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こころフォト

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高橋美代子さん(たかはし・みよこ/当時49歳)、麻実さん(あさみ/当時18歳)
福島県南相馬市

美代子さんは、地震の後、母の宮子さんと孫の無事を確認するために自宅に戻った後、津波に巻き込まれました。 麻実さんは、アルバイトを終えて帰宅途中に、津波に巻き込まれたとみられます。麻実さんは震災の10日前に高校を卒業したばかりでした。

震災から5年PHOTO




震災から5年半を迎えて

美代子さんの母親の宮子さんより

天国の皆さんへ
8月11日は私達萱浜地区で追悼花火を上げるとのことです。災害より5年がすぎました。
私達の心の淋しい―悲しい事がありました。
でも天国のみなさん、また家族の人は本当に毎日―のように首を長くして―まっているわ。
11日の花火、天国に上がる、その時、一斉にふるさとの萱浜地区に帰ってきてね。
みんなが待っているぞ。
それが私の願いです。

世界には、太陽が1つしかありません。
その太陽の力で前向きに明るく進め、私の心にメッセージが入って来ます。
自分も決して若くはありませんが、天国のみなさんも1日でも早く友達になりますよう思い出せば、泣かずにはいられません(涙)。
花火と一諸に帰ってこいよ。
すぎた事やこれからの事は沢山あると思うがとにかく帰ってくる事をねがいます。
天国のみなさんに―お願いだ、待って居るぞ。

震災から5年を迎えて

美代子さんの母で麻実さんの祖母、高橋宮子さんより

私は一生、忘れません。
平成23年3月11日、災害のくるしみを、一生忘れる事はできません。

あの小松並木、間からキラキラと、津波の姿は今でも目をとじると思い浮かびます。
私は萱浜に住んで50年。前の小松並木の姿を思い出してみれば、泣かずには、いられません。涙・・・・・・。
つらい事、苦しい事、悲しい事は、だれでもあります。後ろをふりむかず、前を向いて、明るく太陽を見ろ、空高く、みなさんの力になっているのに、月もそのとおり、いつも半月ではいません。
8月15日夜は、みなさんの前に顔を出します。太陽様、お月様、お星様、高い所よりみなさんを見ています。ありがとう。

ずーっと、ずーっと前から思っていました。家の中も丸く、世の中も丸くいけば、何事も。そのような気持ちで、みなさんも頑張っぺー。私の50年の思いつきだ。

今年、私の幸せ。1月1日元旦、日の出を見に1人で公営住宅を出ました。日の出が始まり、6時53分、その時思わず日の出に手を合わせ、ちょっと下を見た時、キラキラキラキラ1円玉がありました。
私の心はうれしいやらで、これは自分のお守りだ、一生健康でありますよう・・・と、高い所の太陽・月・星、みんなが私の幸せを願っていることでしょう。

私も、まだまだ前向きに、明るく健康で頑張るぞ。
一生、忘れるなんてできない事ばかり。
ごめんなさいね、涙・・・・・・。

美代子さんの母で麻実さんの祖母、高橋宮子さん(80)より

あの東日本大震災のくるしみは、忘れることはできません。
あれから4年数か月もすぎ、仏は戻ってきません。
あの苦しみ、悲しみは、だれにもわかる訳ではありません。
上を見れば、大きいひまわりの太陽が私を見ているような気がして、元気を出せと、言葉がくるような気がして。
高橋家の大黒柱でもあり、思い出せば泣かずにはいられません。涙・・・・・・。
孫の麻実も、やさしい女の子でした。
仏には毎日、朝、水をあげ言葉で話をしてやり、その気持ちはつたわっていると思うな、私の世代は。
(にがい水、からい水、しょっぱい水)と・・・あゆんで来たが、これから先、未来の人たちは大変だと思います。ともに力を出し合って、健康第一、明るく、前向きにいきたいと思う。これが私のお願いです。
(2015年7月記)

高橋美代子さん、麻実さんへのメッセージ・写真を募集しています。

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