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特集

2019年5月24日(金)掲載

元シリア代表の空手家 TOKYOへの夢

国際報道2019では、紛争や迫害で母国を追われた難民アスリートの姿をシリーズで伝えている。3回目の今回は、東京オリンピックで初めて採用される「空手」で、世界への挑戦を続けるシリア難民の空手家の親子。3年前のリオデジャネイロオリンピック・パラリンピックで史上初めて結成され、来年の東京オリンピックでも結成されることが決まっている「難民選手団」。狭き門をめぐって、夢を追いかける姿を追った。

空手に人生を学ぶ

人口60万人のルクセンブルク。ここに子どもから大人まで300人近くが通う空手道場がある。

指導するスヘイル・ゼイン・アブディンさん

指導しているのは、シリア出身のスヘイル・ゼイン・アブディンさん(47)。叔父の影響で13歳の時に空手を始めたというスヘイルさん。シリアでは、代表チームの一員として活躍。国際大会にも出場し、数々のメダルを獲得する強豪選手だった。

空手は、実際に相手と戦う「組手」。

技の正確性やスピード、キレなどを競う「形(かた)」などの種目がある。

スヘイルさんは、競技には「形」の選手として出場している。「形」は、技の品位や、呼吸の仕方も評価されるなど、集中力が問われる。祖国の内戦をくぐりぬけ、どんなに心が乱れる時でも、スヘイルさんは、空手の教えを支えにしてきたという。「人生には多くの困難がある。空手は自分を律し、集中して心を整えることを教えてくれた。空手は、“人生の学校”だと思っている」(スヘイルさん)。



祖国の内戦で人生が一変

2011年3月。故郷シリア南部のダラアで起きた民主化を求めるデモが、スヘイルさんの人生を変えた。37万人の死者を出す内戦の始まりだった。混乱が始まって数か月、スヘイルさんはデモに参加していなかったにもかかわらず、突然、治安部隊に拘束されたのだ。「理由はわからないが、家族の前で殴られ、拷問された。息子まで逮捕すると脅され、私だけでなく、子どもたちの命も危険にさらされると思い、国を出る決意をした」(スヘイルさん)。

2011年の終わり、妻と6人の子どもと共に、隣国に逃れたのち、難民としてルクセンブルクに受け入れられた。言葉が通じない中で、仕事もなかなか見つからず、行政の支援を頼る日々が続いた。「“難民”という状況は、何にもまして厳しい。“難民”と呼ばれるが、私は人間で、市民だ。この状況を打破したいと思っている」(スヘイルさん)。



苦境を救ったのは“空手”

苦しい状況を変えたのは「空手」だった。元シリア代表で黒帯6段の実力を買われ、空手道場で仕事を得たのだ。スヘイルさんが指導するようになって、移民や難民の子どもたちの志願者も増えた。スヘイルさんも、「空手のおかげでルクセンブルク社会に溶け込むことができた」と、うれしそうに語る。

スヘイルさんは、生活の落ち着きを取り戻し、再び空手に打ち込むようになった。そして、ルクセンブルクの全国大会で見事優勝を果たすまでになった。そんな時、さらに心躍るニュースが入った。東京オリンピックで空手が初めて採用されることになったのだ。「ずっと選手として参加するのが夢だった。2020年東京オリンピックで、歴史上初めて空手がオリンピックで行われる。代表選手になることは、すべてのアスリートの夢だと思う」(スヘイルさん)。

東京オリンピックを目指すスヘイルさん。しかし、すでに40代半ば。年齢だけでなく、長年痛めている膝のケガと闘っている。東京オリンピックに出場することは、容易ではない。



息子に託す夢

そんなスへイルさんが期待を寄せるのが息子のハサンさん(16)。優しい性格で、当初異国の生活になじむのに苦労した。

父の勧めで空手を始めてわずか3年で急成長。「組手」の選手として、ルクセンブルクのユース代表に選ばれるまでになった。それが自信となり、ハサンさんも父と同じ夢を追いかけるようになった。「オリンピックに出場するのが夢。それを実現できるようにがんばりたい」(ハサンさん)。



家族のために 息子のために

こうした中、スヘイルさんはある決断をしようとしていた。向かったのは役所。国籍の取得について相談するためだ。息子のハサンさんがオリンピックを目指すには国際大会での豊富な経験が必要になる。しかし、難民のままでは移動に制限があり、簡単に参加することができない。祖国シリアにも帰ることができない状況だ。この日、役所の担当者から、「国籍を取得するには、語学能力試験に加え、複数の証明書を準備した上で、数か月の手続きが必要となる」と言われたスヘイルさん。家族のために、息子のために、ルクセンブルクで生きていく道を模索している。



親子で続ける世界への挑戦

そんな父のことをハサンさんはこう語る。「父はヒーローで、父よりすばらしい人はいない。シリアは戦争が続いているが、それを乗り越え、ルクセンブルクで何かをやり遂げようとしている。いつか父を超えたいと思っている」。世界への挑戦をあきらめない2人の特訓は、今日も、ルクセンブルクで続いている。「人生は挑戦し続けること。たとえ失敗しても、それまでの自分を超えるために挑戦し続ける。それがいつか成功につながる」(スヘイルさん)。内戦により故郷を離れて8年。東京オリンピックは、スヘイルさん親子にとって、未来へ向かう原動力となっている。

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