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特集

2019年4月24日(水)掲載

シリア内戦で片足を失った“難民スイマー”

2020年、来年に迫った「東京オリンピック・パラリンピック」。国際報道2019では、東京を目指す難民のアスリートたちの姿をシリーズで伝える。戦争や迫害によって難民となった人は、今、世界で6850万人にのぼるとみられている。そうした人たちに夢と希望を与えたのが、2016年のリオデジャネイロオリンピック・パラリンピックで初めて結成された「難民選手団」だった。多くの困難の中、東京大会を目指すアスリートたち。彼ら、彼女らの思いに迫る。一回目はシリア内戦で片足を失った競泳選手の物語。

シリア内戦で足を失った絶望

イブラヒム・フセインさん

シリア出身のイブラヒム・フセインさん(30)。母国・シリアでは、オリンピック出場を期待される有望な自由形の選手だった。今は難民として暮らすギリシャで、東京パラリンピック出場を目指している。イブラヒムさんの故郷は、シリア東部のデリゾール。古代文明が栄えたユーフラテス川は遊び場で、夏には友だちと日が暮れるまで泳いでいたという。しかし、内戦で生活が一変。故郷は過激派組織IS=イスラミックステートの拠点になり、政府軍との間で激しい戦闘が繰り広げられた。2012年10月、忘れられない出来事が起きた。突然戦闘が始まり、友人が撃たれ、助けを求める声が辺り一面に響き渡った。友人に近づけば、イブラヒムさん自身の命も危険な状況だったという。「助けてくれと叫んでいる友人を助けずに、一生後悔したくなかった。かけよった時、砲撃を受けて右足を失った。その時私は思った、人生は終わったのだと」(イブラヒムさん)。右足を一瞬で失い、絶望に陥ったイブラヒムさん。壊滅的な被害にあった町で、満足な治療を受けることは出来なかった。“このままシリアにいても死を待つだけだ“。治療を受けたい一心で、危険をおかして地中海を渡ることを決意。なんとかギリシャにたどり着いたものの、故郷に残る家族と話ができるのは月に1度か2度。悪いことが起きているのでは、と恐れながら電話するという。「家族と話す時、みんな元気かだけたずねる。故郷の状況については何も言わないで、とお願いしている」(イブラヒムさん)。



義足によって再び希望が

ギリシャで住む場所に困り、空腹に耐えかねて路上の草を食べたこともあるというイブラヒムさん。

苦境の中、出会ったのが義足を作る技師アンゲロスさんだった。イブラヒムさんは、アンゲロスさんの作った義足のおかげで、再び力強く歩くことができ、長時間の仕事にも耐えられるようになった。「私たちはイブラヒムさんを支援して、元気を取り戻してほしいと考えた。彼が再び笑顔で、将来に向かって前進できればと思った」(アンゲロス技師)。生活が安定したイブラヒムさんが向かった先はプールだった。幼い頃から、打ち込んできた水泳を再び始めようと決めたのだ。「足を失った時は“もう生きていたくない”と何度叫んだことか。スポーツによって、もう一度生きようと思った」(イブラヒムさん)。

しかし、片足では水中でバランスをとりにくく、体の軸が左右にぶれ、スピードが出ない。イブラヒムさんは、腰を安定させながら泳ぐ特訓を続け、泳ぎを改良した。猛練習の末、ギリシャの水泳大会で優勝するほどの実力をつけたイブラヒムさん。2016年リオデジャネイロパラリンピックで史上初めて結成された「難民選手団」12人の1人に選ばれた。しかし結果は、予選落ち。それでもイブラヒムさんは、この場所に立ったことで自分の役割に気づいたという。「リオは、私に扉を開き、大きな学びを与えてくれた。難民も、世界の舞台に立てるという希望を届けなければと思った」(イブラヒムさん)。



TOKYOへ 難民に喜びを与えたい

東京パラリンピックに向け、イブラヒムさんは、自分のためだけでなく、困難を抱える人すべての力になりたいと思っている。

車いすバスケットボールの選手でもあるイブラヒムさん。“スポーツの喜びをより多くの人に広めたい”と、難民だけの車いすバスケチームを結成することを考えている。そして世界各国の障害を抱える難民アスリートに参加を呼びかけている。「やるべきことは、今度は私が障害をもつ難民を助けること。彼らが苦しみや絶望から抜け出せるように、力になりたい」(イブラヒムさん)。東京パラリンピックでは、競泳選手としてメダル獲得を目指しているイブラヒムさん。一日のほとんどの時間を水泳や筋力トレーニングに注ぎ、右足を失う前のベストタイムに迫っている。「もしメダルが取れたら、それは私だけのものではない。数千万人以上の難民、特に障害者を代表するものだ」(イブラヒムさん)。絶望の日々からスポーツによって立ち上がり、希望を届ける新たな挑戦へ。イブラヒムさんは進み続けている。

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