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特集

2019年11月28日(木)掲載

日本の「希少糖」が世界の肥満問題の光明に

「希少糖(レアシュガー)」。ブドウ糖などと同じ糖だが、「希少」という名の通り、自然界にはわずかしか存在していない。見た目や味は普通の砂糖とほとんど変わらないが、カロリーは1グラムあたり0.4キロカロリーと普通の砂糖のわずか10分の1。しかも血糖値の上昇を抑制する機能があるとの報告もある。
今から30年近く前に、香川県で果糖を「希少糖」に変換させる酵素を持つ微生物が発見された。その微生物の酵素を活用して、いま日本の企業が健康ビジネスに乗りだそうとしている。向かったのはメキシコ。OECD=経済協力開発機構の35の加盟国の中で、15歳以上の過体重または肥満とされる人が人口の72.5%を占めている第2位の肥満大国だ(1位チリ、2位メキシコ、3位アメリカ)。

世界初!「希少糖」大量生産専用の工場

「松谷化学工業」と「イングレディオン」が共同建設した工場

11月12日、世界で初めて希少糖を大量生産する専用工場がメキシコ中部のケレタロ州に建てられた。

希少糖「アルロース」

ここで作られるのは、約50種類ある希少糖の1つ「アルロース」だ。アルロースは、果物に含まれる果糖に、微生物が作り出す酵素を反応させて生成する自然由来の甘味料で、カロリーがほとんどないため太りにくいという特徴がある。

「松谷化学工業」渡辺力太郎専務

工場を建設したのは、兵庫県のでんぷんメーカー「松谷(まつたに)化学工業」。アメリカの食品素材メーカー「イングレディオン」と共同で建設した。計画段階から完成まで、約6年間に渡るプロジェクトで、工場の竣工式に参加した渡辺力太郎専務は「うれしいのひと言ですね。これ以外ございません。苦労してきたプロジェクトが形になって見える。これが何よりうれしい」と感無量の様子だった。



世界有数の“肥満大国”メキシコ

メキシコ ケレタロ州 タコスの屋台

世界有数の「肥満大国」メキシコの食生活で目につくのが、砂糖が多く含まれる炭酸飲料だ。メキシコの代表的な料理タコスと合わせて飲むのが定番。タコス屋台に来ていた客にインタビューをしてみると…。

記者「タコスを食べる時は?」
男性客「コーラだね」

現地スーパーを訪問した「松谷化学工業」渡辺力太郎専務

スーパーの飲み物売り場を訪れた渡辺専務は、お店のコーラを手に取ったとき、その大きさに驚いた。「こっちは3リットル。え〜すごいね。こんな大サイズが!」各メーカーごとに専用のスペースで設けられていて、商品を豊富にそろえている。いかに需要が大きいか、ということが分かる。なぜこんなにも炭酸飲料が飲まれるのだろうか。その理由を探るためにメキシコの家庭を訪問した。

アレハンドラ・ソリアさん

アレハンドラ・ソリアさん(38)は清掃業の会社に勤める傍ら、母親が営む商店を手伝っている。母親の商店で売られている炭酸飲料を毎日のように飲んできたと言う。「3歳くらいから飲み始めたわ。わたしが初めて話した言葉は『ママ、コーラ』だったの」出勤前に店を手伝うため毎朝4時に起きているアレハンドラさん。忙しい暮らしの中で、食事はすぐに食べられるファストフードに頼っている。こうした背景には食事の選択肢が少ないということもあるようだ。訪れたスーパーには日本のスーパーで良く見られるサラダなどの総菜はなく、ついファストフードに手が伸びてしまうのだろう。この日は買ってきたローストチキンにコーラ。こうした食生活を続けたことが肥満につながったとアレハンドラさんは考えている。



社会問題「肥満」対策に希少糖を

アレハンドラさん一家

ことし(2019年)3月、一家を不幸が襲った。父親が糖尿病による腎不全で亡くなったのだ。アレハンドラさんは大きなショックを受けたが、その一方で、食生活を変えることは難しいと言う。「父は私が同じような苦しみを味わってほしくないと思っていたし、健康面を考えると痩せたいと思っている。でも時間がないので、家でも落ち着いて食事はできない」。OECDが10月に発表した報告書によると、メキシコでは肥満や過体重の人たちのために国の医療費の9%近くが使われていて、労働生産性が年間240万人分、低下しているという。 

メキシコ政府も社会問題となった肥満に危機感を強めていて、2014年からは加工食品や飲み物に、これまでの栄養成分表示とは別に糖分や脂肪などの内訳を表示することを義務づけている。

例えば、600ミリリットルのコーラに含まれる砂糖は180キロカロリー。国が定める1日の基準値の50%に当たると記されている。また、砂糖を含む飲み物やスナック菓子といった高カロリー食品へ税を課すなど、対策を強化している。

メキシコ保健省 マリア・ペレス担当官

政府は、いまや「国民病」とも言える肥満の背景にあるのは、女性の社会進出など家族形態の変化だと見ている。メキシコ保健省のマリア・ペレス担当官は「家族の形態が変わったことによって女性も労働市場に組み込まれ、家での食事や家族で一緒にとる食事のしかたが変わってきました。人々は高カロリーで栄養的に乏しい食べ物を買いたがります」と説明してくれた。

希少糖「アルロース」

このメキシコの肥満問題を解決しようと日本のでんぷんメーカーが提案したのが「希少糖」だ。日本から持ち込んだ酵素で希少糖アルロースを作り、2020年から飲料メーカーなどへの販売を予定している。まだ生産過程でコストがかかり砂糖よりも高い希少糖だが、大量生産によってコストの削減につながると期待されている。「希少糖があらゆる食品に自然に使ってもらえるようになれば、すごくありがたい。ぜひメキシコの肥満事情を改善することに貢献できたらと本当に思います」(でんぷんメーカー「松谷化学工業」の渡辺力太郎専務)前出のメキシコ人女性のアレハンドラさんも「カロリーがないなら、もちろん買いたい」と希少糖に期待大だ。メキシコの「国民病」の解消に日本の技術が貢献できるのか。その成果が注目される。

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