明日へ つなげよう

こころフォト

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狩野達也くん(かりの・たつや/当時11歳)美咲ちゃん(みさき/当時8歳)宮城県石巻市

石巻市の大川小学校から避難する途中に津波に巻き込まれて亡くなりました。

震災から4年半PHOTO



震災から7年PHOTO



震災から6年半PHOTO



震災から5年PHOTO




震災から8年を迎えて

母親の正子さんより

大好きな達也と美咲へ

二人に会えなくなってもうすぐ8年になります。
達也は今年で20歳になるね。クリエイターになる夢を叶えていたかな?
美咲は体を動かす事が好きだったから部活動を頑張っていたかな?
同じ年頃の子達を見て想像することしか出来ないけれど、お母さんはいつも達也と美咲を思っています。

『いもうと』と待合室で座っていた時、年配の方に声をかけられた事があるの。
「しっかりしたおじょうさんだね。お兄ちゃんかお姉ちゃんがいるのかな?」
お母さんは少し戸惑ってから「一人なんです」って答えたんだ。
後から『いもうと』が「違うよお母さん。私にはお兄ちゃんとお姉ちゃんがいるよ」って言ったの。
一度も会った事もない、目には見えない達也と美咲を感じてくれているのかな?
今はまだ幼いけれど少しずつ二人の事を伝えていけたらと思っています。
見守っていてね。
大好きだよ。ずっと ずーっと。

お母さんより

震災から7年を迎えて

母親の正子さんより

大好きな達也と美咲へ

2人に会えなくなって7年になりました。
生きていたら、達也も美咲も受験生。2人はどんな道に進んでいたかな?
達也は技専系?美咲は好きな部活があるところかな?
きっと2人とも、お母さんの身長を越していたんだろうな・・・。

「7年」が長いのか短いのか、お母さんにはわかりません。
だって「あの日」から2人との時間は止まってしまったから。
だけどお母さんは今を生きています。
達也と美咲と過ごしたように「いもうと」と笑ったり、怒ったり、泣いたりしているよ。

この間ね、「お兄ちゃん、お姉ちゃんは写真の中から私に会いに出てきてくれないの」って言われたんだ。
お母さん、胸がギューって苦しくなっちゃった。
「お兄ちゃん、お姉ちゃんは見えないけど、いつもそばにいるよ」って答えたの。
お母さんはそう思っているから。

「いもうと」もお母さんも、夢で会えたらうれしいです。
また、いっぱいお話しようね。
大好きだよ。ずっと。ずーっと。

お母さんより

震災から6年半を迎えて

母の正子さんより

達也と美咲へ

学校のお友達と仲良くしていますか?
この間、美咲が夢にでてきてくれたね。「もう行かなきゃ」と言うので、私が「美咲、ギューッてさせてよ」と言って美咲を抱きしめたあの感触は、3月11日の朝に抱きしめた時と同じで・・・。目が覚めてから泣いてしまったよ。

達也は昔、お父さんの夢にでてきてくれたよね。「ここは暑くも寒くもない良い所にいるから、お父さんもお母さんも心配しないで」と言っていたと聞きました。
心配しないでと言われても、心配しちゃうんだよ。ごめんね。

毎年、夏になると達也と美咲と行った北海道旅行を思い出します。出張していたお父さんに会いに行ったね。
再会した時のあなた達のキラキラな笑顔、お母さんいつまでも忘れないよ。
ラベンダー畑に、旭山動物園で見た空飛ぶペンギン・・・。
「いもうと」がもう少し大きくなったら、連れて行きたいと思います。達也と美咲と行った思い出と共に。

大好きだよ。ずっと。ずーっと。
お母さんより

震災から6年を迎えて

母親の正子(まさこ)さんより

大好きな達也と美咲へ

達也と美咲に会えなくなって6年になるね。お母さんはいつでも会いたいよ。
そんな思いが通じたのか何ヶ月ぶりに夢に出てきてくれたね。
笑顔の達也と美咲。お母さん2人に会えて嬉しかったよ。
いつまでも小学5年生の達也と小学2年生の美咲。
お母さんはそれ以上のあなた達の顔を知らない。
生きていたら、「大人の顔」になっていたんだろうなあ。

「いもうと」はね毎日元気に成長しているよ。お話も上手になりました。
ときどき、あなた達の写真アルバムを一人で見ていたりします。
お母さんは「ここにはいない」お兄ちゃん・お姉ちゃんを覚えて欲しい。
あの日までいた事を伝えて忘れないでいて欲しいと思っています。

大好きだよ。これからも。ずっと。ずーーーーっと。

お母さんより

震災から5年半を迎えて

母親の正子(まさこ)さんより

大好きな達也と美咲へ

達也と美咲に会えなくなって5年半。でも、お母さんはいつでもあなた達の事を想っているよ。
達也と美咲の「いもうと」は元気に成長しています。お絵かきや本を読むのが好きなトコロはお兄ちゃん似で明るく元気いっぱいなトコロはお姉ちゃん似だよ。
お父さんとお母さんは達也と美咲と行った色々な場所へ「いもうと」を連れて行っています。
震災後、更地になったり変わってしまった場所もあるけど、お兄ちゃん、お姉ちゃんが見ていた景色を「いもうと」に見せてあげたいと思っているんだ。
大川小学校の校舎が保存される事になったよ。
お母さんは「いもうと」が大きくなったらあなた達の事をちゃんと伝えなくてはと思っています。

これからも見守っていてね。
大好きだよ。
ずっと、ずーっと。

お母さんより

震災から5年を迎えて

母親の正子さんより

大好きな達也と美咲へ

達也と美咲に会えなくなって5年になるんだね。
会いたい。声がききたい。もう一度抱きしめたい。
叶わない願いだけど、夢で会えたらうれしいなぁ。

「いもうと」は1人で歩けるようになったよ。得意顔でニコニコと笑いながら、でも足取りはまだ危なっかしくて目が離せません。
達也と美咲の時のことを思い出しました。
達也はハイハイをしないで歩いたね。美咲は1歳になる前に歩いていたね。
つないでいた手を離すと不安そうな顔で振り向いていたのに、歩くのが上手になると1人でトコトコ行ってしまい、お母さんは少し淋しくなったんだよ。
こうやって成長していくんだなぁって、喜びと寂しさを感じていました。

達也と美咲と過ごした思い出は、いつまでもお母さんの宝物です。

大好きだよ。
ずっと、ずーーーーっと。

お母さんより

震災から4年半を迎えて

母親の正子さんより

大好きな達也と美咲へ

またまた手紙を書くよ。
達也と美咲の「いもうと」は元気いっぱいに成長しています。
目のあたりがお兄ちゃん似で、口元はお姉ちゃん似だよ。
家族みんな、達也と美咲がいた頃のように笑顔で見守ってくれています。
お母さんは幸せな気持ちなのに、達也と美咲がここにいないと思うと悲しくなってしまいます。
でも、それでいいと思っているんだ。
幸せな気持ちと悲しい気持ちを一緒に感じながら、お母さんは生きていきます。
達也と美咲と過ごした思い出とともに。

だから見守っていてね。お母さん、がんばってみるよ。
大好きだよ。
ずっと、ず---っと。

お母さんより

震災から4年を迎えて

母親の正子さんより

達也と美咲に会えなくなってもう4年がたちました。
達也が生きていたら高校生になるはずだったよね。美咲が生きていたら中学生になるはずだったよね。
お父さんとお母さんの「達也と美咲」は、いつまでも小学校5年の達也と2年の美咲のままだよ。

達也と美咲に「いもうと」が生まれたよ。
お父さんとお母さんは、達也と美咲を亡くした悲しみと、かけがえのない命が誕生した喜びの気持ちと共に生きていきます。
そしていつか「いもうと」にお兄ちゃん、お姉ちゃん達の命が輝いていた事を伝えたいと思います。

達也、美咲、これからも見守っていてね。
大好きだよ。ずっと、ずーっと。

母親の正子さんからのメッセージ

大好きな達也と美咲へ
学校のみんなと仲良く遊んでいますか?
あの日、迎えに行けなくて本当にごめんなさい。
校庭でずっと待機していたという、あの時のあなた達のことを思うと心がとても痛くなります。
深い悲しみの中にいた時、お父さんに「達也と美咲の所に行きたい」って言ったの。
お父さんは「そんな事をしても達也と美咲には逢えないよ。つらくても一生懸命生きていたら、いつか達也と美咲に会える日が来る」って。

『お母さん、がんばってくれてありがとう』母の日にあなた達からもらったメッセージカード。
お母さんね、どんなにつらい事があっても、達也と美咲がいてくれたから乗り越えてこられたんだよ。
だから見守っていてね。お母さん、がんばってみるよ。

達也、美咲、お父さんとお母さんの子供として生まれてきてくれてありがとう。
もっともっと一緒にいたかった。笑って、怒って、泣いて・・・。
たくさんの幸せな時間をありがとう。
いつかまた生まれ変わっても、達也と美咲のお父さん、お母さんになりたいです。
大好きだよ。今までも、これからも。ずっと、ずーーーーっと。
お父さん、お母さんより

「こころフォトスペシャル」をご覧になった石巻市の木村さんより

先日,NHKのこころフォトスペシャルを見て、「大好きな達也と美咲へ・・・」というメッセージを見てすぐに大川小学校の達也君と美咲ちゃんだと気付きました。
すぐにホームページを開き、メッセージを見させていただきました。
達也君と美咲ちゃんに向けられた愛情の深さを改めて感じました。
震災から5年と6ヶ月が経ち、あっという間だったのか長かったのかすら、わからないほどめまぐるしい日々だったと振り返っています。
震災後すぐに始めた「スマイルアゲインプロジェクト」ですが、震災から5年半が経ち、この活動を始めた意味が見えてきた気がしています。
DVDの作成を頂いた皆さんとこうやって何かを通じて繋がっていることに感謝しています。
毎年3月11日に子供たちと一緒に大川小学校に行き、亡くなった子供達の分まで一生懸命生きる事の意味を考えています。
今も大切な方を亡くされた方々に寄り添う活動を続けています。
まだ、直接お会いした事は無いですが、何かの機会にお会いできたら、達也君と美咲ちゃんの事、色々と聞かせてください。
最後にいもうとさんの誕生 2人もきっと喜んでいると思います。心からお祝い申し上げます。おめでとうございます。



母親の正子さんより

スマイルアゲインプロジェクト・木村様
メッセージありがとうございます。
スマイルアゲインプロジェクトで作成したDVDをいただきありがとうございました。
先日、達也と美咲に逢いたくなりDVDを見ました。
子供達と過ごしたたくさんの思い出。気がつくと涙があふれていました。
「達也と美咲も笑っているお父さんお母さんが大好きだよ」
そうですよね。泣いているお母さんより笑っているお母さんの方がいいですよね。
子供達の事を思い胸がしめつけられる日もありますが、娘の前では笑顔でいたいなぁと思います。

こころフォトのメッセージなどを集めた本「愛する人への手紙」をご覧になった、栃木県鹿沼市の伊原加奈子(いはら・かなこ)さんより

涙が出ました。私は、東日本大震災の約1か月後に、9歳の息子を突然、事故で亡くしました。
小学4年になったばかりの4月18日、登校途中の歩道を歩く子どもたちに、クレーン車が突っ込んだのです。
震災でご家族を亡くされた方は、私には想像もつかないほどの悲しみ、苦しみがあると思います。
何人もの家族、友人、家、職場、ペットを失ったのですから。
家族を亡くした人の気持ちは共通するところがある、と思いました。
何年経っても癒えることはありません。自分で思っていても言葉にできなかった部分を、表現してくださっていました。これから、どのような心持ちで生きていったらいいか、ヒントをいただいた気がします。亡くなった方、残された方の幸せを願います。いつも一緒に・・・



達也くんと美咲ちゃんの母、狩野正子さんからの返信

伊原加奈子様
メッセージをいただき、ありがとうございます。
鹿沼児童6人クレーン車死亡事故で最愛の息子さんを亡くされたとの事。
心からお悔やみを申し上げます。
あの日の朝、元気に「行ってきます」と家を出た子供達の「ただいま」を聞く事はもうありません。
でも、いつか、あの子達に逢えた時「お母さんがんばったね」と言ってもらえるよう、今を大切に過ごしていきたいと思います。
亡くなった子 供達が見守ってくれていると信じて。

狩野達也くん、美咲ちゃんへのメッセージ・写真を募集しています。

お寄せいただいたメッセージは、ホームページへの掲載や番組への活用などに限って利用いたします。
メッセージは掲載できない場合もありますので、あらかじめご了承ください。

皆様の個人情報の扱いに関しては、「NHKにおける個人情報保護について」をご参照ください。

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