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金成年泰さん(かなり・としやす/当時77歳) 福島県いわき市

津波に巻き込まれ、自宅から100メートルほど離れた場所で亡くなっているのが見つかりました。

震災から7年PHOTO




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「こころフォト」ニュースリポート

  • 12月6日放送

    短歌に託す夫への思い...

    (はまなかあいづToday)

震災から7年を迎えて

妻の晁子(ちょうこ)さんより

お父さん、いい報告があります。

街を貫いていた“諏訪川”に2つの立派な橋が架かりました。
それぞれの橋の橋銘板は、なんと、私と大輔(長男)が揮毫したのですよ。天国からきっと見てくれていますよね。
区からの要請により、お世話になったお礼も含め、腕を奮いました。長年の書のおけいこに花開いた瞬間でした。

自分の老いていくことへの怖さに他地域に移籍して4年。罪悪感は消し難く、日増しに心苦しさがつのります。
この橋からの平成30年の初日の出。この美しさはそのまま故郷の魅力あふれる街の創生につながるものと信じています。

私は新しい暮らしに馴染むよう努力しています。いつもお心遣いありがとうございます。

震災から6年半を迎えて

妻の晁子(ちょうこ)さんより

「豊間・兎渡路海岸(とよま・とどろ)」
夫が結婚を機に熱い思いをもって創業した水産加工会社は、48年にして、自分の命と共に終結しました。東日本大震災による消滅でした。太平洋を目の前にした工場で、毎日の「日の出」を誰よりも一番先に探すことに幸せを感じていました。
潮の干満は美しい砂浜をつくり、全国的にも知られる「鳴き砂」の名所となりました。仕事を終えた夕刻、一人その砂の感触を味わいにでかけていました。
アイヌの古老の方や研究者の方々と、地名や名字などの由来をよく浜辺で歓談していました。かつてこの砂浜は、学校のたこ揚げ大会、砂の造形大会などが行われていました。
地盤沈下により浜はなくなりました。また震災による流出物で砂は汚染されましたが、少しずつ解消されていると聞き、よろこんでいます。
7メートルの防波堤は人を寄せつけないような威圧感を覚えますが、いまだ工事中でもあり、海を見ることはできません。
貝殻を拾った懐かしい海岸とはかけ離れた(どこかの海)です。けれども、あの震災時の黒い波の恐怖を思えば、この巨大な復興事業が将来において正解であったと思える時代がくるかもしれません。
そしてその風景はまた、地域の人たちになじみ深い海岸となることでしょう。
せめて再びあの恐怖を味わうことのないことを祈っています。

(「思い出の場所」についてお聞きしました)

震災から6年を迎えて

妻の晁子(ちょうこ)さんより

いつも家族を理解していただき、本当に有難うございました。

私たちは元気で頑張ります。
今しばらく待っていてネ。

震災から5年を迎えて

妻の晁子(ちょうこ)さんより

大相撲初場所のシーズンとなりました。観戦に行った時の写真を、先日再生していただきました。
土俵真下で本物の相撲を観戦した興奮は大変なものでした。虚弱体質の自分に比し、力士の肉体の美しさに大感動していましたね。
そうして後期高齢となり、病みから解放されたように健康体となったあなたは、100歳まで生き楽しみたいと言っていたにも関わらず、77歳にして年をとることをストップしてしまいました。

そんなあなたが永遠に生き続ける道がひらけました。
我が家の跡地は住民のためのオアシス、築山を配した公園になることが決まりました。その公園の景石として、あなたの愛したあの大きな庭石がメインを飾ります。
これから先、ずーと震災の記憶を継承していくことでしょう。

私もできるかぎり見守り続けていきたいと願っています。日ごとにその完成が近づいています。

震災から4年半を迎えて

妻の晁子(ちょうこ)さんより

現住所に移籍し、満2年になりました。当初は新しい生活に、期待感と強い決意にもえていました。毎朝、仏壇の夫の遺影に会うたびに、この異郷地に暮らすことに「早まった行為」だったかと、寂しさがつのるようになりました。
故郷とは次第に疎遠になり、近隣との無機質な人間関係も年寄りには大きな障害となりました。48年を共にすごしたという事実は、簡単には消えなかったということです。
1人食べる食事のまずさはこたえます。
せめて書道塾の生徒に情熱を傾け、元気をもらっています。多少の不具合はありながらも、私は大丈夫でございます。たくさんの方々のご支援に感謝をいたします。
“移籍せし地に馴染まむと吾も木々も高台を吹く烈風(かぜ)に堪えつつ”

震災から4年を迎えて

妻の晁子(ちょうこ)さんより

夫が亡くなり、当時はただ驚きと現実味のない悲しみを抱くばかりでした。
まもなく4年、私達は生きていくことを強いられました。
根を下ろす場所(家)、暮らしの基盤、苦渋の選択の結果、昨年(平成25年)新興住宅地に居を移し、平穏な日常が過ごせるようになりました。
あらためて夫は、かけがえのないパートナーであり、家長としての存在感を日ごとにつのらせています。

子供は世代のちがい、時代の風潮など、どんなに善人であれ別もの。 今、新天地にあり、大好きだった神社仏閣や美術鑑賞などして欲しかったなーと懐かしんでいます。

幼い頃からの遊び場だった二見ヶ浦 新年の風景の一首 朝の潮 満ちてたゆたふ パープルの 雲よりいづる 二見ケ浦は

晁子

妻の晁子(ちょうこ)さん(76)からのメッセージ

いつも家族を理解していただき、本当に有難うございました。
私たちは元気で頑張ります。
今しばらく待っていてネ。

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