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特集

2017年9月11日(月)

“911”から16年~危機感募らせるイスラム教徒と遺族

 
放送した内容をご覧いただけます

花澤
「“911”から16年を迎え、アメリカでは社会の分断が浮き彫りになっています。」

増井
「今日(11日)は、人種や宗教による偏見を克服しようとするイスラム教徒や遺族の取り組みを特集でお伝えします。」

トランプ就任後 初の追悼式典

花澤
「ニューヨークで行われている追悼式典の会場近くに須田記者がいます。
そちらの様子を伝えてください。」

須田正紀記者(アメリカ総局)
「こちら、同時多発テロ事件で崩壊した世界貿易センタービルの跡地に立つ、ワン・ワールド・トレードセンターの前です。
式典は私の後ろ100メートルほどのところ、追悼モニュメントのまわりでさきほど30分ほど前から始まり、犠牲者の名前が順に読み上げられています。
今年(2017年)はトランプ大統領の就任後、初めての9月11日となります。
そのトランプ政権下では先月(8月)、南部バージニア州で、白人至上主義などを掲げるグループと、それに反対するグループが衝突し、多数が死傷する事件が起きるなど、社会の分断が浮き彫りとなっています。
こうした社会の分断が、自分たちへの敵意に拍車をかけかねないと危機感を抱いている人たちがいます。
それは、同時多発テロ事件後も差別や偏見にさらされたイスラム教徒の人たちです。
イスラム系住民とテロ事件の遺族の姿を通して、アメリカ社会の今を取材しました。」

同時多発テロから16年 米“分断”を克服できるか

リポート:須田正紀記者(アメリカ総局)

バージニア州で起きた事件から1週間後。
白人至上主義者とみられる男に車ではねられて亡くなった女性の追悼式が開かれました。

「バージニア州で起きたことを記憶にとどめ、犠牲者を追悼しましょう。」

主催したのは、事件と直接関係のないイスラム教徒の住民たち。
憎悪の連鎖が広がれば、いつ自分たちが標的になるかわからないという危機感から、式を開きました。

参加者
「バージニアの事件はイスラム教徒を標的にしたものではないが、次の標的になりえます。」

参加者
「9.11の後も不安でしたが、今、不安な気持ちはピークに達しています。」

懸念の背景には、アメリカで、イスラム教徒を標的とする差別に基づく犯罪=ヘイトクラムや嫌がらせが相次いでいることがあります。
先月には、中西部ミネソタ州のモスクで爆発事件が起きました。

件数は、今年前半で1,400件余りとなり、去年(2016年)の同じ時期と比べ35%も増加。
過去最悪のペースとなっています。
イスラム教徒を敵視する団体の集会も、各地で頻繁に開かれるようになりました。

参加者
「今、世界やヨーロッパで起きている問題は全てイスラム教のせいだ。」

参加者
「アメリカはもうイスラム教徒を受け入れてはならない。
イスラム教はテロリストの温床だ。」

須田記者
「こうした中、イスラム教徒への誤解や偏見を解こうとする活動が活発化しています。」
新学期を控えた先月、ニューヨーク近郊で、イスラム教徒が地域の子どもたちに学童用品を無償で配布するイベントを開きました。

「新学期への準備はできている?
このバッグで良い新学期を。」

地域に密着した慈善活動を行い、自分たちもアメリカ社会の一員で、イスラム教徒は皆、危険だという誤ったイメージを払拭(ふっしょく)しようとしているのです。

住民
「彼らの活動はすばらしい。
“イスラム教徒が悪い”と決めつけてはいけない。」

主催者
「実際にイスラム教徒に接すれば、偏見はなくなると思います。
それが誤解やヘイトクライムを無くす最善の方法です。」

イスラム教徒への偏見をなくそうという取り組みは、同時多発テロ事件の遺族の間にも広がっています。

ロビン・ドナティさん。
崩壊した世界貿易センタービルの高層階にあった保険会社に勤めていた母親を亡くしました。
イスラム教徒たちがなぜこのような残虐な事件を起こしたのか。
ロビンさんには理解ができなかったといいます。

ロビン・ドナティさん
「衝撃で悲しみに打ちひしがれました。
実行犯に対する怒りとともに、“なぜあんなことをしたの?”と困惑しました。」

母の命はなぜ奪われたのか。
深い悲しみにくれる中、知人に誘われたのが、地元で開かれていたイスラム教の勉強会でした。

この会ではイスラム教の考え方や文化を理解しようと、信仰の枠を越えて定期的に対話を行っています。

参加者
「テロリストたちはコーランを守っていない。
イスラム教徒と呼ぶことさえできないと思う。」

参加者
「モスクに来たことない人もたくさんいる。
一度モスクに来るといい。」

参加者
「そうすれば視野が広がり、共存できる社会につながる。
それが目標ね。」

ロビンさんは10年以上、この勉強会に参加。
過激な思想を持つイスラム教徒はごくわずかだと、次第に確信するようになりました。

ロビン・ドナティさん
「多くのことを学びました。
本当のイスラム教徒は異教徒に敬意を払っています。
ほとんどのイスラム教徒がテロとは関係ないということを理解できました。」

ロビンさんはバージニア州の事件のあと、偏見を乗り越えたみずからの体験を積極的に話しています。
憎悪の連鎖が広がるのを食い止めるのが、みずからに課せられた使命だと感じているからです。

ロビン・ドナティさん
「以前より憎しみや暴力が表面化しやすくなっている今、行動を起こさなければなりません。
私はテロ事件の遺族として、声をあげなければならない特別な立場にあると思っています。」


イスラム系住民は今

花澤
「再び、ニューヨークの追悼式典の会場近くにいる須田記者に聞きます。
イスラム系住民は、現状をどう感じているのでしょうか?」

須田記者
「自分たちへの偏見が、トランプ政権下で強まっていると感じています。
トランプ大統領は就任早々の今年1月、イスラム教徒が多数を占める中東やアフリカの国々からの入国を制限する大統領令に署名しました。
イスラム系の団体によると、嫌がらせの件数は、署名した1月から3月までの間に特に増えたということです。

VTRにあったイスラム教徒を敵視する集会も、実はここニューヨークで開かれたものです。
リベラルな土地柄で知られるニューヨークでこのような集会が開かれることは、これまでは考えにくいことでした。
取材したイスラム系の住民は、『トランプ大統領の政策はイスラム教徒を憎んでも問題ないという感覚を人々に植え付けている』と話していました。
イスラム系住民たちは、同時多発テロ事件のあとに差別や偏見が広がった時よりも、今の方がより強い危機感を抱いています。」

イスラム系住民 厳しい状況 続く?

増井
「イスラム系住民にとっては、今後もこうした厳しい状況が続くのでしょうか?」

須田記者
「アメリカでもここ数年、イスラム過激派の影響を受けたとみられる事件が相次いでいることもあり、厳しい状況が続くことが予想されます。
ただ、だからといってイスラム系住民全体を敵視する風潮が強まれば、過激思想とは関係のない大多数のイスラム系住民が孤立することにつながります。
今年7月に発表された世論調査の結果では、イスラム系住民の75%が『アメリカ社会で自分たちは差別されている』としているほか、62%が『アメリカ人に社会の正式な一員とみなされていない』と回答しました。

こうした状況は、新たなテロ、特に『ホームグロウン』と呼ばれるアメリカ生まれのイスラム教徒が引き起こすテロを誘発しかねないと専門家は指摘しています。」

元FBI特別捜査官 アリ・スーファン氏
「(若いイスラム系住民が)地域社会で標的にされ、米国人とみなされていないと感じれば、ISやアルカイダなどのテロ組織が接触し、勧誘されやすくなる可能性がある。
(テロ組織は)孤立を感じているイスラム教徒にアピールするメッセージを送ってくるからだ。」

須田記者
「社会の分断が続く中、テロにつながりかねないイスラム系住民への差別や偏見にどう歯止めをかけ、社会の融和を実現していくのか。
同時多発テロ事件から16年を迎えた今年、アメリカ社会は大きな課題を抱えています。」

同時多発テロから16年 米“分断”を克服できるか

増井
「トランプ大統領の登場で、イスラム系住民への敵意が高まったということなんでしょうか?」

花澤
「これはアメリカでの世論調査です。
同時多発テロの翌年からずっと行われてきた調査なんですが、イスラム原理主義を重大な脅威だと感じる人の割合を表したものです。」

増井
「2015年から急に高まっていますね。
911翌年の2002年に迫る勢いで増えているんですね。」

花澤
「一昨年、2015年1月には、フランスの週刊誌の本社がイスラム過激派に襲われて12人が殺害されるというテロがありました。
それから11月にはパリでの同時多発テロが起きるなど、この年は世界的にテロ事件が頻発したんです。
それもあって社会の危機感の高まりがあり、16年も脅威と考える人が増えたと。
この人々の危機感の高まりが先にあって、そこにトランプ候補が誕生した。
ですから、トランプ候補の主張が支持を集めやすい状況がすでにアメリカ社会にあったということです。
そしてトランプ氏が当選して大統領になり、そうした政策や発言をすることで、イスラム過激派に対する危機感や批判を表だって口にしやすくしたと言われています。」

増井
「そうなると、イスラム教徒としてもこわくて暮らしにくいですし、アメリカ社会への反発を強めることになりますよね。」

花澤
「そうですね。
それに、オバマ政権時代にアメリカのイスラムコミュニティに対して、FBIのスパイを大幅に増やし、監視を強化したんです。
それに対してイスラムコミュニティーの反発も水面下でずっと高まってきていると言われています。
危機意識とテロ対策、それに対するイスラム教徒たちの反感という悪循環から、アメリカ社会が抜け出す道は見えないままです。」

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