にっぽん縦断 こころ旅
正平さん、チャリオ君、スタッフの皆様、いつも楽しく拝見しております。
私のこころの風景は、黒石市沖揚平から八甲田に向かう途中の「城ヶ倉大橋から望む風景」です。晴れた日には眼下に青森市内と陸奥湾、左手には遠くに雲に浮かぶように岩木山が見えます。
私は高校卒業後に上京、就職し結婚、出産 その後幼い子ども二人を連れて10年ぶりに故郷に帰ってきました。私が幸せに暮らしているとばかり思っていた両親にとっては、とてもショックな出来事だったろうと思います。特に父は無口であまり感情を表に出さない職人でしたが、やるせない気持ちが娘である私には伝わって来たものです。父は黒石市の沖浦出身だった事もあり、現在の虹の湖や黒森山浄仙寺、城ヶ倉大橋に折に触れて子供たちと私を連れて行ってくれました。「城ヶ倉大橋からは、岩木山が見えるんだよ」と話してはくれますが、何度行っても、一度たりとも見た事はありませんでした。
2年前の春、父はがんを宣告され、職人を辞めて車の運転もやめて自宅で静養しながら母と二人暮らしていました。
その年の「紅葉にはまだ早いかな?」と思う秋晴れの日、何となく、父にふるさとの景色を見せてあげたいと思い ドライブに誘いました。父が行きたいと常々話していた黒森山浄仙寺に行き、母と私の三人でコーヒーとドーナツを食べました。その後、父の身体を気遣い早めに帰宅しようとしましたが、父はどうしても城ヶ倉大橋に行きたいと私に頼むのです。「今日じゃなきゃだめなんだ」と。それならばと車を走らせました。
助手席の父は遠足途中の子どものように窓を開け、嬉しそうにしていました。城ヶ倉大橋に着き(青森寄りの駐車場)、車から降り橋まで腕を組んで歩きました。立ち止まると遠くには岩木山が見えていました。「初めて見れた。今日来てよかった。ありがとう」と思わず手を合わせる私に「やっと見れたなぁ。これはきっと頑張ったご褒美だな」と父は目を細めていました。家に帰ってからも母に「今日は最高に楽しかった」と何度も話していたそうです。
父はその後入院、昨年春に他界しましたが、あの時父が話した「頑張ったご褒美」とは、父が自分自身に言ったのではなく、子供達を育て上げた私への言葉であった事を母親から聞かされ、父に認めてもらった事が嬉しく涙がこぼれました。
正平さん、ぜひ、私のこころの風景、「城ヶ倉大橋からの岩木山」を見て下さい。
晴れであることを祈っています。
工藤 真紀子
青森県弘前市
工藤真紀子さん(49歳)からのお手紙