NHK高校講座

世界史

Eテレ 毎週 金曜日 午後2:20〜2:40
※この番組は、前年度の再放送です

世界史

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今回の学習

第40回

未来につなぐ世界史

  • 世界史監修:東京大学名誉教授 羽田 正
学習ポイント学習ポイント

未来につなぐ世界史

  • 政井マヤさん
  • 富田早紀さん
  • 野呂汰雅さん

ここは歴史の専門家も来店する無国籍雑貨屋。
政井マヤさん、富田早紀さん、野呂汰雅(たいが)さんと一緒に、世界史のおもしろさを探っていきます。

  • さまざまな歴史を見てきた

私たちはこれまで、古代文明の成立から“中世”へ、そして世界が結びつきを強めていった“近世”へと、時間的・空間的なつながりの中で、さまざまな歴史を見てきました。
歴史を知ることは、人間や国家についての、多様な視点を得ることでもありました。

そこで最終回は、歴史からどのようにして、現在、そして未来の課題を捉えていけばいいのかを考えていきます。

1989年のヨーロッパの地図

汰雅 「これヨーロッパの地図で、今から30年前、冷戦時代のものなんだけど、けっこう今と違ってるんだよね。」

早紀 「確かに、ソ連があるし、ドイツは西と東に分かれてる。逆にチェコとスロバキアは、ひとつの国だったんだよね。ん?ユーゴスラヴィア?ここって、セルビアとかクロアティアとかがあるところね。」

汰雅 「セルビアって、確か19世紀末にオスマン帝国から独立してできたんじゃなかったっけ?」

早紀 「そう!汎スラヴ主義!バルカン半島のスラヴ系民族が団結して、オスマン帝国から独立して…。」

  • マザー・テレサ

早紀 「マヤさんはユーゴスラヴィアって、知ってますか?」

マヤ 「もちろん。あのマザー・テレサの生まれた国が、ユーゴスラヴィアよね。元々ユーゴスラヴィアっていうのは、『南スラヴ人の国』という意味なの。第一次世界大戦はバルカン半島が発端だったけれども、大戦後もなかなか安定しなくて、バルカン半島を安定させるためにできた国がユーゴスラヴィアなの。」

ユーゴスラヴィアの誕生から解体まで
  • 連合王国が誕生
  • 1918年セルブ・クロアート・スロヴェーン王国成立

ユーゴスラヴィアの建国は、1918年のこと。
バルカン半島の独立国だったセルビアとモンテネグロを中心に、スロヴェニア、クロアティア、ボスニアなどが合併し、連合王国が誕生しました。

  • 1946年ユーゴスラヴィア連邦人民共和国成立
  • ティトー

そして、第二次世界大戦後、共産党が政権を握ると、王政が廃止され、社会主義国家となります。
ユーゴスラヴィアでは、いくつもの民族が暮らし、四つ以上の言語が使われ、三つの宗教が信仰されていました。

この複雑な国のかじ取りをしたのが、「ティトー」です。
ティトーは、第二次世界大戦中、ナチスドイツに対する抵抗運動の指導者として人望を集めました。
そして、戦後は、その強力な指導力とカリスマ性で国民をまとめました。
また、1948年以降はソ連とは距離を置き、アメリカや第三世界と接近するなど、中立政策を維持しました。
この政策によって、西側諸国の工場が建てられるなど、経済的にも繁栄していきました。

  • 1991年6月、スロヴェニアとクロアティアが独立を宣言
  • 7か国に分かれた

しかし、1980年にティトーが亡くなり、さらに冷戦の終結によって共産党が求心力を失うと、ユーゴスラヴィア国内の民族対立が表面化します。
1991年6月、スロヴェニアとクロアティアが独立を宣言。
それにセルビアが反発し、内戦に突入しました。
内戦は各地に広がり、民族や宗教の違いが浮き彫りになって激しさを増していきました。
その結果、死者・行方不明者は20万人以上。
住み慣れた土地を離れざるをえなかった人々は270万人以上と言われています。

内戦は1999年に終結し、その後7か国に分かれました。
しかし、セルビアがコソヴォの独立を認めていないなど、問題は残されています。

  • 羽田正先生

お話をうかがうのは、東京大学名誉教授の羽田正先生です。

汰雅 「思い出したんですけど、ユーゴスラヴィアって、サッカーがとっても強かったんですよ。“東欧のブラジル”って、呼ばれてましたね。」

早紀 「独自路線で、とてもうまく行っていたようですけど、それはティトー個人の力だったんですか?」

羽田先生 「それもあるでしょうね。カリスマ性がすごくある、人気のある指導者でしたから。でも同時に、当時は社会主義というものが、まだ人々を結束させる力を持っていたんですね。その力を使って、ティトーがうまく国をまとめていたということなんじゃないでしょうか。」

早紀 「そんなティトーが亡くなってしまい、民族対立が表面化して、悲惨な内戦に向かってしまったというわけですか?」

羽田先生 「一般的には、そう言われていますよね。ここで、質問です。
『民族』って何ですか?今、民族対立って言いましたけれども。」

汰雅 「あらためて考えると、分からないです。考えたこともなかったです、民族が何かっていうのを。」

マヤ 「一般的には、『言語や宗教、それから慣習などの文化を共有して、仲間意識をもつ集団』と説明されることが多いと思うんですが。」

羽田先生 「たしかにそうなんですよね。でも、とっても曖昧な言葉なんですよ。例えば、ラテンアメリカのスペイン語を喋る人たちは、ひとつの民族だって言われませんよね。でも、中東にいるアラブの人たちは、国が違ってもアラブ民族。これを使って、説明したような気になって理解したような気になっているけど、実は何も分かっていないのかもしれない。
もうひとつ重要なことは、19世紀くらいになって、この考え方、概念が重要になってきたということで。国民国家っていうのができて。国をつくるときに、何か塊っていうか、凝集、そこに集まる理念のようなものが必要なんですけれども、それが民族になってしまったんですよね。
民族がすごく重要になって、“こちらとこちらは違う”、“あなたと私は違います”っていう、この違いが重視されるようになると、ケンカになってしまう。」

21世紀の諸課題
  • 地球の住民という意識を持ちそれぞれに合った仕組みを作っていけばいい

汰雅 「アフリカでも、ヨーロッパ人によって植民地支配、全部分断されて、しかもそのまま“お前は○○人”ってどんどん分けられていった。それが、内戦や紛争につながっていったんですよね。」

羽田先生 「(民族でまとめるのではなく)それぞれの場所、まとまりに合わせたような政治とか社会とかの仕組みを作るしかないんですよ。ただ、みんなばらばらに勝手なことをやっていればいいのかっていうと、そうじゃなくて、やっぱりその中には我々はみんな同じ『地球の住民』なんだけれども、“こういう社会の、あるいはこういう政治の仕組みも私たちは作ります”、“こっちではまた違った仕組みを作る“。そういったような、多様性っていうのかな、それを認めるような社会が今後も必要になってくるし、考え方をしていかないといけないと思いますね。」

  • 1950年から2100年までの気温変化(観測と予測)

「地球の住民」という意識を持って私たちが解決していかなければならない問題として、地球温暖化が挙げられます。
最悪のシナリオでは、2100年までに平均気温は4.8℃上昇。
その結果、海水面が上昇し、日本では砂浜の80%以上が失われると予測されています。

日本を含む多くの国と地域は、2050年までに温室効果ガスの排出を全体としてゼロにする社会の実現を目標としています。
ただし、2030年までに効果的な対策を講じなければ、取り返しのつかないことになるとも言われています。

地球温暖化の他にも、プラスチックによる海の汚染や感染症の世界的流行への対策など、世界が協力して解決していかなければならない問題は、山積しています。

これからの世界と日本
  • 発想の転換をする

マヤ 「地球規模の問題を解決するためには、国の枠組みを越えて、『地球の住民』という意識を持つことが必要になりそうですね。」

羽田先生 「そうですよね。自分の国のことだけ考えて、自分の利益だけ考えて行動するのは、もうだめですよね。例えば、沈みかけている船に乗っている人が、自分だけ助かろうとしたって無理ですよね。みんなで助け合わなきゃいけない。船が沈まないように、一緒に協力しないといけないですね。今、まさにそういう状況じゃないかという気がしますね。」

早紀 「『地球の住民』になるには、どのようなことが必要なんでしょうか?」

羽田先生 「今までは、どうしても違いを強調するんですよね。言葉が違うとか宗教が違うとか、そういう違いを強調する方向に行っていたのを、多様性を認めるというふうに発想を転換するんでしょうね。ジェンダー、年齢、宗教、言葉、さまざまな違いがあるわけだけれども、それをうまく生かしていかなければいけない。ひとつの多様な地球をつくっていくっていうことが、重要なのかなという気がしますね。」

汰雅 「実際言うのは簡単だけど、やってみるとなると難しいんじゃないかなと思うんですが・・。」

羽田先生 「アメリカ合衆国は、ある意味それを今までやってきたわけですよね。現在、ヨーロッパの国々もそうだし、ラテンアメリカ、メキシコなんかは特にそうですけれども、さまざまな人たちがひとつの国の中にいて、一緒にやっていこうとしているわけですね。」

汰雅 「他の国は入りやすかったり土地がつながっていたりするけど、日本にいると、“入ってくる”っていうのはどうしても感覚的にないから、考えにくいっていうのがあるんですか?」

羽田先生 「言葉とかね。それから見てくれとか、そういったところが、やっぱり区別しやすいので、特に中にいる人にとってみると、あの人は日本の人じゃないって、すぐに指さしてしまったりするんですけれども、これがいいのかどうかですね。
日本には、日本独特の仕組みだとか物の考え方があってもいいんだけれども、その上に多様性を認めていくっていうことが絶対必要だと思いますね。

マヤ 「日本も、ひとつだと思っていても、よく見るといろんな多様性があったりたくさんの民族の方が生活していたり、思い込まずに多様性を見つけてみるっていうのもいいかもしれないですね。」

羽田先生 「そうですね。決して排除しないっていうことですね。これが、とっても重要なことだと思いますよ。」

学習のまとめ
  • 奴隷貿易の船の設計図
  • 私たちの持つものの考え方や価値観は、昔からずっと同じではない

マヤ 「(早紀さん、汰雅さんは)これまで、いろいろな国・地域の、いろいろな時代の歴史を見てきたわけだけれども、その中で、どんなことが印象に残ってる?」

(早紀さんが印象に残ったことに関する画像を取り出す)
16世紀から18世紀にかけて行われた奴隷貿易の船の設計図(画像・左)。
アフリカの人々が、アメリカ大陸に運ばれ、商品として売買されました。
その数は、18世紀だけで500万人を超えたと言われています。

早紀 「第一印象として、人間として扱われないっていう虚しさを感じまして、先生のお話を聞いているだけで胸が苦しくなったっていうのを、今でも鮮明に覚えています。
もし、生き残る道がこれしかないんだったら、感情を無にして従うしか、この当時の人たちは従うしかなかったのかなって思いますね。」

羽田先生 「“人間として扱われない虚しさ”って言ったけど、早紀さんが、どうしてそれを問題だと思うんだろう?」

早紀 「悲しみの感情が一番に伝わってきたというか…。」

マヤ 「自分に置き換えてね、たぶん早紀さんも考えて、胸が苦しくなるっていう。」

早紀 「そうですね。自分がもしここにいたら、みたいに考えたら…。」

羽田先生 「今の考え方だと、そうですよね。でも、生物学っていう学問で、人間っていうのはこういうもんだっていうのをしっかり定義するようになるっていうのは、19世紀ですよね。それより前は、“奴隷は私たちと同じ人間だ”っていう意識を多くの人は持っていなかったと思うんです。奴隷は奴隷なんですよ。」

早紀 「えぇ…。」

羽田先生 「だから、そういうところからすると、我々が持っている価値観っていうのは、すごく時代的なものがある。歴史を学ぶことによって、今の私たちの持っているものの考え方だとか価値観とかそういったものが、昔からずっと同じではないっていうことが分かりますよね。どの部分が大事なのか、どの部分が何によって出来上がってきているのか、そういう私たちの物の考え方を立体的に理解するためには、歴史ってとても重要ですよね。」

マヤ 「この黒人奴隷っていうね、本当にひどい状況に置かれた人たちがどんな気持ちだったかって分からないんですけど、でもその人たちの悲しみだとか救いを求める気持ちだとか励ましあうものが…。」

羽田先生 「怒りもありますよね。」

マヤ 「黒人の音楽だったり、芸術だったりっていうところに繋がっているっていいますよね。どういったところに、そういったものが表れているかっていうのを見ていくのも、ひとつの学びになりそうですね。」

  • マニフェスト・デスティニーを表した絵
  • フランスの雑誌の付録として出された絵

(汰雅さんが歴史を学んで来た中で印象に残ったことに関する画像を取り出す)

汰雅 「僕は、19世紀のアメリカ合衆国の発展の話の中で出てきた、こちらの絵です。」

この絵は、「マニフェスト・デスティニー」を表したものとして知られています(画像・左)。

アメリカ合衆国が、未開の地である西部を開拓し文明化していくのは、神から与えられた“明白な使命である”という考えです。
しかし、西部開拓の過程で、先住民は住んでいた土地を追われ、あるいは虐殺されるなど、苦難を強いられました。

汰雅 「こういう絵が他にもあるのかなっていうのが、ちょっと知りたいなと思いました。」

羽田先生 「これが、そうだと思うんですね(画像・右)。これは1911年に、フランスの雑誌の付録として出された絵なんですけれども、どうですか?」

汰雅 「中央の女性の足のところにフランスの国旗みたいなのが描かれてて、それを象徴しているような感じですよね。金貨とか本を渡したりとか。」

マヤ 「恩恵を与えているみたいな。」

  • マニフェスト・デスティニー、文明化の使命、白人の責務
  • 歴史を知ると自分たちが今後どうすべきかを考えるときの知恵になる

羽田先生 「そうですね。これをフランスでは『文明化の使命』って呼んでいて、イギリスに行くと『白人の責務』って言い方もありますし、当時の欧米諸国というのか西欧諸国というのか、そこの人たちは、自分たちは他と比べたら全然問題にならず優れていて、私たちこそが世界を引っ張っていかないといけない、みんなを私たちのレベルに上げてやることが、私たちの義務であり、自分たちがやるべきことだっていうふうに考えていて、それが植民地化の原動力になっていたんですね。」

マヤ 「明らかに下に見ているわけですよね。」

羽田先生 「そうですね。そういう点では、やっぱり時代性を感じる。今は、そうは思わないでしょ、みんな。」

マヤ 「でも、それがたった100年前でその感覚なんだっていうことも、びっくりしますよね。」

羽田先生 「100年前は、ちょうど日本が朝鮮半島を植民地化するときですよね(1910年:日本が大韓帝国を併合)。歴史を見ることによって、現在が分かるわけですよ。今生きているだけだったら、過去がどんなだったか分からなかったら、もう、今が絶対ですよね。これしかないわけです。
だけど、“かつてこんなことがあった”ということが分かるとね、自分たちが今後どうしていかないといけないのかっていうことを考えるときの、ひとつの知恵になります。ヒントになりますよね。これがとても大事なことだと思うんですよ。」

汰雅 「楽しいですね、そう考えると。幸せもあれば不幸もいろいろあるかもしれないですけれど、過去を知ることによって、世界史を学ぶ前よりかは、世界は遠いものだなって思っていたのが意外と身近なところにあって、どこで起きていることも自分の生活で起きることとそんなに変わらないようなことを知れたので、先がどうなっていくのかっていうのを改めて考えるのは、楽しいですね。」

羽田先生 「『地球の住民』ですよ、もう。」

早紀 「素敵な言葉ですよね、『地球の住民』って。」

歴史を楽しもう
  • フリードリヒ2世とアル・カーミル

マヤ 「世界史を見ていくと、対立や侵略といった戦争の歴史が多いことに気づきます。そんな中で、中世ヨーロッパの十字軍で、キリスト教とイスラームの間に、一時的ではありましたが、和平をもたらしたフリードリヒ2世とアル・カーミルの指導者の存在が、私には印象的でした。
アラビア語も理解したフリードリヒ2世は、アル・カーミルとの手紙のやりとりを通じて信頼を深めていき、ついに奇跡的とも思える宗教的寛容という決着にたどりついたのです。
この二人の人物像や互いのことを理解していく過程を、もっと詳しく知りたいと思うようになりました。
みなさんも、気になった人物や印象に残ったエピソードを掘り下げていって、歴史をもっと楽しみましょう。」

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