シリルさんの挑戦は続く。

シリル・チャチェットさん
「オリンピックに出られれば難民でも何かを達成できることを示せる。今日がつらくても明日は良い方向に変わるかもしれない。ほかの難民の人たちにも、あきらめずに希望を持って欲しいと伝えたい」

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