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小笠原裕香さん(おがさわら・ゆか/当時26歳)
岩手県釜石市

大槌町の職員として、高齢者の避難を誘導していたところ、津波に襲われたと見られています。

震災から8年PHOTO

「こころフォト」ニュースリポート

  • 2019年3月9日放送

    初めて知る娘の思い
    >父の決意

    「こころフォトスペシャル あの日から8年 いま誓うこと」

震災から8年を迎えて

父親の人志さんより

裕香へ
3.11の2日前の夜11時ごろ「今、帰ったよ~」と寝ている枕元で、裕香は俺に声を掛けてくれたね。

今、俺は、あの遅い時間に声を掛けた裕香の思いは何だったのか考えている。
どうしたかと返事すると、何でもない、ただ、声を掛けてみただけと言った。
それから2日後、あの東日本大震災で津波にのまれ、帰らぬ人になってしまったね。

大槌町役場に就職が決まったと知らされた時「公務員は全体の奉仕者だぞー、場合によっては町民のため自分の命をかけても守らなければならないぞー」それができるかと話した事の重みを感じている。
津波で「裕香は死んだ」と家族の元に帰らず仕事を続ける俺の職場をたずね知らせた兄(長男)に、「そうか、裕香はおまえが探せ」と言って、仕事をつづけた事を、今悔やんでいる。本当に申し訳ない思いで、生きている。

裕香は児童福祉の仕事がしたいと言っていたね。
大槌町は予算が無いから、まず、老人福祉だと言われたと笑っていた。
最近、裕香の大学の恩師から話を聞きました、と伝えてくれた人がいました。
裕香は「私は人生の最後に立ち会える仕事ができる事を幸せに思っている」と話していたと。
あなたが残してくれた日記帳には、好きな事をするのではなく、今している事を好きになる事と書いてありましたね。
裕香は公務員としてりっぱに生きました。
ありがとう!!
今、俺と母さんは、保育園のクリスマス会のうさぎのダンス、小学校での鼓笛隊の指揮者、中学校運動会青組の応援団長を小さな体で頑張っていた姿を思い出しています。
高校ではヨット部にも入っていたね。
大学ではアルバイト生活。そのお金で北海道旅行にも連れて行ってくれたと母さんは夢を見ている様だったと、落語会へも俺たち2人を連れて行ってくれましたね。
本当にありがとう。

しかし、「帰ります」という裕香からの電話はなくなりました。
裕香のたくさんの友達が、お彼岸、お盆とあなたを忘れず、今も訪ねてくれます。

ここに来るとホッとする。
結婚しました。
子供が産まれました。

など、裕香に報告しましたと話してくれます。

あなたのすばらしい友達に励まされながら、父さん母さんは今、生きています。

それから、大槌町長は、裕香たち犠牲になった職員の「生きた証し」であり津波のこわさを伝える大槌町役場旧庁舎を、観たくない人に寄りそうという理由で、解体を強行しました。
残念でなりません。
裕香たちの死が無駄にならない様に、教訓を引き出し、二度と同じ誤りを繰り返させないため、これからも考えていきます。

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