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特集

2018年2月28日(水)

旧ユーゴスラビアの遠い民族融和 戦犯の英雄視広がる

 
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民族紛争を経て7つの国に分裂した旧ユーゴスラビア。
その1つ、コソボが今月(2月)、独立から10年を迎えました。

「私たちの夢が実現したのだ。」

しかし、民族間の対立はいまだにくすぶったままです。

「和解は無理だ。
関係はよくはならない。」

紛争のさなか、他の民族の殺害や暴行に関わった戦争犯罪人を、「民族の英雄」としてたたえる風潮すら生まれています。

「クロアチア人の将軍をたたえたい。」

いまだに民族間の融和が進まない、旧ユーゴスラビアの現状を見つめます。

旧ユーゴスラビア 消えない民族対立の火種

増井
「1990年代に起きた旧ユーゴスラビアの民族紛争では13万人以上が犠牲になり、第2次世界大戦後のヨーロッパで最悪の紛争といわれています。」

花澤
「戦闘で荒廃した町の復興は進んでいますが、民族対立の火種はいまだにくすぶっているようです。
民族紛争から今に至るまでの経緯です。」

松岡
「ユーゴスラビアは、さまざまな民族が共存する連邦国家でしたが、1990年代に民族間の衝突が表面化。
激しい戦闘に発展しました。
内戦を経てユーゴスラビアは、クロアチア、セルビア、ボスニア・ヘルツェゴビナなど7つの国に分裂しました。

もっとも激しい戦闘が行われたのが、ボスニア・ヘルツェゴビナです。
クロアチア系、セルビア系、イスラム系の3つの民族が対立。
10万人以上が犠牲になったとされています。
この紛争では、セルビア系の勢力がイスラム教徒を大量虐殺する事件があったほか、クロアチア系の勢力もイスラム教徒を相次いで殺害するなど、戦争犯罪が横行しました。
こうしたさまざまな戦争犯罪を裁くために国連が設置したのが『旧ユーゴスラビア国際戦争犯罪法廷』です。
戦争犯罪を裁くことで、紛争後の民族の融和が進むと期待されましたが、去年(2017年)11月、法廷内で衝撃的な事件が起きます。

イスラム教徒の殺害に関わったとして有罪判決を言い渡された、元クロアチア系司令官のスロボダン・プラリャック被告。
判決に抗議してその場で青酸カリをあおって自殺したのです。
有罪判決が下されたプラリャック被告を『英雄』とたたえて擁護する動きが今、クロアチアで広がっています。
現地で一体何が起きているのか、取材しました。」

旧ユーゴスラビア 消えない民族対立の火種

リポート:小原健右支局長(ウィーン支局)

旧ユーゴスラビアの1つ、クロアチア。
首都のザグレブで去年(2017年)12月、戦犯法廷で衝撃的な自殺を遂げたプラリャック被告の葬儀が行われました。
政府の閣僚や軍人など、4,000人が参加しました。

参列者からは、国際法廷で有罪判決を受けたプラリャック被告を擁護し、民族のために戦った「英雄」として称賛する声が相次ぎました。

「クロアチアのために戦った将軍をたたえるためにやって来ました。
あの裁判はすべてうそです。」

葬儀に参加した1人、ブランコ・マトシンさんです。
少年兵として、プラリャック被告の指揮の下で戦いました。

元少年兵 ブランコ・マトシンさん
「(ここには)クロアチアのために命をささげた戦友たちが眠っています。」

マトシンさんは祖国のために戦い抜いたプラリャック被告が裁かれること自体、許せないと感じています。

元少年兵 ブランコ・マトシンさん
「紛争中、暮らしていた土地から追われることを私たちは恐れていました。
(法廷は)真実を確認せずに、不当な判決を下しました。」

戦犯法廷への反発が広がる中、クロアチア政府も、戦争犯罪を犯したと批判されているクロアチア系住民の勢力を正当化しようとしています。
去年、専門家を集めた委員会を新たに発足させ、旧ユーゴスラビアの内戦を含めた民族の歴史の再検証を開始したのです。

歴史再検証委員会 ジェリコ・タニッチ氏
「旧ユーゴの紛争は民族を守るための戦争だったのです。
そのような自己防衛の歴史を非難すべできではありません。」

この委員会が再検証しようとしているのは、旧ユーゴスラビアの紛争だけではありません。
今からおよそ80年前、第二次世界大戦でクロアチアが行ったと批判されている大量虐殺の再検証も進めています。
大戦のさなか、ナチス・ドイツの下で独立したクロアチアは、国内の少数民族だったセルビア系住民を強制収容所で大量に虐殺しました。
その数は45万人以上に上るといわれています。
クロアチアとセルビアの関係に絶えず暗い影を落としてきたこの問題を、クロアチア側の視点で見直そうとしているのです。

再検証を行っているイゴル・ブーキッチ氏は、当時収容されていたのは、クロアチアの独立を脅かす反対勢力、いわゆる「テロリスト」たちで、収容所で死んだのは実際は8万人以下だったと主張しています。

イゴル・ブーキッチ氏
「残念ながら今でも強制収容所でセルビア人の虐殺が行われたとされていますが、それが間違いであることを、私たちははっきりと確認しました。」

強制収容所の跡地の近くには、ナチス・ドイツと協力して大量虐殺を行った当時の政権を礼賛する言葉を刻んだ石碑まで建てられています。
旧ユーゴスラビアの国々では、民族間の融和はいまだに進まず、むしろ新たな対立の火種さえ生まれているのです。

なぜ今? 歴史の見直し

花澤
「取材にあたったウィーン支局の小原記者に聞きます。
クロアチアで歴史を見直すさまざまな動きが出ていましたが、なぜ今このような動きが出ているのでしょうか?」

小原健右支局長(ウィーン支局)
「戦犯法廷に対する反発が大きな要因となっています。
クロアチアの人たちの多くは、90年代の内戦について、自分の民族を他の民族から守るための戦いだったと捉えています。
これに対し国連の戦犯法廷は、クロアチアも加害者で、戦争犯罪があったことを明らかにしましたが、被害者としての強い意識が戦犯法廷そのものの拒絶につながっています。
多くの人は、仮に敵対した民族に危害を加えたとしても、自分の民族も同じ被害を受けたとして正当化しています。
その考え方をさらに正当化するために、歴史そのものを独自の視点で見直す動きが活発になっているといえます。」

広がる犯罪の正当化

増井
「戦争犯罪を正当化しようという動きは、旧ユーゴスラビアの他の国でも出ているのでしょうか?」

小原支局長
「他の国々でも、同様の傾向がみられます。
セルビアではイスラム系住民を大量虐殺した戦犯をたたえるポスターなどが貼られているほか、シャツなどの記念品まで販売されています。
また、大学の施設に戦犯の名前をつけたり、刑期を終えた戦犯を軍の講師として招いて教べんをとらせたりなど、教育の現場でも正当化の動きがみられます。
自分が受けた被害で、他の民族に与えた被害を正当化しようとする傾向は、どの国でも共通しています。」

民族衝突の懸念も

花澤
「こういった風潮がエスカレートした場合、どんなことが懸念されるのでしょうか?」

小原支局長
「民族どうしの衝突や、最悪の場合、再び紛争に突入するのではないかと懸念する人もいます。

セルビアでは、歴史を自国の都合で見直し始めたクロアチアに対する強い反発が広がっていて、両国の首脳ともに関係が悪化していることを認めています。
また、ボスニアでは内戦で激しく衝突したクロアチア系・セルビア系・イスラム系の3民族が今も共存しているだけに、国内の緊張が増しています。
この地域で取材していますと、各民族が互いに反発し合う今の状況は、内戦が勃発する直前の状況に雰囲気が似ていると指摘する人も数多くいます。
おびただしい犠牲をもたらした内戦の悲劇を繰り返さないため、地域の各国や周辺国の取り組みが求められています。」

増井
「それぞれが『自分たちは被害者である』という強い意識を持っていて、それが今後の衝突につながりかねないというのは、難しい問題ですね。」

花澤
「そもそも歴史というのは、悲劇を繰り返さないために学ぶものですよね。
それが、過去にさかのぼって双方が正義を主張する、その正義に基づいて憎悪を募らせるという構図になっている。
この過去の歴史とどう向き合っていくのか、非常に重い課題だと思います。

ノーベル文学賞を受賞したカズオ・イシグロさんに去年インタビューしましたが、その中で『時には国家というのは、前進するために、争いに突入するのを避けるために、過去に起きたことを忘れることが必要なのではないか』と指摘していました。
そして『どの記憶を残し、どう忘れるのか、ずっと考えている』と話していました。
人類は過去の歴史とどのような距離で付き合っていくべきなのか、旧ユーゴスラビアの現状は私たちにも問いかけています。」

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