にっぽん縦断 こころ旅
私の心に残る風景は
「切戸川の桜並木」 です。
昭和三年生まれの母は、第二次大戦直後、釜山から故郷鹿児島に帰り着いた後、地元の農協で働いていました。
結婚で山口県下松市に。結婚後は、ずっと共働きで 私達三人の子を育てあげました。一番初めは、知人の紹介で、日立笠戸工場の引き込み線の道普請にでたとか。昭和三十年前後の話。最後の勤めは、四十二歳頃から五十五歳定年まで勤めた海沿いにあるコンクリート会社。
末光(スエミツ)から桜が綺麗な切戸川沿いを一生懸命自転車をこいで。汗いっぱいかいて走る夏。雨の日も雪の日もひたすら走って。そんな中でも「今日はお昼 紅蘭(コウラン)のラーメン食べたよ。」って小さな楽しみを話してくれたり。
朝五時に起きてお弁当四つ作って、夜は終い風呂に入って洗濯物干して寝るのは、いつも十二時過ぎ。
当りまえのようにやっていたことに私が感謝してなかったなって思ったのは、下松を離れてからのことでした。切戸川沿いの景色。
春 満開の桜、青々した葉で影を作ってくれる夏。枝ばかりになり、冬の来るのを教えてくれる秋から冬にかけて。
小さな川だけど 子どもの私達には、大きな川でした。
下松から鹿児島に帰って三十四年。長い間、家の中では、話し言葉は下松弁。聞いてわかるけどしゃべれない鹿児島弁も、すこしは上達しました。
今、寝たきりになった母の横で下松弁で昔話をしていました。 ところどころで頷いてくれる時、あの景色が見えていることを願っています。
桐野祥子
鹿児島県薩摩川内市
桐野祥子さん(64歳)からのお手紙