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特集

2018年8月22日(水)

“社会への同化を” 変容するデンマーク移民政策

 
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福祉国家として知られるデンマークで今、移民に対する政策に大きな異変が起きています。
政府が、イスラム系移民などが暮らす地区を「ゲットー」と名付け、貧困や犯罪を減らそうとしているのです。
ゲットーとは、第2次世界大戦中、ナチス・ドイツがユダヤ人を隔離するために作った居住区です。
デンマーク政府は、新たな移民対策をあえて「ゲットー・プラン」と名付け、厳しい姿勢を打ち出しています。

デンマーク ラスムセン首相
「働かずに福祉で得たカネで暮らし、犯罪が多い地区がある。」


移民の間には、不安が広がっています。

住民
「住民はみんな自分を『デンマーク人』だと感じているのに、なぜ認めてもらえないのか。」


新たな移民対策に揺れるデンマーク。
現地からの報告です。

デンマーク 新・移民対策 “ゲットー”の名のもとに

花澤
「『ゲットー』という言葉には、ナチス・ドイツ時代のユダヤ人居住区以外にも、大都市の貧しいマイノリティが密集して住む地域を否定的に表現する際に使われる言葉です。
デンマークのラスムセン首相は今年(2018年)3月、この『ゲットー』という刺激的な言葉をあえて使って、『ゲットー・プラン』と呼ばれる移民に対する政策を発表して、波紋を呼んでいます。」

酒井
「この『ゲットー・プラン』とは一体、どういうものなのか。」

松岡
「1960年代から移民を労働力として受け入れてきたデンマーク。
シリアの内戦など、最近の中東の混乱もあり移民は増え続けています。
全人口579万人に占める移民の割合は、現在およそ8.6%に達しています。

ただ、国民の間では移民が就職せずに福祉に頼っているとして、“福祉にただ乗りしている”という不満がくすぶっています。
こうした中、3年前(2015年)に誕生したのが、移民に厳しい姿勢を示すラスムセン政権です。
ラスムセン政権が、今年3月に打ち出した『ゲットー・プラン』。
移民や難民が住民の半数を超え、失業率が高い国内30か所を『ゲットー』に指定します。

窃盗などの犯罪を他の地域よりも厳しく処罰したり、社会への統合を進めるため、1歳になった子どもたちは週30時間以上、保育園に通うことを義務付け、デンマークの言葉や男女平等などの価値観を学ばせるなどとしています。
『ゲットー』の住民を、デンマーク社会に溶け込ませるための対策を強化し、貧困や犯罪を減らそうというものです。」

デンマークの首都、コペンハーゲン。
およそ2,500人が暮らすミュルナパーケン団地です。
政府が指定する30の「ゲットー」の1つで、欧米以外の国からの移民がおよそ8割を占めています。
失業率の高さが大きな問題となってきました。

ラスムセン首相は今年、こうした「ゲットー」の中にデンマーク社会に溶け込む努力を怠っている人がいると批判。
移民に対する新たな対策、「ゲットー・プラン」を打ち出しました。

デンマーク ラスムセン首相
「働かずに福祉で得たカネで暮らし、犯罪が多い地区がある。
政府は問題の多い地区を完全になくす。
『ゲットー』を一掃する。」

政府の対策は差別的ではないか。
首相は、そんな問いかけに平然と答えています。

記者
「『ゲットー・プラン』は差別的との批判もあるが?」

デンマーク ラスムセン首相
「確かに、ある部分では差別だと認める。」

ラスムセン政権の移民対策に対して、市民の意見は割れています。

市民
「機会を悪用して、支援を受けすぎの人もいる。」

市民
「移民を歓迎しないのは寛容の精神に反する。
『ゲットー』も問題です。
特定の地域の人を差別しています。」

ミュルナパーケンの住民の間では、「ゲットープラン」に動揺が広がっています。
自治会長を務めるパキスタン出身のアスラムさん。
「ゲットー・プラン」は、団地の住民への偏見を助長することになると言います。

自治会長 アスラムさん
「通りを隔てた人は保育園に通うか選択できる。
なぜ私たちはだめなのか。
(法治国家なのに)特定地域の人だけ権利を奪われるということだ。」

アスラムさんは、政府が選挙対策のためイスラム教徒を標的にしているとして、「ゲットー・プラン」を見直してほしいと訴えます。

自治会長 アスラムさん
「特定の地区に住んでいる住民から憲法上の権利を奪うことは差別だ。
住民はみんな自分を『デンマーク人』だと感じているのに、なぜ認められないのか?」

移民問題に詳しい大学教授は、特定の集団を標的にした政策は、社会を分断するだけだと警鐘を鳴らします。

ロスキレ大学 ミシェル・ペース教授
「(政権は社会を)あおるため戦略的に『ゲットー』という言葉を使い、標的とされた住民だけでなく、社会全体に怒りの感情をかきたてている。
この風潮は1920~30年代に社会がファシズムへと突き進んだころと同じだ。
“よそ者だ”“危険だ”とレッテルを貼り扇動した、あのころのようだ。」

一方、移民の中にも、自分たちからデンマーク社会に溶け込む努力をするべきだとして政策を支持する人もいます。
シリア生まれのカダー議員です。
祖国とのつながりやイスラムの教えを厳格に守るだけでは、社会から孤立するだけだと言います。

デンマーク議会 ナサー・カダー議員
「出身国の文化と、デンマークの文化の両方を持つことは可能だ。
『ゲットー』には、それを拒否しているかのような人もいる。
同化を求めているのではなく、デンマーク社会の一員として生きてほしい。」

子どもを指導する住民
「君は1号棟、ムハンマドは2号棟、君たちは3、4号棟だ。
さあ掃除道具を持って行って。」

ミュルナパーケンの団地でも、デンマーク社会への統合に向けた住民側の努力が始まっています。
この日、団地では子どもたちがゴミ拾いなどの活動に汗を流していました。
子どもを指導するこの男性は、19年前にレバノンの内戦を逃れ、デンマークに来ました。
こうした活動を通じて、子どもたちに社会のルールを身につけてほしいと考えています。

子どもを指導する住民
「時がくれば団地を出て、デンマーク社会に出て行く。
その時に困らないよう、ルールを守るなど規範を教えていきたい。」



なぜ新たな移民対策

酒井
「ここからは取材をしたロンドンの税所支局長に聞きます。
デンマークではなぜ今、新たな移民対策を打ち出したのでしょうか?」

税所玲子支局長(ロンドン支局)
「今のヨーロッパを見ますと、経済格差に苦しむ人々の不満の矛先が移民に向けられている国が多いと思いますけれども、デンマークもその典型と言えます。
福祉社会・デンマークは、国民が極めて高い税金を負担するからこそ、福祉の恩恵を受けられるという、いわばコンセンサスに支えられてきています。
しかし、高齢化とともに、その制度のほころびも見え始め、例えば医療の面では、患者の増加で手術の順番が回って来るのに時間がかかるといった課題が指摘されています。
約束されていたはずの未来が揺らぐのは、『よそ者』であるとされる移民が財政を圧迫するからだ、という考えに同調する人が増えていて、政府としても移民対策の強化を迫られていたと言えます。」

移民との分断 今後は

花澤
「移民との分断が生じていますけれども、今後はどうなりそうでしょうか?」

税所支局長
「解消するための特効薬はないかと思うんですけれども、双方がお互いの不安に耳を傾けることが重要なのではないかと思います。
確かに、イスラム教徒の中には自らのアイデンティティーを宗教に求める人が増えていて、厳しい戒律が、デンマーク社会になじまないと考える人もいます。
ただ、それを拒絶するだけではなく、その背景にあるのは何なのか想像してみることも必要だという意見もありますし、また、移民側も教育や就労などで努力を重ねることが重要だという指摘もあります。
さらに、多様性がもたらすメリットを改めて見つめ直すことが重要なのではないかといった声もよく聞かれます。
デンマークは、第2次世界大戦中、ナチスの占領を受けながらも市民が協力してユダヤ人を守り、国外に逃したという歴史を持っています。
その精神の源は、デンマーク社会の根底に必ず残っているはずだと思います。
以上、ロンドンからお伝えしました。」

酒井
「犯罪や貧困を減らすことにつながるのか、大変な取り組みですよね。」

花澤
「デンマークは寛容な社会を目指してきたわけですけれども、格差への不満と自国のアイデンティティーが薄れていくことへの不安が、こうした動きを呼んでいるということですよね。
そして、ヨーロッパでも今、同じような動きが広がっています。
デンマークでの今回の動きは、理念がリードしても難民や移民の受け入れは容易ではないという現実を浮き彫りにしています。」

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