BS1 ワールドウオッチング - WORLD WATCHING -

特集

2019年7月23日(火)掲載

柔道が人生を切り開いた

国際報道2019年では、紛争や迫害で母国を追われた難民アスリートの姿をシリーズでお伝えしている。4回目の今回は、日本のお家芸「柔道」で東京オリンピックを目指すコンゴ民主共和国出身のポポル・ミセンガ選手(27)を紹介する。ミセンガ選手は、紛争が続く母国からブラジルに逃れ、2016年のリオデジャネイロオリンピックでは難民選手団のメンバーとして出場を果たした。難民となっても柔道を諦めないで続けたことが大きく人生が変えたというミセンガさん。大切な人たちへの感謝を胸に東京での活躍を目指す姿を追った。

TOKYOでも歴史を作りたい

ポポル・ミセンガさんは、難民選手団の一員として出場したリオデジャネイロオリンピックで、歴史的勝利をおさめた。会場はその快挙に大きく沸き、観客はミセンガさんに温かな拍手を惜しみなく贈った。ミセンガさんは、難民というハンディを乗り越え、世界の舞台で活躍し、人々に勇気をもたらしたのだ。

ポポル・ミセンガさん

あれから3年。ミセンガさんは、リオデジャネイロのスラム街・ファベーラで腕を磨きながら、再びオリンピックの舞台を目指している。ファベーラは、麻薬組織が活動し、犯罪率も高く、貧しい人が多く暮らしている。そのファベーラで、ミセンガさんのことを知らないはいない。逆境をはねのけ、オリンピックの舞台で活躍したミセンガさんは、この地域に暮らす人々にとって、希望の星なのだ。

ミセンガさんは90キロ級の柔道選手。金メダリストを育てたブラジルの柔道家、ジェラルド・フェルナンデスさんの指導を受けている。世界大会でメダリストを何人も出したブラジルで、今や代表選手をもしのぐ実力者だ。「柔道が生まれた日本でオリンピックに参加し、難民として歴史を作る使命を感じている」(ミセンガさん)。


絶望の中で出会った柔道

ミセンガさんの祖国・アフリカのコンゴ民主共和国。1998年にコンゴ内戦が始まり、400万人近くが犠牲となった。ミセンガさんの故郷でも銃撃戦が始まり、9歳の時に父が行方不明になり、母は亡くなった。そして混乱の中、姉と弟、妹の4人で首都キンシャサまで8日間走り続け逃げた。しかし混乱の中で姉らとも生き別れてしまう。キンシャサにある収容施設にたどり着いた時は、たった一人だった。そして、その施設内で出会ったのが柔道。子どもたちに柔道が教えられていたのだ。ミセンガさんは、礼を重んじる柔道の精神に驚いたという。「私が育ったところでは戦争による暴力がまん延していた。見るものすべてに心を奪われた。柔道をやっている人が穏やかだった。私もそうなりたくて柔道を始めた」(ミセンガさん)。

ミセンガさんは、柔道にのめりこみ、16歳からコンゴ代表として国際大会に出場するようになった。しかし、その後も厳しい環境が続いたため、2013年、ブラジルで行われた柔道の世界選手権の際に亡命した。難民として生きるという、人生の大きな選択をした。そして、その新たな人生の支えとなったのは、ここでも柔道だった。支援者が道場を紹介してくれ、再び、柔道を始めたのだ。「働いて、他のことをして生きていこうと思った。でも私には柔道しかない。柔道が人生を変えると信じていた」(ミセンガさん)。


諦めなかったことで奇跡が起きた

諦めずに柔道を続けたことで、驚くような出来事がミセンガさんの人生に起きた。リオデジャネイロオリンピック前の会見で、涙を流しながら生き別れた兄弟にメッセージを送っていたミセンガさん。「キスを送ります。愛しています。私はブラジルにいます。がんばって戦っていることを知ってほしい。」

ミセンガさんの姉

すると、これを知った姉から、大会後に電話がかかってきた。姉は、コンゴ国内で生き延びていたのだ。ミセンガさんは、この時の興奮をこう語る。「以前は生きているのか死んでいるのか、わからなかったけど、家族は生きて元気だとわかった。とても幸せだ」。今は、ミセンガさんが、混乱が続く故郷に帰ることはできない。姉との再会を心待ちにする日々だ。

さらに、諦めずに柔道を続けたことで、安定した生活も手に入れることができた。ブラジルで最愛のパートナーと出会い、子供にも恵まれた。“諦めずに努力を続ければいつかきっと人生を切り開くことができる”。それがミセンガさんの信念だ。「家族は僕にとってすべてだ。柔道と畳は私に変化をもたらし、私の人生を変えた」(ミセンガさん)。


子どもたちに夢や希望を与えたい

いま、ミセンガさんは、自宅の近くで柔道を教えている。そこには、ファベーラに暮らす子どもたち約30人が通っている。取材の翌日もファベーラでは銃撃戦が起きるなど治安は安定せず、教室を開くこともまた命がけだが、ブラジルで得た希望をここで生きる子どもたちに返していきたいと考えている。「ファベーラでは、多くの子供たちが支援を必要としている。スポーツをやることで麻薬取引や殺人に手をそめないようにしたい。柔道は私の人生を変えた。だからこそ、子供たちを助けたいと思う」(ミセンガさん)。

その情熱を胸に、ミセンガさんは、いま東京オリンピックを目指している。数々の大会に出場し、1つでも多くの実践経験を積もうとしている。苦難の中にある人たちの、前へ進む支えとなりたい。ミセンガさんの目標は、メダル獲得だ。「オリンピックは私の人生そのもの。私は、世界中のすべての難民のために東京でメダルを取りにいく」(ミセンガさん)。

動画をご覧になりたい方はこちら↓

ページの先頭へ