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特集

2019年8月21日(水)掲載

自治権“撤廃”で緊張が高まるカシミール

インドとパキスタンが長年、領有権を争うカシミール地方で、今、緊張が急速に高まっている。

この地域では、インドとパキスタンの双方が領有権を主張し、70年余りにわたって対立が続いてきた。ただ、インドが実効支配し、イスラム教徒が7割を占めるジャム・カシミール州では、インド政府が自治権を認めてきたこともあり両国の決定的な対立が未然に防がれていた。ところが、8月6日。モディ政権は、この地域の自治権を突如撤廃。ジャム・カシミール州に治安部隊や軍の兵士を数万人規模で増員し、イスラム教徒や、パキスタン側の強い反発を押さえている。厳戒態勢が続くカシミール地方にNHK取材班が入った。

自由を奪われた住民たち

2019年8月15日。独立記念日を迎えたインド。モディ首相は、群衆の前で、過去70年に誰もできなかったジャム・カシミール州の自治権の撤廃を成し遂げたとアピールした。

インド・モディ首相

「すべての国民がインドは1つの国家。1つの憲法だと誇りを持って言えるようになった」

ジャム・カシミール州の中心都市、スリナガル。街中で目立つのは、治安部隊の姿だ。インド政府は、多数のイスラム教徒の抗議デモに備え、あらかじめ軍の兵士や治安部隊を数万人規模で増強していたのである。

商店はシャッターが閉じられ、出歩く市民の姿もほとんど見られない。人口100万を超える都市は、さながらゴーストタウンと化している。インターネットや電話などの通信網も遮断されたままだ。地元政治家など数百人が拘束されるなど厳戒態勢が敷かれている。住民たちは、「礼拝も外出も禁止され、まるでシリアの戦場のようだ」と悲痛な思いを語る。

集会の自由も規制されているが、それをかいくぐり抗議デモも行われている。治安部隊が、催涙弾などで応戦して住民と衝突し、けが人が出たという。デモに参加した人は、「我々は、自治権撤廃に抗議する。撤廃によって多くの人が拘束され、情報もまったくない」と怒りをあらわにした。しかし、インド政府から州政府に派遣されている広報担当者は、目立った混乱は起きていないと強調している。「全体的には非常に落ち着いているという報告を受けている。一部でごく小規模な問題はあったが、物資や道路、空港、医療施設などほかのすべての面は正常だ」(広報担当者)。



“元の生活に戻してほしい” 悲痛な思い

アブドゥル・サラームさん

家族5人で暮らすアブドゥル・サラームさん(70)。自治権撤廃の前夜から突然、治安部隊によって外出が禁止されたという。アブドゥルさんは「朝になってテレビを見て、自治権が撤廃されたことを知った。大変なことが起きたと思った」と当時を振り返り語った。それ以降、仕事も買い物も許されず、家に残る食料もわずかだという。

アブドゥルさんの妻「ここはインドではない、カシミールなんです。なぜインドに渡さなければならないんでしょうか」
アブドゥルさん「政府はまず決定を撤回して、元の生活に戻してほしい。そうすれば状況は落ち着くでしょう」

平和的な解決を望む一方で、怒りを押さえることができない。政府の強硬な態度に地元の緊張が高まっている。



“最愛なる父との別れ” カシミールに平和を

一方のパキスタンでは、インド側の措置が一方的で違法な行為だとして反発を強めている。

緊張に包まれているのが、カシミール地方の中でも、パキスタン側の実効支配地域、ムザファラバード。インド側のジャム・カシミール州から避難し、家族と別れて暮らす住民が少なくないといわれる地域だ。

この地では連日のように、インド政府に対して自治権の撤廃を速やかに取り消すよう訴える大規模な抗議活動が行われた。デモのリーダーは、インド政府に対し憤りを隠せない。「カシミール地方は、インドの一部分ではない。将来にわたってずっと同じだ。モディ首相は自治権の撤廃を取り消さないならカシミールの地に入れさせない」。

カディージャ・ビビさん

抗議デモに参加したカディージャ・ビビさん(50)。インド側が実効支配するカシミール地方の町から18年前にパキスタン側に避難してきた。国連が用意した避難キャンプで夫と5人の子どもと暮らすカディージャさんは、両親ときょうだいをインド側に残してきた。いわば離散家族の一人だ。

カディージャさん一家は、インド側で暮らす両親と毎日連絡を取ってきたが、インド側が、断続的に電話やネットを遮断し8月から音信不通になった。連絡が途絶える中、娘のシャムスさんの携帯電話にインド側で暮らす親戚から1通のメールが届いた。しかし、その内容は想定外のものだった。75歳になる父親のアリフさんが亡くなったというものだった。アリフさんは、デモ隊の参加者と間違えられ、軍の兵士から暴行され命を落としたという。カディージャさんの娘は、泣きながら「あまりに突然のことだったので、おじいさんが亡くなったことを信じることはできなかった」と語った。その後、カディージャさんは父親の状況を詳しく知りたいと返信したものの、ネットが再び遮断されたため、交信できない状態が続いている。カディージャさんは、父親が亡くなったことへの悲しみが止まらないという。そして、インド側で暮らすきょうだいと連絡すら取れず、とても悲しい日が続いているという。最愛の父の死を無駄にしたくないと、カディージャさんは今、国際社会による問題の解決を強く訴えている。

カディージャ・ビビさん「とにかく平和が来る日を強く望んでいます。カシミールに自由がもたらされることを強く願っています」

国内で反発が高まる中、パキスタン政府は、インドとの貿易を停止するなど対抗策を相次いで打ち出している。国連の安全保障理事会にも、この問題を取り上げるよう要請。16日、約2時間にわたって非公式の会合が開かれた。「カシミールではインド政府によって住民の人権が侵害されている。パキスタンは抑圧されている人たちのため、最大限の政治的、外交的な支援を行う」(パキスタンのロディ国連大使)。パキスタンは、国際的な圧力を強めていく狙いだ。

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