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特集

2017年9月25日(月)

クルド住民投票 “独立”の行方は

 
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増井
「イラクでは今日(25日)、クルド人の自治政府による独立の賛否を問う住民投票が行われています。
イラクの中央政府や周辺国は激しく反発していて、新たな火種となるおそれがあります。」

「バイバイ、イラク!」

クルド人の間で今、かつてないほど高まるイラクからの独立の機運。

クルド自治政府 バルザニ議長
「2年以内にすべての問題が解決し、さよならを言えるだろう。」

しかし…。

バグダッド市民
「クルドの歴史でも最悪の日だ。
これはイラクを分断に導く計画だ。」

トルコ エルドアン大統領
「クルド人自治区の議長の発言は、とてつもない間違いだ。」

投票は地域の不安定化を招くとして、イラクのみならず、トルコなどの周辺国、さらにはアメリカまでもが反対。
中止するよう訴えてきました。

クルド自治政府は、なぜ住民投票に踏み切ったのか。
そしてその行方は…。

住民投票 強行で波紋 クルド独立の行方

花澤
「イラク北部でのIS=イスラミックステートとの戦いでは、イラク軍やアメリカ主導の有志連合とともに戦い、主力を担った少数民族のクルド人。
イラク政府から一定の自治権を与えられたクルド自治政府が、国際社会の反対を押し切り、独立を問う住民投票を実施したことで波紋が広がっています。」

松岡
「クルド人とは、そもそもどんな人々なのでしょうか?
居住地域は、イラク以外にトルコやイラン、それにシリアなど。
人口は合わせて3,000万に上るとされ、アラブ人とは異なる独自の言語や文化を持っています。

クルド人の住む地域の大部分は、かつてオスマン帝国の支配下にありましたが、およそ100年前、第1次世界大戦後に領土が分割されたことでクルド人は散り散りになり、それぞれの国で少数派となりました。
このうち、全人口の2割を占めるイラクでは、1980年代にフセイン元大統領から政権を脅かす反対勢力として敵視され、徹底的な弾圧が行われました。
しかし1991年に、湾岸戦争でのイラク軍の撤退をきっかけに、イラク北部では事実上の自治がスタート。
フセイン政権崩壊後の2005年には、正式に自治区として認められました。

自治政府は、独自の議会のほかに軍隊や治安部隊を持つなど、大幅な自治がイラクの憲法で認められています。
その部隊は過激派組織=ISとの戦いに参加。
この戦いで大きな存在感を発揮し、住民の間でもその見返りを求めるべきだという機運が高まり、今回の住民投票につながりました。」

進む投票 高まる緊張

増井
「クルド人自治区があるイラク北部のアルビルに、カイロ支局の土屋記者がいます。
国際社会の反対を押し切って、本当に住民投票を実行したんですね。」

土屋悠志記者(カイロ支局)
「はい。
投票は順調に行われ、あと2時間ほどで締め切られ、開票が始められる予定です。
しかし、自治区の外では既に大きな反発を生んでいます。

イラクのアバディ首相は、自治政府が持つ国境の管轄権の引き渡しを求めたほか、周辺国にクルド側と石油の取り引きをしないよう求めるなど、対抗措置を取りました。
また、トルコやイランは国境付近で軍事演習を行うなど、地域の緊張が徐々に高まっているのを感じます。
こうした状況でもなお独立を求める、クルド人の思いを取材しました。」

住民投票 強行で波紋 クルド独立の行方

土屋記者
「こちらは、住民投票で独立への賛成を呼びかける集会です。
会場は悲願の達成を願う人たちの熱気に包まれています。」

「バイバイ、イラク!」

独立への賛成を呼びかける、投票前、最後の集会。
数万人の住民が駆けつけました。

クルド自治政府 バルザニ議長
「従属か独立か(選ぶのはどちらか)。
25日は一丸となって投票しよう。」

参加者
「今でなかったら、いつ独立すればよいのか。」

多くのクルド人が独立を求める背景には、イラクで迫害を受けてきた苦難の歴史があります。
イランとの国境に近いクルド人の町、ハラブジャ。
イラン・イラク戦争中の1988年、この町の住民はイランに協力しているとして、当時のフセイン政権から化学兵器による攻撃を受け、およそ5,000人が虐殺されました。

30年近くたった今も、町にはその爪痕が残されています。
化学兵器の被害者団体の代表を務めるロクマン・ムハンマドさん。
化学兵器による攻撃で、母親と兄弟4人、そして、妻を失いました。
自分も化学兵器の後遺症を負い、毎日、薬が欠かせません。

化学兵器被害者団体 代表 ロクマン・ムハンマドさん
「肺をやられて寒暖の差で具合が悪くなります。
長くは歩けません。」

ロクマンさんは26年前に被害者団体を立ち上げ、窮状を訴えてきました。
フセイン政権の崩壊後、誕生した新政権に期待したロクマンさん。
2人の首相とも面談しましたが状況は変わらず、裏切られたという思いを強くしています。

化学兵器被害者団体 代表 ロクマン・ムハンマドさん
「イラク政府は今までクルド人のために、財政支援を含め何もしてくれませんでした。
独立すれば状況は良くなります。」

増井
「今回、住民投票が行われるのはクルド自治区だけではありません。
中でも、管轄権をめぐって中央政府と争っている自治区の外の街・キルクークでは、対立の激化が懸念されています。」



リポート:渡部常唱支局長(カイロ支局)

イラク有数の油田がある、北部キルクーク。
街の入り口に見えてきたのは、完成したばかりの、高さが20メートル以上もある像です。

渡部常唱支局長(カイロ支局)
「この巨大な像はクルド人の兵士の像です。
クルドの旗をかかげ、キルクークがクルド側の支配下にあることを誇示しています。」

街中ではクルドの治安部隊が警戒にあたっています。
以前はイラク政府が統治していましたが、3年前、勢力を広げる過激派組織=ISを前にイラク軍が撤退。
代わって街を守ったのが、クルドの部隊でした。

それ以来、キルクークはクルド側の実効支配が続いています。
住民投票がこの街でも行われることを、クルドの人たちは歓迎しています。
小学校の校長を務めるマフディ・シュワニさんです。
小学生の時、フセイン政権によってキルクークを追われました。
当時、フセイン政権は、キルクークにアラブ人を移り住ませ、クルド人を追い出すアラブ化政策を実施。
この街はばく大な石油権益をめぐって、かねてから争われてきたのです。

小学校校長 マフディ・シュワニさん
「住んでいた土地から追い出されたのは、人生でもっともつらい出来事でした。」

フセイン政権の崩壊後、20年ぶりにキルクークに戻ったマフディさん。
同じ年に結婚し、新生イラクに期待しました。
しかし、予算の配分など、多数派のアラブ人を優遇する政治は変わらず、失望していったといいます。
マフディさんは、クルド人が命をかけてキルクークをISから守り、実効支配した今こそ、独立賛成の意思を示す時だと考えています。

小学校校長 マフディ・シュワニさん
「キルクークはクルドの街です。
歴史をみても、地政学的にもはっきりしています。
この街はクルドにとって、命のように大事な土地です。」

しかし、イラク政府も議会も、たたでさえ認めがたい住民投票に、有数の油田があるキルクークまで含めたことに猛反発しています。

議長
「キルクーク県知事の解任について投票してください。」

イラク議会はアバディ首相の要請を受けて、キルクーク県のクルド人の知事を解任すると決めました。

議長
「解任が決まりました。」

しかし県知事は、議会の決定は無効だとして、住民投票への参加を呼びかけました。
ばく大な石油権益が絡むキルクークの問題は、クルド側と中央政府の対立を一段と先鋭化させています。

前途多難な投票後

増井
「再び、クルド人自治区のアルビルにいる土屋記者に聞きます。
投票結果はどうなりそうでしょうか?」

土屋記者
「賛成が過半数を占めるのは確実です。
ただ、中には独立を願いながらも、クルド側に自力で国を運営する体力はまだないなどとして、反対票を投じたりボイコットをする人もいます。

例えばパンなどの食料は原料をトルコやイランなどからの輸入に頼っていて、投票に反発する周辺国が国境を封鎖すれば、手に入らなくなると不安を訴える人もいました。
このため、どのくらいの人が投票したのかという点も注目されます。
また、例え賛成が多数になっても、クルド人の独立がすぐに実現するわけではありません。
バルザニ議長は投票の終了後、中央政府との交渉に入り、2年以内の独立を目指すとしていますが、今、クルドは孤立無援の状態で、国際的な承認を得られる見込みは少なくなっています。
ISとの戦いにようやく終わりが見えた矢先に、地域の安定を損なうような動きは到底認められないというのが各国の本音です。
クルド人にとっては今後、長い試練の時が待っていると言えます。」

トルコの今後の対応

増井
「結局、投票は行われましたが、周辺国はいまだに反対しているんですよね。」

花澤
「特に私が注目しているのが、トルコの存在なんです。
クルドは石油の収入にほとんど頼っているんですが、その石油はトルコを通じたパイプラインで地中海に運ばれて輸出されているんです。
このパイプラインをトルコが仮に止めてしまったら、クルドにとっては死活問題になるんです」

増井
「トルコがこのパイプラインを止めることもあり得るんですか?」

花澤
「今のところそうした動きはなくて、おそらく止めないんじゃないかという分析が多いです。
といいますのも、トルコ自身、パイプラインを通すことで利益を得ているんです。

また、今回の投票は独立に向けてはまだ最初の1歩に過ぎず、むしろイラク政府との間で交渉材料にするのではという見方もあるんです。
今後のためにも、このカードはとっておくのではないかと指摘されています。
今後、イラク政府の対応とともに、トルコ政府の対応も大きなポイントとなりそうです。」

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