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特集

2018年11月19日(月)

ポル・ポト負の歴史 強制結婚の闇

 
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酒井
「虐殺や強制労働が行われたポル・ポト政権時代のカンボジア。
これまで知られてこなかった、歴史の闇に迫ります。」

先週、カンボジアで開かれた、ポル・ポト政権による罪を問う特別法廷。
2人のポル・ポト政権の元幹部に最も重い終身刑が言い渡されました。
1970年代後半、ポル・ポト政権によって行われた虐殺や強制労働。
170万人以上が命を奪われ、「20世紀最悪の惨事の1つ」とも言われてきました。
その惨事を解明する特別法廷で40年近い時を経て初めて明らかにされたのが「強制結婚」です。
ポル・ポト政権下のもう1つの闇、強制結婚は、生き残った人々を今も苦しめています。


酒井
「ポル・ポト政権の崩壊から、来年(2019年)で40年。
カンボジアでは国民の7割が政権崩壊後に生まれた世代となっています。
経済成長が続くカンボジアですが、その一方で、過去のせい惨な歴史とどう向き合っていくのかが課題となっています。」

花澤
「その1つが『強制結婚』。
今まで明らかにされなかった被害の実態に光を当てたのが『特別法廷』です。」

松岡
「今回、判決が出された特別法廷とは、ポル・ポト政権の元最高幹部らの罪を問うために、2006年、国連とカンボジアが合同で設置した裁判です。
これまでに、元最高幹部ら5人を逮捕、起訴してきました。
そのうちの2人、元政権ナンバー2のヌオン・チア被告(92)と元国家幹部会議長のキュー・サムファン被告(87)は国民の強制移住などの罪で一昨年(2016年)、最も重い終身刑が確定しています。
今回、この2人は少数民族の虐殺と強制結婚など人道に対する罪に問われ、再び終身刑が言い渡されました。

この強制結婚。
ポル・ポト政権は多くの国民の命を奪った一方で、若い男女を無理やり結婚させ子どもを産ませて人口増加を図ろうとしたのです。
特別法廷が始まるまで、謎に包まれていた強制結婚ですが、被害を名乗り出て証言をした女性を取材し、その実態に迫りました。」

ポル・ポト政権の闇「強制結婚」の実態

リポート:横田晃洋支局長(ハノイ支局)

首都プノンペンから車で4時間ほどの西部、ポーサット州。
「強制結婚」の被害者の1人、ペン・ソクチャンさんです。
この場所にあった村の食堂で「強制結婚」が行われたと言います。

ペン・ソクチャンさん
「12人ずつ、男女が一列に並ばされ、“隣に立った人と結婚します”、という感じで、自分が選ぶことなんてできませんでした。」

当時、15歳だったソクチャンさん。
名前を読み上げるだけの結婚式が済むと、その夜から夫となった男性と一緒に寝るように強制されたと言います。

ペン・ソクチャンさん
「夫となった男が私の両手を縛り、ズボンを脱がせました。
その様子を2人の監視役が確認していました。
ここに来ると、昨日のことのように思い出して、胸が苦しくなり、涙が止まりません。」

極端な共産主義を掲げたポル・ポト政権。
人もモノも全て、「オンカー」と呼ばれる革命組織にささげられるという考えのもと、国民から財産を没収し、農村地域へ強制移住させて過酷な労働を強いたのです。


こうした強制労働や虐殺で命を落とす国民が続出する一方で、ポル・ポト政権は人口増加策も進めていました。
その手段として行ったのが、若い男女を強制的に結婚させる「強制結婚」でした。
その数は数十万人に上るとも言われます。

結婚する前、ソクチャンさんは家族と離れ離れにされ、同世代の女性たちとこの村で働かされていました。
夜明け前から夜遅くまで、動物や人間の排せつ物で肥料を作る仕事をさせられたと言います。

ペン・ソクチャンさん
「排せつ物などを無理やり手で混ぜさせられました。
終わった後『手を洗いたい』と言ったら、シャベルで頭を殴られて気を失ったこともありました。」


こうした苦しい生活の中で、見知らぬ男性と強制された結婚。
耐えられなくなったソクチャンさんは、結婚から4日後、村から逃げ出しました。
その後、ポル・ポト政権は崩壊し、ソクチャンさんは別の男性と結婚しました。
夫は20年以上前に亡くなり、6人の子どもを女手1つで育ててきましたが、「強制結婚」の過去を子どもたちに話すことはできなかったと言います。
それでも、特別法廷が始まったことを知り、意を決して被害者として名乗り出たのです。

ペン・ソクチャンさん
「もう亡くなった人や私のような被害者のために、生き残った私が真実を追求したいと思ったのです。」

誰が「強制結婚」を指示したのか。
ソクチャンさんは、法廷で当時の村の幹部が言っていた言葉を詳しく証言しました。

ペン・ソクチャンさん
「『オンカー(革命組織)のために子どもを産め、それが嫌なら殺されるぞ』と忠告されました。
自分の意思ではなく、すべてオンかーに決められていました。」

  

しかし、一貫して関与を認めない元最高幹部の被告たち。
裁判を通じて、その口から自らの責任を認める言葉を聞くことはできませんでした。

スマートフォンの中で笑顔を見せる女の子。
ソクチャンさんの孫です。
しかし、ソクチャンさんはもう何年も子どもや孫と会っていません。
「強制結婚の過去が恥ずかしくないのか」子どもたちは、公の場で自らの体験を語るソクチャンさんに強く反発し、遠ざけるようになったのです。

ペン・ソクチャンさん
「子どもたちはあの時代のことを受け入れてくれません。」


判決が出された先週、法廷にソクチャンさんの姿がありました。

「終身刑に処する。」

2人の元最高幹部に対し、特別法廷は「強制結婚」の罪で求刑どおり、最も重い終身刑を言い渡しました。

ペン・ソクチャンさん
「終身刑になりましたが、私の心は穏やかにはなりません。
でも、亡くなった人たちの分までこれからも訴え続けていきたいです。」


酒井
「取材したハノイ支局長の横田支局長に聞きます。
ポル・ポト政権の元最高幹部に終身刑という判決を、カンボジアの人たちはどう受け止めているのでしょうか。」

横田晃洋支局長(ハノイ支局)
「はい。
リポートで紹介したソクチャンさんの思いとは逆に、カンボジアの人たちの関心は年々低くなっていると感じます。
特別法廷の設置から12年という長い年月がたっていることもあり、今回、判決が下されたことすら知らない若者がほとんどでした。
ポル・ポト政権の崩壊以降に生まれた世代が、国民の7割に達し、経済成長が続く今のカンボジアの現状を表しているように思います。
しかし、この10年余りの裁判で、ポル・ポト政権の時代に何が行われたのか、ソクチャンさんのような被害者の証言で明らかになってきました。
そして、これまでほとんど語られてこなかった、『強制結婚』の実態について、元幹部の責任が明確に認められ、『終身刑』という最も重い判決が出た意味は大きいと思います。」

花澤
「来年でポル・ポト政権の崩壊から40年となるわけですが、カンボジアは今後、せい惨な歴史とどう向き合っていこうとしているのでしょうか。」

横田支局長
「はい。
特別法廷は、裁判を通じて『国民の和解』を目指していました。
ところが、虐殺や強制結婚などを指示した当時の加害者と被害者が、今も同じ村で生活しているというのがカンボジアの現実です。
取材を通じて、法廷で被害者として証言した人が村にいづらくなるなど、『国民の和解』にはほど遠いのが実態だと感じました。
当初3年ほどで終わる計画だった裁判は既に12年続き、費用も総額300億円以上と膨大な額に上っています。
日本政府は実にその3割を負担してきましたが、カンボジア国内からはこれ以上、裁判を続ける意味があるのかと疑問視する声すら上がっています。
ポル・ポト政権によって170万人もの命が奪われた悲劇を繰り返さないためにも、裁判で積み上げられた過去の記憶を若い世代も含めてきちんと伝え、『国民の和解』につなげていくことが必要だと思います。」

酒井
「政権の崩壊から来年で40年ですが、ソクチャンさんの心の傷は癒えないままで、その一方で、国民の関心が下がってきているというのは意外でしたね。」

花澤
「そうですね。
政権崩壊後に生まれた世代が7割まできているということですから、そういうことも起きてくるのでしょうか。
私がカンボジアへ初めて取材に行った15年前の時点では、人々の記憶にはまだ、ポル・ポト政権の記憶が鮮明だったのですが、それが時間と共にそうした世代が少なくなってきているということなんだと思います。
今、カンボジアは急激な経済成長に沸くと共に、フン・セン政権が強権化してきていることが問題となっていますよね。
カンボジアが、ポル・ポト政権の歴史をどう総括するのか、フン・セン政権が独裁化する現場にも大きく関わる重要なものになりそうです。」

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