NHK高校講座

世界史

Eテレ 毎週 金曜日 午後2:20〜2:40
※この番組は、前年度の再放送です。

世界史

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今回の学習

第28回

アメリカ合衆国の発展

  • 世界史監修:東京大学教授 西崎 文子
学習ポイント学習ポイント

1.西部開拓と先住民の苦悩 2.南北戦争〜奴隷制と統合をめぐる戦い 3.飛躍的な産業発展へ

  • 今回のミッション

「マジカル・ヒストリー倶楽部」にようこそ!
今回のミッションは、「アメリカ合衆国の発展」です。

永松さん 「18世紀に独立を果たしたアメリカは、19世紀、建国以来最大の危機に直面します。」

眞鍋さん 「発展じゃなくて危機!?どんな危機なの?」

永松さん 「アメリカが二つに分裂しかねない危機がありました。今回は、それをどう乗り越えて、今に繫がるような発展をしていったのかが分かるツアーです。」

  • 訪れる場所と時代
  • 大国化と工業化

今回のビューポイントは、

1.西部開拓と先住民の苦悩
2.南北戦争〜奴隷制と統合をめぐる戦い
3.飛躍的な産業発展へ

の3点です。

訪れる場所は、現在のアメリカ合衆国。時代は、19世紀〜20世紀初頭です。

まずは、アメリカのニューメキシコ州、プエブロ・デ・タオスを訪れます。約1000年前の暮らしを守り続ける村です。
そして、トーマス・エジソン国立公園を訪ねます。アメリカの発展を促し、世界中の人々の暮らしを変えるような数多くの発明が、ここで生まれました。

アメリカが大国となり世界一の工業国へとのし上がる、約100年間をめぐる旅へ出かけましょう!

  • 独立から100年で領土と人口が倍増

眞鍋さん 「アメリカが独立したのが18世紀の終わりだから、そこから100年ちょっとで世界一の工業国になったんだ!」

永松さん 「アメリカは独立から約100年で、領土は3.4倍に、人口は約14.3倍に増えたんです。しかし、このようなアメリカの急激な発展の影には、苦しんだ人々もいました。」

1.西部開拓と先住民の苦悩
  • プエブロ・デ・タオス
  • 教会の跡地

マジカル・ヒストリー・ツアー、旅の出発点は、ニューメキシコ州北部の世界遺産「プエブロ・デ・タオス」です。
14世紀ごろ、プエブロと呼ばれる先住民たちが作った建物は、土で作られた集合住宅です。今も、プエブロの伝統を守る約150人の人々が暮らしています。

プエブロ・デ・タオスには、スペインの入植でキリスト教が広まり、教会も建っていました。しかし、アメリカが発展する中で、ここにあった教会は破壊されてしまいました。
一体何が起こったのでしょうか。時代をさかのぼって、マジカル・ジャンプ!

  • 独立直後のアメリカの領土
  • 西へ拡大したアメリカの領土

18世紀後半に独立したアメリカ合衆国は、その後イギリスやフランスなどから次々と領土を手に入れ、国土は西へと急速に拡大していきました。そして、西部への開拓を奨励し、開拓した土地は開拓者のものになりました。
しかし、そこにはアメリカ人がインディアンと呼んでいた先住民たちが暮らしていました。つまり西部開拓は、先住民の土地を奪う形で行われたのです。

  • ジャクソン大統領
  • 移動させられる先住民

1830年、当時の大統領であったジャクソンは、インディアン強制移住法を制定します。先住民の土地を奪い、居留地に強制的に移住させました。
チェロキー族が1000キロメートル以上にわたる冬場の強制移動をさせられたときには、寒さや病気のために数千人が亡くなったと言われます。

アメリカによる強引な土地の収奪に、さまざまな先住民の部族が、それぞれ反乱を起こします。
このとき、プエブロ・デ・タオスの人々も蜂起します。1845年、彼らの土地がメキシコからアメリカへ割譲されたのをきっかけに、アメリカへの大規模な反乱を起こしました。しかし、アメリカ軍によって撃退され、最後は教会堂に立てこもり敗北します。教会堂も破壊され、今は墓地が残るのみです。

こうしてアメリカは、先住民の土地を次々に奪いながら、西部を開拓していきました。

  • マニフェスト・デスティニー
  • スローガンを描いた絵

眞鍋さん 「開拓という言葉を使っているけど、先住民にとっては、侵略だよね。」

永松さん 「そういった考え方に対し、西部への拡大を正当化するために出されたのが、『マニフェスト・デスティニー(明白な天命)』というスローガンです。つまり、西部への拡大は、神が与えた使命だから正しいと主張したんです。右の絵は、そのスローガンを描いた当時の絵です。神に導かれて西へ進んでいく開拓者たちと、追われる先住民が描かれています。」

眞鍋さん 「女神が電線を持って導いて、その後ろを鉄道が走っている。そういうところは明るく描かれているけど、先住民の方は真っ暗に描かれているよね。開拓する側にとって都合の良い考え方で描かれた絵だよね。」

永松さん 「先住民からすると、納得いかないですよね。こうして拡大を続けたアメリカですが、独立以来、最大の危機が訪れます。」

2.南北戦争〜奴隷制と統合をめぐる戦い
  • メンフィス
  • オークション通り

マジカル・ヒストリー・ツアー、次の行き先は、テネシー州メンフィスです。
かつて綿花の集積地として栄えたメンフィスは、奴隷の市場が開かれていたことでも知られています。その名残が今も「オークション通り」という通りの名前として残っています。

奴隷制度は、19世紀半ばのアメリカを二分する対立と深く関わっていました。それは、どのようなものだったのでしょうか。
時代をさかのぼって、マジカル・ジャンプ!

  • 奴隷売買市場
  • 南部 黒人奴隷の労働力が支えた

19世紀前半、アメリカの南部では、奴隷が売買されていました。南部では、広大で温暖な土地を利用して、綿花の栽培を中心とした農業が盛んでした。それを支えたのが、黒人奴隷の労働力でした。
そして、黒人奴隷を使って生産した綿花をイギリス向けに安く輸出したい南部は、自由貿易を望んでいました。

農業中心の南部に対し、北部の基幹産業は工業でした。労働の中心は白人で、奴隷は必要ありませんでした。
さらに、先進工業国であるヨーロッパとの競合を避けるため、保護貿易を望んでいました。

  • リンカンが大統領に当選
  • 南北に分裂したアメリカ

1860年、奴隷制拡大の阻止を掲げるリンカンが大統領に当選すると、奴隷制維持を主張する南部諸州は次々とアメリカ合衆国からの離脱を宣言します。その後、アメリカ連合国を結成しました。

リンカンは、奴隷制の拡大は止めたいが、アメリカが分裂することも避けたいと考えていました。
しかし1861年、離脱を宣言した南部とそれを認めない北部との間で、ついに戦いが始まってしまいました。南北戦争(1861〜1865年)です。
戦争は長期化し、多くの犠牲者を出しました。

  • 奴隷解放宣言
  • 米の戦争史上最多の犠牲者を出した南北戦争

リンカンはこの状況を打開しようと、奴隷制を掲げる南部が国際社会から孤立することを狙って、1863年に奴隷解放を宣言します。これがきっかけとなり、北軍は一気に優勢となり、南北戦争に勝利を収めました。

南北戦争による戦死者は、約62万人と言われています。現在に至るまでのアメリカ合衆国の戦争の中で、最多の犠牲者を出して戦いは終結しました。
北部が勝利したことで、メンフィスのオークション通りで行われていた奴隷の売買も終わりを告げました。

  • 北軍が去った後、差別などの問題が残った

眞鍋さん 「アメリカはせっかく独立して一つの国になったのに、南北で争うことになってしまったんだね。でも、北部が勝ったことで、奴隷が解放されて完全に自由な国になれたってこと?」

永松さん 「それが、そうでもなかったんです。南北戦争の終結後、北軍がしばらく南部を占領し、黒人に政治参加を促すなど いろいろな改革を進めました。ところが北軍が去った後、南部の州はそれぞれ黒人の権利を制限する州憲法を制定し、実際には差別や人種隔離政策などの問題が残りました。そうした制度が廃止されるのは、もっと先の20世紀半ば、キング牧師などによる公民権運動の後になります。」

眞鍋さん 「根深い問題だもんね。この時代から、長い時間がかかったんだ。」

永松さん 「その後、北部が勝利したことで保護貿易が続き、アメリカの工業が発展しました。そのことが、アメリカをさらなる繁栄へと導いていきます。」

3.飛躍的な産業発展へ
  • トーマス・エジソン国立公園

マジカル・ヒストリー・ツアー、最後の見どころは、ニュージャージー州にある「トーマス・エジソン国立公園」です。時代を変えるような、さまざまな発明がこの研究所で生まれました。
エジソンが発明品を送り出した時代に、マジカル・ジャンプ!

  • 大陸横断鉄道開通
  • カーネギー

南北戦争の終わった19世紀後半、戦争に勝利した北部では、ますます工業が発展していきました。
それに伴って、鉄道の敷設(ふせつ)も進みました。1869年には、東海岸と西海岸を結ぶ、大陸横断鉄道が開通します。これにより、物資の大量輸送が可能になりました。

後に「鉄鋼王」と呼ばれるようになったカーネギーも、このころ、鉄道のレールを作る会社を興し成功した人物です。レールを作るだけでなく鉱山を購入し、原料の入手から輸送、完成品に仕上げるまで全てを行う巨大企業を作り上げました。
そして、大陸に張り巡らされるようになった線路に沿って、電信ネットワークも敷かれました。

  • トーマス・エジソン
  • 白熱電球を発明

そこに目をつけたのが、トーマス・エジソンでした。
エジソンは電信の技術を独学で身につけ、20代のうちに、電信機の改良などをはじめとする100件以上の特許を取得しました。

成功したエジソンは、4000人以上のスタッフを抱える大きな研究所を構えます。それが、トーマス・エジソン国立公園(ウエストオレンジ研究所跡)です。
この研究所の建物は、19世紀のアメリカの発展を象徴するものとして、後に国立公園になりました。

エジソンは、ここで白熱電球を発明します。発電所と送電システムも作り、各家庭で電球が使えるようになりました。
エジソンは次々に発明品を世に送り出し、時代は電気の時代へと変わっていきます。

  • ベルが電話機を開発
  • 人口集中、工場労働者が増えた

さらに、ベルが電話機を開発すると、大陸内の情報インフラも整いました。
物が大量に流通するようになり、情報のやり取りも迅速化すると、産業構造が大きく変わりました。都市に人口が集中し、工場での労働者が増えていきました。
こうして、1890年代にアメリカは、イギリスをしのぐ世界一の工業国となっていったのです。


眞鍋さん 「ここにたどり着くまで、独立からたった100年くらいのことでしょう?アメリカって、本当にすごいスピードで発展を遂げたんだね!」

永松さん 「あっという間でしたね。東から西へと発展を遂げていったアメリカですが、その勢いはまだまだ続いていきます。それについては、歴史アドバイザーの先生にうかがいましょう。」

Deep in 世界史
  • 西崎文子先生
  • 大陸帝国から海洋帝国へ

マジカル・ヒストリー倶楽部の歴史アドバイザー、西崎 文子先生(東京大学 教授)に歴史の深いお話をうかがいます。
今回は、大陸帝国から海洋帝国へ発展していったアメリカについてです。

これまでアメリカ合衆国が、東海岸から西海岸まで領土を広げた100年間について見てきました。その後、アメリカはどのような発展を遂げたのでしょうか。

西崎先生 「19世紀末に急速に産業化が進んだアメリカでは、これまでの大陸を征服するような発展ではなく、これからは海外に市場を求めて進出していくことが必要だという考え方が出てきます。つまり、大陸帝国から海洋帝国へと発展していくという考え方です。」

  • アメリカ・スペイン戦争
  • ハワイも併合

西崎先生 「そのような中で、1898年、アメリカはスペインと開戦します。きっかけは、キューバにありました。キューバは、スペインの植民地でしたが、長い間独立運動を行っていました。アメリカは、そのキューバの独立を支援するという形で、スペインとの戦争に入ったわけです。」

ところが、キューバを舞台に行われたスペインとの戦争は、スペインの植民地であったフィリピンにも飛び火したといいます。

西崎先生 「結局戦争が終わってみると、アメリカはフィリピンを併合して植民地化し、キューバを保護国化しました。さらには、私たちがよく知っているハワイも、この時アメリカに併合されているんです。」

眞鍋さん 「独立を応援すると言いつつ、結局最後は自分たちが支配してしまうということなんですね。」

西崎先生 「そうですね。この戦争を通じてアメリカは、カリブ海地域に強い影響力を持つようになります。それから、アジアにも関心が強くなっていきました。その意味で、アメリカが大陸帝国から海洋帝国へと転じていったのが、20世紀ということになります。」

  • 独立運動をつぶして植民地化を続ける
  • 次回もお楽しみに

西崎先生 「忘れてはならないのは、そもそもフィリピンでは、スペインから独立したいという運動が高まっていたということです。その人たちにとっては、アメリカの植民地支配がまた進められるということは、我慢ができないことなんです。アメリカは、そういった独立派と激しい戦争を戦って、結局その運動をつぶした上で植民地化を続けました。」

眞鍋さん 「この時代は、支配と独立をめぐる激しい攻防があった時代だったんですね。」

二人 「先生、分かりやすいお話をありがとうございました。」

眞鍋さん 「アメリカを振り返ってきたけど、アメリカという国は、急激に成長していったんだね。」

永松さん 「あっという間でしたね。やっぱりその陰には、犠牲者も多かったんでしょうね。」

眞鍋さん 「そうだね。でも先生、今のアメリカからそう遠くない過去の話ですよね。」

西崎先生 「そうですね。今のアメリカを知るためには、やはりこの時代からちゃんと見ておくことが必要だと思います。」


それでは、次回もお楽しみに!

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