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佐藤節子さん(さとう・せつこ/当時63歳)
宮城県南三陸町

自宅にいたところを、津波に巻き込まれ亡くなりました。町の総務課長だった夫の徳憲さんは防災対策庁舎の屋上に避難しましたが、裏にあった自宅が流されていくのを目撃しました。その庁舎も津波に襲われ、徳憲さんを含む10人だけが助かりました。

「こころフォト」ニュースリポート

  • 2016年3月18日放送

    「妻への思い あの日と向き合う」

    (おはよう日本)

夫の徳憲(とくのり)さん(65)より

お母さん(節子さん)この写真、覚えていますか。壯志と悠奈ちゃんの結婚式の写真です。
あれから7年、そして早いもので、あの震災から5年目を迎えます。子供達もそれぞれ成長し、孫も6人になりました。
あなたに孫の成長を見せられないのが残念ですが、子供達もお母さんの教えを守り、決して裕福とは言えませんが、それぞれの家庭を立派に守っております。

弦は、震災の後、結婚を致しました。あなたは会った事はありませんが、真諭さんという可愛い方です。
昨年4月に長男が誕生し、「清遥(きよはる)」と名前をつけました。あなたにとっては6人目の孫になります。

そうそう、その前に壯志の長男「廉人」には震災の年の1月に会ってますね。そのあと平成25年に2人目の孫が誕生しました。「千聖(ちせ)」といいます。
私たちにとっては、初めての女の子ですが、6人の孫の中では1番気が強いように感じます(あなたに似たのかなー(^-^))

佳ちゃんは震災の後、看護師を目指し看護学校に入り、一昨年から看護師として南三陸病院に勤めております。
私達にとって最初の孫の龍之介は高校生となり、身長が180cmを超え、新之介は中学生、洸之介は小学生と、3人ともすくすく育っております。

あなたとの現実の歴史は3・11で止まりましたが、子供達や孫達の歴史は続いております。
あなたが千の風に乗って天空に去ってしまった現実を受けとめつつ、あなたの分まで、子供達、孫達の成長を見届けたいと思います。

来年早々には、弦と新しい家を建てるように計画しております。その時には1番日の当たる場所にお母さんの写真を飾りますので楽しみにしててください。
役場を退職の時、「お母さんありがとう」と言おうと心に決めておりましたが、震災でそれができませんでしたので改めて言わせてください。

「お母さんありがとう。これからも天空より見守って下さい」

追伸:お母さん、私も65歳になりました。あなたの年齢を超えました。いつそちらに行けるかわかりませんが、「おじいちゃん」と言わないでくださいネ。そのために日々トレーニングしてますから(^-^)

佐藤節子さんへのメッセージ・写真を募集しています。

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