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特集

2019年9月19日(木)掲載

南スーダンから被災地へ

国際報道2019年では、紛争や迫害で母国を追われた難民アスリートの姿をシリーズでお伝えしている。5回目の今回は、南スーダン出身の陸上選手、ローズ・ナティケ・ロコニエンさんをご紹介する。リオデジャネイロオリンピックに難民選手団の一員として出場し、開会式では旗手を務めたローズ選手。いま、東京オリンピックを目指しながら世界各国をまわり、みずからの体験を伝える講演活動を続けている。先月(2019年8月)には、東日本大震災の被災地・岩手県陸前高田市を訪問し、地元の中学生たちと交流した。ローズさんが、子どもたちに伝えたメッセージとは?

難民アスリート 被災地を訪ねる

今回ローズ選手は、日本のNGO「難民を助ける会」のイベントに参加するために来日し、被災地への訪問は陸前高田市からの呼びかけもあり実現した。関連死も含めた死者・行方不明者の数が、合わせて1806人に上る陸前高田市。苦難を乗り越えてオリンピック出場を果たしたローズ選手に、被災地を励ますメッセージを送って欲しいと考えたのだ。

まずはじめに、ローズさんが訪れたのは、津波の直撃を受けた道の駅だった。震災の被害を伝えるため、当時のまま残されていて、津波が押し流してきた松原の木やコンクリートが破壊しつくされむき出しになったままの鉄筋など、そのすさまじい威力をうかがい知ることができる。被災地を初めて訪れたローズさんは、祖国・南スーダンの光景を思い浮かべながら、こうつぶやいた。

ローズ・ナティケ・ロコニエンさん

「すべてが破壊された場所に来て とても悲しく思います。同じことが二度と起きなければいいと思います。」



生きる希望をもたらした陸上との出会い

ローズさんの祖国・南スーダンは、長きにわたる内戦で、多くの犠牲者が出た。2011年には独立したが、それでも政府軍と反政府勢力との武力衝突が続いている。ローズさんは、独立前の2002年、8歳のときに家族とともに国を逃れた。

たどり着いた隣国ケニアの難民キャンプでも、過酷な生活を強いられた。キャンプ内では女の子がレイプされるなど治安が悪く、弟や妹の面倒などで学校に通うのも大変な状況だった。

そんなローズさんに生きる希望をもたらしたのが、スポーツだった。ケニアのキャンプでは、難民たちに生きがいを持ってもらおうと、支援団体がさまざまなスポーツチームを結成していた。そこで、ローズさんが出会ったのが陸上だった。夢や希望を抱くことが難しいキャンプで、ローズさんは、陸上に打ち込むことで前に進むことにしたのだ。そして、2015年にキャンプで開かれた難民選手団の選考会。ローズさんは2位に入り、翌年のリオ五輪への道が開かれた。リオ五輪では、陸上女子800mに出場し、決勝進出は果たせなかったが、世界最高の舞台を全力で走りきった喜びを感じたという。陸上が希望を持って生きることの大切さを教えてくれたのだ。



ローズさんに会いたがっていた女の子

今回の被災地訪問で、ローズ選手は、陸前高田市の高田第一中学校で講演を行うことになっていた。

戸刺琉那さん

その中学校で、ローズさんに会うのを楽しみにしていた女の子がいる。中学2年生の戸刺琉那さん(14)だ。走るのが大好きで、中学の駅伝チームに入っている。目指しているのは県大会出場だ。戸刺さんは、駅伝大会への出場に特別な思いを抱いて練習を続けてきた。東日本大震災で多くの犠牲者を出した陸前高田市。これまでの道のりは決して楽なものではなかった。震災後、学校の校庭には仮設住宅が建てられ、使えるようになったのは最近のことだ。今も復興に向けて、町の再建工事が続いている。そうした中で、去年(2018年)行われた、県予選を兼ねた地区の駅伝大会。自分たちが走ると、町の人々に笑顔が広がった。戸刺さんはこの時、「走る喜び」を実感したとう。戸刺さんは、ローズさんに会いたい気持ちを、こう打ち明けた。「ローズ選手にとって、『走る』とはどういうことなのか、聞いたみたい」。



ローズさんから子どもたちへのメッセージ

先月(8月)末、中学校にやってきたローズ選手。会場に入場すると、大きな拍手で迎えられた。そして、被災地の子どもたちを前にした講演会で、まずローズさんが語ったのは祖国での苦難だった。

ローズ・ナティケ・ロコニエンさん
「私は戦争があって自分の国から逃げました。内戦で他の部族と戦っていたので夜中に戦いが始まり、私たちは夜中に襲われたのです。そのときに私は祖父母を失いました。殺されてしまったのです。そして、近隣住民の多くも命を失いました。本当に悲惨でした」

会うのを楽しみにしていた戸刺さんが、ローズさんに質問する。

戸刺琉那さん
「走っていていちばん嬉しかったことは何ですか?」

ローズ・ナティケ・ロコニエンさん
「難民選手団を代表する旗手として、リオ五輪に行けることが決まった時が、一番嬉しかったですね。難民がオリンピックに出られるチャンスを与えられたのは、そのときが初めてでしたし、私たちも他の人たちと同じ人間なんだと感じることが出来たからです」

そしてローズさんは子どもたちに、次のようなメッセージを送った。

ローズ・ナティケ・ロコニエンさん
「心が折れそうになっても自分の夢をあきらめないことが大事です。時々挫折することがあるかもしれませんが、きっといつか目的を達成できるはずです。だから、みなさんも希望を失う必要なんてありません。自分の好きなことに、ただひたすら打ち込んでください」

講演終了後、ローズさんのもとを訪ねた戸刺さん。感謝の気持ちを、こう伝えた。
「ローズさんは、今まで大変だったと思います。それでも自分の目標を明確に持って、それに向かって頑張っているのがすごいと思いました」。これに対しローズさんはこう感謝の言葉を述べ、来年の東京五輪での活躍を約束した。「私に感銘を受けてくださって本当にありがとう。来年東京オリンピックでまたお会いできるようにベストを尽くします」。

どんな苦難に見舞われても、夢をあきらめず、希望を持ち続ければ道は開ける。国や世代を超え、ローズさんのメッセージは確実に広がっている。



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