BS1 ワールドウオッチング - WORLD WATCHING -

特集

2019年8月20日(火)掲載

“独裁化” 進むハンガリーの行方

1989年8月19日、ベルリンの壁崩壊のきっかけとなる、ある「計画」がハンガリーで実行された。「ヨーロッパ・ピクニック計画」。国境の町ショプロンの野原で開かれた集会に参加することを装ってハンガリーに集結した東ドイツ市民が、西側諸国の1つである隣国オーストリアに集団で脱走するというものだ。果せるかな、集まった東ドイツ市民600人以上が、この日、大挙して国境を越えた。この出来事がきっかけとなり、東側諸国に暮らす人々の自由への渇望が奔流となってあふれ出し、その後の歴史を形づくったのである。あれから30年―――。ハンガリーでは、今、EUの移民政策を攻撃し、自国第一主義を唱道するオルバン首相が、国民から強い支持を集めている。何がこの国で起きているのか。その背景を取材した。

自由主義から独裁主義へ

ナジ・ラズロさん

30年前に「ヨーロッパ・ピクニック計画」に参加した1人、ナジ・ラズロさん(52)には忘れられない光景がある。国境を越えてオーストリアに流れ込んだ東ドイツの人たちの、喜びに満ちた表情である。ナジさんは、計画に関わった誇りを胸にこの30年間を生きてきた。今も興奮気味に、「我々は、自分たちの行動が正しいと信じ、ベルリンの壁の崩壊を目指していた。全国民が同じ希望を抱いていた」と語る。ハンガリーで起きた民主化運動は、ドミノ倒しとなって、東と西を分断した「鉄のカーテン」を崩し、ハンガリーも東欧諸国でいち早く民主化の道を歩んだ。

ハンガリー・オルバン首相

しかし、30年の月日が経過したハンガリーでは、当時と逆行するような動きが強まっている。西欧諸国は、自分たちの価値観を押しつけているとして、EUを徹底的に批判するオルバン首相が支持を集め、「独裁者」とも評されるほど権力を固めているのである。

オルバン首相「ハンガリーの人々よ!立ち上がれ!」

2004年、市民の熱狂とともにEUに加盟したハンガリー。発展に沸く西側諸国の栄華を、あすの我が事として夢見ていた。しかし、いつしかその夢はあせ、経済の実態は、国民が望んだ発展とはほど遠い状況が続いている。1人あたりのGDPは、EU全体の平均の3分の1ほど。発展を遂げた西欧諸国の存在は、今なお霧の向こうにあるようだ。こうした市民の根強いフラストレーションをすくい取ったのが、EUへの敵対的な姿勢を前面に打ち出すオルバン首相だったのである。実は、ピクニック計画に関わったナジさんもオルバン首相を強く支持しているという。「我々は西欧諸国の植民地のような存在だった。ずっとヨーロッパの統合に向けて戦ってきた。だが、まだ東西の間には『目に見えない鉄のカーテン』が存在する。オルバン首相なら、ハンガリーの経済を強くし、我々の立場を高めてくれる」(ナジ・ラズロさん)。



圧力を強めるオルバン政権

オルバン首相「我々は今、イスラム教徒に侵略されている。EUは、その侵略を進めようとしてる」

2015年。シリア難民をはじめとする、40万人を超える難民がハンガリーに流入した。このとき、ハンガリーは、EU加盟国で初めて、国境の一部を封鎖。

高圧の電流が流れる二重のフェンスを、全長500キロに渡って建設した。イスラム圏からの移民や難民を食い止めることは、治安の悪化を防ぎ、キリスト教の価値観を守ることだと主張し、オルバン首相は、国内の求心力を高めようとしている。その一方で、オルバン首相は、政権に批判的なメディアへの圧力強化にも乗り出している。

バンヤス・ゲルゴさん

ジャーナリストのバンヤス・ゲルゴさん(49)。オルバン政権と対立していたテレビ局で編集長を務める著名なジャーナリストだったが、去年、このテレビ局をオルバン首相に近い関係者が買収。バンヤスさん自身も、すぐに解雇された。「ハンガリーの報道機関には自由がない。昔は事実を報道していたが、今は政権の言うことをそのまま流すだけだ。政権に批判的なジャーナリストは仕事も得られない状況だ」と嘆くバンヤスさん。ヨーロッパ・ピクニック計画でハンガリーが世界に示した「自由を求める精神」が失われつつあると懸念している。

ページの先頭へ