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鈴木棟子さん(すずき・むねこ/当時68歳) 福島県いわき市

夫婦で自宅にいたところ一緒に津波に流され離ればなれになりました。夫の浅二(あさじ)さんは助かりましたが、棟子さんは約2週間後に遺体で見つかりました。

震災から7年を迎えて

夫の浅二さんより

遺族の思いは、一緒にいるのといないのでは違います。
話し相手ができないため、空虚な感じがします。

四季を通して、入居当時は風当たりが強かったのですが、海風や北西風が大変変化してきています。
風の通り道でもあり、建物の間が、冬になるといたって風強しです。
周りには、建物や山が離れていますので・・・。

復興の状況は見方によってまちまちですが、人間の思考はさまざま・・・
進んでいるかどうか?晴れの日が続けば仕事は進行しますが、役所へ行けば判明するでしょう。

震災から6年半を迎えて

夫の浅二さんより

突然の地震、津波、そして原発の事故。

東日本大震災の件は、心の記憶から消えることはありません。

突然、いるべき家内(妻)が亡くなり、当時は傷心していました。
外部もしくは第三者からも「元気がない」と言われていましたが、避難所、仮設などから移転し、災害住宅で落ち着くには年月が過ぎ、ようやく“住めば都”と言われていますが、大病を患うなど人生には山あり谷ありと申しますが、少しは環境も変わり、生き方にも変わった人生を歩むかと思います。
いずれにしても、すぐそばにいて話す相手がいないことが痛手です。
外出すれば解消されますが・・・。

震災から6年を迎えて

夫の浅二(あさじ)さんより

昨年は大病で苦しみましたが、回復に至っており、もう少し、、、なお地震が続いており、災害住宅の壁も少しずつ乾いてきており、揺れが起きて地震・津波に備えて避難する準備をしておこうと思います。

復興の状況は少しずつ進行している様子、、、高齢になってきており、健康管理に注意して過そうと思います。

震災から5年を迎えて

夫の浅二(あさじ)さんより

仮設から移った団地は被災地から離れたところで、現地の復興は、海岸の堤防は少しずつ進んでいますが、被災地の復興は行っていないのでどのくらい進んでいるかわかりません。
原発の近くの地域の人たちが、今住んでいる近くの仮設に住んでいます。
家があっても風評被害のため戻れない状況なので大変だと思います。
生活もだいぶ慣れてはきたが、高齢のため仕事は遠慮していますが、精神的範囲のことでありますので、心の復興の向上とともに運動をいれて安定した暮らしをしたいですね。
社会情勢は刻々変化していますので、それなりに生活を変え、暮らしやすい方向(創意工夫または節約)等、目指している状況です。

震災から4年半を迎えて

夫の浅二(あさじ)さんより

避難所、仮設、そして団地。住居の移り変わり、変化の連続。

なぜなら、生活様式と環境の問題やら人間関係やら住む国土世間は各々にも違うので、神経が使いすぎるのと高齢者としての生き様が慣れるまで精神的に落ち込みましたが、外へ出るチャンスがありますので、ストレスの溜まるのが少しは改善の生活で、人と人との対話のつながりによって、健康への生活が続けるよう努力せねばならないと思っています。

東日本大震災の復興と心の復興は、同時に前向きに進行せねば、未来への復興は後遺症となって悪い印象だけが残ってしまう。

震災から4年を迎えて

夫の浅二(あさじ)さんより

避難所と応急仮設、そして災害住宅(団地)へと移り、家族が身近にいるのといないのでは、心持ちが変わります。
日数と時間が過ぎ去るにつれ、少しずつ精神的に落ち着く生活に入ってきています。

この震災を契機に習い事を始めました。
少しは高齢者にとって、ボケ防止等に役立つのではないかと始めました。

また、災害住宅へ入居できて環境が変われば、新しい発見があり、生活に潤いができるだろうと思っています。静かで日当たりも良く、健康に最適です。

なお、亡き妻にとっては、忘れられない震災の出来事なので、忘れることはないだろうと思っています。
今後、亡き妻の分まで悔いのない生き方、そして生活等をしていきます。

夫の浅二(あさじ)さん(73)からのメッセージ

苦楽を共に生きた短い人生でしたが、未来志向の人生を自他共に幸福への道のりを若い人達のために。
良き環境づくりなど、また、人生の師匠を持たない人生は空しいものであるから・・・。
頑張り屋さん。自分の信念を曲げない生き方。頑固なところ。
目標があると達成するまで頑張る精神がありました。
もう少し一緒に生きたかった。 先に天国へ旅だったムーちゃんへ。
元気でおるかな?心配しているかな?私の残りの人生を見守ってほしい。
平凡かもしれないが、健康第一の楽観主義で自分の歴史を綴っていきたい。

知人の吉田広己(よしだ・ひろみ)さんより

今でも、「おにーちゃーん」と、僕のことを呼ぶ浅二さんとこのおばちゃんの声を忘れません。
近所づきあいもなかった僕にとって、おばちゃんは唯一話したことのある人でした。
津波があった日から、母はしばらく見つからないこともあり、もう生きてはいないだろうとあきらめました。
それから、そういえばアパートにいた浅二さんやおばちゃんはどうしてるだろうと、いろんな避難所を探し回りました。
確か、おばちゃんは足が悪かったはず・・・2人とも逃げられたかな、助かってくれてればいいな・・・そんな気持ちで探しました。
浅二さんを見つけたときは、ホッとしたけど・・・・・・。
もう一度、あの「おにーちゃーん」と呼ぶおばちゃんの声が聞きたいです。
写真のおばちゃん、若いですね。
浅二さん、いつまでも元気でいてください。

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