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今野麻里さん(まり・当時18歳)理加さん(りか・当時16歳)大輔さん(だいすけ・当時12歳)宮城県石巻市

麻里さんと理加さんは、父親・浩行さんの両親と共に津波にのまれました。大輔さんは、通っていた大川小学校で被害にあい、亡くなりました。

震災から11年PHOTO

震災から11年を迎えて

母親のひとみさんより

母より
このお手紙読む前に…。
10年以上も経つのに…。
何時も、自分の胸に思う事。
あなた達は皆、もっと生きたかった、もっと色々な経験したかった…。
でも、どんなに頑張っても、それが出来ず…。
ごめんね、今は手さぐりでも、なんとか、たどり着きたい…。
出来る事はしたい…。それが、今の私の思いです。

Dear3人の子供達へ
◎長女麻里へ
麻里、麻里は一番目にお父さん、お母さんの間に産まれてきてくれた娘。
本当に皆から祝福され、みんなの全ての笑顔になる子供でした。
成長しても変わらず、何時も笑顔、その場を温かく包み込み、本当優しい子だったよね。
今も、別の場所でみんなを優しく包み込み、頼られてるのかな。
余り無理せず、でも、妹、弟の事宜しくお願いします。
お父さん、お母さんは何とかやっているよ。
ただ、お父さんの事、見守ってあげてね。
本当、お願いばかりでごめんね…。
◎次女理加へ
理加、理加は本当に芯の強い子供で、つらかったり、
苦しかったりした時も決して音を上げず、本当頑張り屋さんでした。
私は逆にそれがとても心配で
“何かあったら口に出して言って良いんだよ!”と何時も言ってた様な気がする。
周りにも気配りすごかったね…。
でも少しは自分が楽していいんだよ。
お買い物の時必ずお母さんの荷物一番先に持ってくれたのは理加でした。
本当、その優しさ気配りには、お母さんうれしかった。
ありがとう!!
◎大輔へ
大輔、大輔はいつまでたっても甘えん坊さんで、
中学生になれるのかな?とお母さんは心配しました。
余りお姉ちゃん達困らせない様にね。
何年経ってもそれが心配で…。
でも大好きだったおかず、思い出しながら作っているよ。
今年で24歳…。もう好みも変わっているかな?
お母さんは想像できず…。ごめんね…。

今でも麻里、理加、大輔の3人の子供達がいなくなっても、
“お父さん”“お母さん”と呼びあってます。
今、私が一番不安に思う事は、あなた達の声や仕草、性格、
その全てが一年一年、記憶がうすれていってしまうんじゃないかと。
だから2人で、“みんなで良くあそこに行って、あんな物食べたね、見学したね”とか、
そういう話をしています。
お父さん、お母さんの事は心配しないで天国でみんなで仲良く暮らして下さいね。
それが今、一番の私の願いです。

本当にお父さん、お母さんのもとに産まれてきてくれて、ありがとう…。
今は色々な事経験して、みんなに伝えるね…。

本当ありがとう…。
そしてごめんね…。

今野麻里さん、理加さん、大輔さんへのメッセージ・写真を募集しています。

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