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特集

2019年8月5日(月)掲載

タイ 建設ラッシュを支える“コンテナハウス”の住人たち

タイ、バンコクで建設現場の傍らで見かける“コンテナ村”。数百ものコンテナを住居にして、カンボジア、ラオス、ミャンマーからの出稼ぎ労働者が暮らしている。コンテナハウスでの暮らしとはどのようなものか。今回、バンコクに数か所あるうち最大のコンテナ村を取材すると、タイの外国人労働者の今が見えてきた。

コンテナに暮らす外国人労働者

バンコク郊外のピットカセーム地区。幹線道路から路地に入ったところに黄色のコンテナ群が広がる。3段に積まれたコンテナは約150個に及ぶ。ここにミャンマー、カンボジア、ラオスなどタイ近隣の国からやってきた外国人労働者たちとその家族約1100人が暮らしている。縦12m、横2.5mのコンテナを4分割して作った部屋は4畳半足らず。その中での営みはさまざまだ。

子どもと一緒にタイ語の勉強をする家族や、油をたっぷり使って骨付き肉を炒める女性。火は使えないが、電気調理器を使えば室内で調理が可能。電気のほか、水は定額使い放題で、共同の水浴び場は住人たちの憩いの場となっている。

ある夫婦の部屋にはたくさんの子どもがいた。「みんな夫婦の子どもか」と尋ねると、「どの子どももうちの子ではない」という。働きに出ている親や料理で手が離せない親などがこの夫婦に子どもを預けているという。勤務から戻ってきて疲れがたまっているであろう夜に、子どもを預かる理由を尋ねると、「これが私たちにとっての癒やしなんです。子どもはたくさんいるからね」とにこやかに答えた。このコンテナ村では育児も住人たちが協力して行っている。



「コンテナ群」拡大の背景

外国人労働者たちが暮らすこうした“コンテナ村”は、バンコク全体で少なくとも9か所あり、その規模は年々拡大している。ある企業が数年前に試験的に始めたところ、噂を聞きつけた他社からの視察も相次ぎ、今では他に2、3社が導入するようになった。背景にあるのが、タイの経済成長だ。国内外からの不動産投資が好調なことに加え、購買力をつけた中間層による不動産購入が増えており、2018年は住宅の販売価格が前年比で17%上昇。その結果、各社急ピッチで不動産開発を進めようと、現場の担い手である外国人労働者の需要が一層増大しているのである。ピットカセームの“コンテナ村”の労働者たちは夜10時まで建設作業を行い、最近では土日も深夜作業を行っている。

さらに政策面でも労働者を取り巻く環境は変化した。建設作業に従事する外国人労働者の中には、かつて密入国して不法就労しながらバラックを転々とするなど住所不定の人が多くいた。

建設会社社長 スパープ ジャルンパッタナさん

2017年、政府は不法就労への罰則を強化する制度を施行した。この頃から雇用主である建設会社も労働者の環境整備に積極的に取組むようになっている。コンテナ村を整備する建設会社の社長は「賃金だけでなく、ちゃんとした住居がないと労働者は来てくれません。相応の賃金だけでなく快適な住まいも提供しなければいけないのです」と現状を説明した。



コンテナは姉妹の出発点

この日、“コンテナ村”に新たな住人がやってきた。カンボジア出身の姉リャンさん(20)と妹のレーサーさん(18)だ。建設現場から建設現場へ、移動が多い姉妹の荷物は1週間分の衣類、コメ1袋に、扇風機2台とごくわずか。到着から30分後には引っ越しが終わった。出稼ぎの目的は自分たちの生活費を稼ぐこと。それに「親に家を建ててあげるため」と姉妹は話す。

セメントをこねる妹レーサーさん

リャンさんたち姉妹のこの日の仕事はセメントづくり。固まる前に材料をすばやく混ぜなければならない大変な作業だ。この日は昼食を挟んで8時間、ひたすら作業を行った。普段あどけない表情を見せる姉妹だが、黙々と作業に打ち込む様子にこの仕事への本気度を感じた。



不安の妹を心配する姉

左 親戚 右 妹のレーサーさん

しかし勤務から帰ってきた夜、妹レーサーさんに暮らしについて聞いてみると意外な答えだった。

ディレクター「環境はどう?」
妹 レーサーさん「言いたくない」
親戚「言いなよ」
妹 レーサーさん「とても言えない」

この表情と答えに私は返答に窮した。日々笑顔を見せ、姉妹で仲良く働くことに満足している印象だった。しかし、レーサーさんの中では名状し難い思いを抱えているようだった。カンボジアから出稼ぎで出てきてまだ2か月。カンボジアでは、両親とともに、イモを路上で販売する仕事に従事していたが、満足な現金収入が得られずにいた。両親は生活費を巡って言い争いが絶えず、日々陰うつな気持ちで暮らしてきたと言う。先に出稼ぎに出ていた姉を頼りに実家を離れたものの、タイ語はまだうまく話せず、体力を使う肉体労働は身体の小さなレーサーさんにとって少なくない負担がかかる。さらに、いろいろな住人たちと隣り合わせのコンテナの共同生活は、心がなかなか安まらないとも言う。もどかしそうな彼女の様子を目にした時、彼女がここでどんなふうに自分の人生を描いていくのだろうかと思い、しばらく彼女の暮らしを追うことにした。レーサーさんと話せる機会はそう多くない。夜8時頃に仕事から帰ってきて10時過ぎには明日に備えて寝てしまう。貴重な夜の2時間に部屋を訪ねるのはとてもはばかられたが、おそるおそるドアをノックすると、いつも姉妹がそろって顔をのぞかせ笑顔で迎えてくれた。「部屋にいてもやることがないから話をできるのがとてもうれしい。それに外に出るとナンパばかりされるから、その心配がないのがいい」とリャンさんは冗談を言う。彼女たちが部屋でしていることと言えば専らYouTubeを観ること。K-POPアイドルグループのBTSやBLACKPINKが特に好きだという。BLACKPINKは女性4人組で今年アメリカ最大規模の音楽の祭典コーチェラにも出演した世界的人気を誇るアーティストである。メンバーの1人でタイ出身のLISAの写真を見せてくれたレーサーさんはこう言った。「LISAは努力してこのポジションをつかんだからかっこいい。本当に好きなんだ」。異国で活躍するLISAの存在はレーサーさんの大きな活力となっているようだった。

月末に給料日がやってきた。1か月働いた給料は4万円ほど。タイの平均的な労働者と比べても遜色ない金額である。上司から手渡しで現金を受け取った瞬間に、労働者たちのほころぶ表情が印象的だった。ギターを弾く30代中盤の男性と出会った。弾き語りをしていたのは労働者の心情を描いたカントリーだった。コンテナ村の環境はかつて外国人労働者の多くが暮らしていたスラムと比べると飛躍的に改善されたものである一方、コンテナ村と外の世界は隔てられコンテナ村を運営する建設会社の一定の管理下に置かれている。彼になぜ歌うのか尋ねなかったが、住人たちのどこか満たされない気持ちを歌っている気がした。

リャンさん姉妹もまた給料を受け取った。移動してきて初めての給料だが、その半分は実家に仕送りするという。生活費を差し引いて残ったお金で姉は「おいしい肉を食べたい」、妹は「古着ではなく新品の服を買いたい」と話していた。

左 妹レーサーさん 右 姉リャンさん

この夜、リャンさんはレーサーさんにここでの生活を尋ねた。

姉 リャンさん「カンボジアの実家で暮らす生活とタイで出稼ぎする今の生活とどちらが幸せ?
私はあなたが笑顔でいてくれたらそれでいいの」

2か月前から出稼ぎを始めたレーサーさんとは対照的に、姉のリャンさんは11歳の頃からさまざまな仕事を経験してきた。仕事になじめず孤独を感じ、涙を流したこともあった。出稼ぎを始めた当初の苦しい思いをたくさん味わったからこそ、今、妹が抱えるさまざまな感情が入り混ざった不安を察し、心配していたのだろう。「笑顔でいてくれたらそれでいい」という姉の言葉を聞いたレーサーさんは、か細い声だったが「タイで出稼ぎを続けたい」と言った。その後少し間を置いて、次はよりはっきりとした口調で「姉と一緒に働けることをうれしく思う」と言った。お互いの気持ちを初めて踏み込んで確認したという2人。この会話のあと、晴れ晴れとした表情だった。寝る時は2人は肌を寄せ合い一緒にYouTubeを観ながら眠りにつく。2人にとって4畳半足らずのコンテナは、異国で日々不安を抱きながらも、互いの温度を感じながら、誰にも邪魔されず心の安らぎを得られるかけがえのない空間のようだった。
翌朝、いつもの屈託のない笑顔で姉妹は私にあいさつをし、建設現場へ向かっていった。

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