にっぽん縦断 こころ旅
人生を変えた忘れられない場所
『哲学の橋』
正平さん、スタッフの皆さん、あの震災の直後からこころ温まる旅を見せてくださり、本当にありがとうございます。
番組を通じて、自分は訪れたことがない場所であっても、同じ日本として繋がりを感じるようになったことを不思議に思っています。
さて、私の人生を変えた忘れられない場所は、新潟市西区と中央区を結ぶ有明大橋から望む、関屋分水路と日本海です。
正平さんが苦手な橋なのでずっと投稿を遠慮しておりましたが、
今後、遠くに引っ越し、新潟に行く機会もなくなりそうなので、
ぜひもう一度見たいと思い、お願いすることにしました。
自宅があった現在の西区から、中央区にある母校、関屋中学校までの通学は歩いて二十五分ほど。
そのうち三分の一くらいがこの橋の上でした。車はたくさん通っていましたが、徒歩で渡る人は滅多に見ませんでした。
当時、西区は校区外だったので、有明大橋を渡って通学する中学生もほとんどいなかったはずです。私は一年生の夏休みに西区に引越したのですが、転校はしたくないという思いに当時の先生方がご配慮くださったのだろうと想像し、感謝しております。
自分で望んだ道とは言え、新潟の真冬の早朝、足あと一つない雪道に長靴をズボズボ突っ込みながら歩くのには試練もありました。
雪が積もれば相対的に橋の欄干は低くなり、身の危険も感じます。
強風の時は傘を閉じ、欄干につかまりながら歩いたこともありました。
引き返そうと思ったこともありました。
けれども晴れた日は、表面だけが凍っている分水路に思いっきり雪玉を投げ、いくつも穴を空けて遊んだりしていました。
また、良い季節になれば橋の真ん中で立ち止まり、青空と水平線を望みながら、「日本海の向こうに世界が広がってるんだ!」という感覚をひとり味わったりもしていました。
これらはすべて、友人とも家族とも共有していない風景なのですが、携帯もスマホもなかったあの頃、朝な夕なに答えのない問題をあれこれ考えながら歩いた時間は、自分なりの人生哲学のはじまりだったのではないだろうか、と近ごろ思うようになりました。
今からは新潟も良い季節ですので、橋の端っこからでも構いません、あの風景を見せていただけないでしょうか?
(橋についてあらためて調べてみたら私と同い年の橋でありました。
欄干も橋桁も結構くたびれ、大幅に化粧直ししている頃かもしれません)
東京都 港区 中田 香織 48歳
東京都港区
中田香織さん(48歳)からのお手紙