NHK高校講座

世界史

Eテレ 毎週 金曜日 午後2:20〜2:40
※この番組は、前年度の再放送です。

世界史

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今回の学習

第26回

産業革命と社会問題

  • 世界史監修:立命館大学教授 山下 範久
学習ポイント学習ポイント

1.産業革命とは何か 2.生活様式の変化 3.労働問題と社会問題

  • スタジオ写真
  • 現代の暮らしの基本ができた

「マジカル・ヒストリー倶楽部」にようこそ!
今回のミッションは、「産業革命と社会問題」です。

永松さん 「18世紀後半から、ヨーロッパは大きく変わり始めました。衣・食・住に、働き方や余暇の過ごし方まで、現代の暮らしの基本が出来上がった時代なんです。今回は、それを推し進めた産業革命が、どのようなものだったのかが分かるツアーです。」

眞鍋さん 「今の暮らしに繫がっている時代なんだね。」

  • 訪れる場所と時代
  • 産業革命の光と影

今回のビューポイントは、

1.産業革命とは何か
2.生活様式の変化
3.労働問題と社会問題

の3点です。

訪れる場所は、ヨーロッパ。時代は、18世紀後半から19世紀です。

イギリスで始まった産業革命は世界各国へ広まり、人々の暮らしは大きく変わりました。それはどのようなものだったのでしょうか。
また、豊かになった生活の一方で、労働環境は過酷になりました。労働問題や社会問題を改善しようと、新たな思想が生まれました。その背景を探ります。

歴史の大きな転換点となった、産業革命の光と影。その様子がわかる旅に、出かけましょう!

  • イギリスで始まる、蒸気機関、近代化
  • 大量生産に変わった

永松さん 「まず、産業革命といったらどんなことが思いつきますか?」

眞鍋さん 「以前も少し見たけれど、イギリスで始まり、蒸気機関ができたり生活も近代化したんだったよね。」

永松さん 「さすが、リーダー!産業革命にはいろいろな面がありますが、ポイントとしては、服や食器、家具といった身の回りの物が手作りから工場での大量生産へと変わっていった時代なんです。そのことが詳しくわかるツアーを考えました。」

眞鍋さん 「そうなんだ。じゃあ、どこへ行くの?」

永松さん 「日本です!イギリスで始まった産業革命が、どのように日本へ伝わったのかが分かる旅です。」

1.産業革命とは何か
  • 群馬・富岡市
  • 富岡製糸場と絹産業遺産群

マジカル・ヒストリー・ツアー、最初に訪れるのは、群馬県の南西部にある富岡市です。
ここには、世界遺産「富岡製糸場と絹産業遺産群」があります。富岡製糸場は、1872年に操業が始まった、生糸を生産する巨大な工場です。
ここが、日本の産業革命の重要な場所となりました。

そこには、一体どのような背景があるのでしょうか。時代をさかのぼって、マジカル・ジャンプ!

  • 三角貿易
  • ワットが蒸気機関を実用化

産業革命は、18世紀後半にイギリスで始まりました。それは、当時のイギリスで産業革命の条件がそろったためでした。

その一つが、“豊富な資本” を蓄積していたことです。
17世紀後半以降、アフリカで購入した奴隷を船で運び、南北アメリカに送った三角貿易によってイギリスは ばく大な利益を得ていました。

さらに、植民地のカリブ海周辺やインドから、大量の綿花がイギリスへと運ばれてきました。その “豊富な原料” を使って、綿織物業が発展します。

続いての条件は、“技術力” の向上です。
このころ、綿花から糸をつむぐ機械、紡績機(ぼうせきき)が発明されました。1764年ごろにはハーグリーブスによって、同時に複数の糸をつむぐことができるジェニー紡績機が発明されました。
さらに、ワットが蒸気機関を改良し実用化したことで綿を織る機械も生まれ、綿織物は大量に生産されるようになりました。

また、農業革命により農業生産が飛躍的に向上したため、人口が急増します。“労働力” が豊かになり、“消費者” も増加しました。

  • 資本・原料・技術力・労働力・消費者
  • 世界の工場

18世紀後半、資本・原料・技術力・労働力・消費者などがそろい、イギリスでは機械による大量生産の時代が始まりました。
こうして、産業のあり方が大きく変革しました。「産業革命」です。
イギリスは「世界の工場」と呼ばれ、世界経済の覇権を握りました。

そして、国を近代化へと導く産業革命の波は、ヨーロッパをはじめ世界へと広がっていきます。

  • 今井幹夫さん
  • 繰糸場

産業革命は、日本にはどのように伝わったのでしょうか。
日本で産業革命が始まったころの様子を調べるため、永松さんは群馬県にある富岡製糸場を訪れました。

富岡製糸場の創業は、明治5年です。ここが日本の近代化の礎になったと言われています。
富岡製糸場を研究して40年になる、今井 幹夫さん(富岡製糸場総合研究センター所長)に案内してもらいました。
富岡製糸場には、長さ140メートルを越える、巨大な操糸(そうし)場があります。


永松さん 「なぜ日本でこんなに大きな工場ができたんですか?」

今井さん 「政府が製糸機械の近代化を図り、工女さんを全国から募集したんです。」

  • 工場を富岡に建設
  • 工女を集めた

江戸末期、日本が開国したばかりのころの主要な輸出品は、絹の糸である「生糸」でした。
しかし、当時は農家が手作業で生糸を作っていたため、品質にばらつきがあり大量生産もできませんでした。

そこで明治政府は、生糸の質を高め生産量を増やすために、国の資本を使って富岡市に工場を建設します。ヨーロッパから最新の機械を導入し、ヨーロッパ人の指導に基づいて、生産技術を高めていきました。

そして、全国から働き手となる工女を大勢集めて技術を習得させ、労働力を確保しました。
また、富岡製糸場の周りには、蚕(かいこ)を飼っている農家が多く、原料となる繭(まゆ)が豊富でした。

資本・技術力・労働力・原料。富岡製糸場に産業革命の条件がそろいました。


今井さん 「イギリスで発展した産業革命の形として、ここが一番最適だったということが分かります。明治42年には、当時の清(中国)を抜いて、日本は世界一の生糸輸出国になっていきます。」

  • 挑戦する永松さん
  • 手元写真

富岡製糸場では、当時の工女の作業を実演しています。
実演者の境野順美(なおみ)さんが、繭から糸を取り、それを束ねて生糸にしていきます。機械化されても、工女の仕事は根気のいる作業でした。

永松さんも、特別に体験させてもらいました。
少なくなった繭を、一本ずつ継ぎ足していきます。しかし、なかなか糸同士が付きません。そうしている間に、繭がどんどん透明になり、糸が切れてしまいそうになります。

永松さん 「これ、難しいです!(こんな失敗していたら)工場を解雇(カイコ)されますね。」


日本の産業革命を後押しし、近代化を支えた富岡製糸場は、115年間にわたって操業を続けました。

  • 人口の4分の3が、農村から都市へ

眞鍋さん 「しっかり調べてきてくれたんだね!イギリスでは綿が産業革命のきっかけだったけど、日本の場合は絹だったんだ。」

永松さん 「そうなんです。そして産業革命は、人々の働き方を大きく変えました。それに伴って、人々の生活も劇的に変化しました。」

眞鍋さん 「どんな風に変化したの?」

永松さん 「17世紀末のイギリスでは、総人口の4分の3は農村で暮らしていました。しかし、工業化が進んだ19世紀後半になると、総人口の4分の3は都市で暮らすことになるんです。」

眞鍋さん 「逆転してしまったんだね。伝統的な農業社会から、工業社会へと変化していったんだ。それは、暮らし方も大分変わるだろうね。」

2.生活様式の変化
  • イギリス・ブライトン

続いてのマジカル・ヒストリー・ツアーは、イギリスの南東部にあるリゾート、ブライトンビーチを訪れます。
小さな村だったブライトンは、19世紀に観光地として急速に発展し、現在まで続くリゾート地になりました。ブライトンがリゾート地になったきっかけは、鉄道路線が敷かれたことでした。

それには、どのような背景があったのでしょうか。時間をさかのぼって、マジカル・ジャンプ!

  • ロンドンの朝のラッシュアワー
  • 農村とは異なる習慣が広まった

産業革命によって、イギリスでは多くの都市が発展しました。
大都市ロンドンには、近郊の町から都市に通う労働者が増え、鉄道や都市交通が整備されました。朝のラッシュアワーが生まれたのも、このころです。

工場では時間給が基本となり、それまでの農村とは異なる習慣が広まっていきました。
例えば、労働の時間と日常生活の時間が分かれ、オンとオフの区別がはっきりするようになりました。

労働者たちはオフの時間にスポーツイベントや観劇、旅行などに出かけ、さまざまな娯楽を楽しむようになりました。

イギリスの港町 ブライトンでは、1841年にロンドンからの鉄道が建設され、日帰りで海水浴などに訪れる人々が急増します。高級ホテルなども建造され、一大リゾート地として発展しました。

  • スタジオ写真

眞鍋さん 「オンとオフができて、オフの日はリゾートに遊びに行くというスタイルは、今の人は当たり前にやっていることだよね。これは、産業革命から始まったことなんだ。」

永松さん 「しかし、産業革命は良いことばかりではなかったんです。深刻な問題も引き起こしました。」

3.労働問題と社会問題
  • ニューラナーク
  • ある経営者が労働者の理想郷を作ろうとした

マジカル・ヒストリー・ツアー、最後は、イギリス北部の村 ニューラナークを訪ねます。
ここにはかつて、紡績工場の労働者たちが住んでいました。19世紀、ここで、ある経営者が労働者の理想郷を作ろうとしました。

それは一体どのようなものだったのでしょうか。時間をさかのぼってマジカル・ジャンプ!

  • 女性労働者の写真
  • 酷使される子どもの絵

産業革命が始まると、資本家や経営者たちは多くの利益を求めて、長時間・低賃金で労働者を働かせました。機械化によって、熟練した技術が必要でなくなり、賃金の安い女性や子どもたちも多く使われるようになりました。彼らは、使い捨てにできる労働力として、酷使されました。

また急激に人口が集中した都市はインフラが追いつかず、上下水道の整備も不十分な、不衛生で過酷な環境でした。コレラをはじめとする伝染病が流行し、犯罪や貧困なども大きな問題となりました。

栄養状態も悪く、このころの労働者の平均寿命は、20歳に満たなかったという記録もあります。

  • ロバート・オーウェン
  • 学校の写真

19世紀初め、ロバート・オーウェンは、父からニューラナークの工場を受け継ぎ経営者となります。
オーウェンは、過酷な労働者の実情を目の当たりにし、工場の利益をつぎこんで労働条件の改善に努めました。

労働時間を10時間に短縮し、清潔なアパートも建設しました。また、10歳以下の子どもの労働を禁止し、施設内に学校も設けました。
福祉を充実させた工場の生産性は上がり、事業も成功しました。

オーウェンの改革は、やがて労働者を保護する法律の制定や労働組合の設立など、大きな社会変革に繫がっていきました。

  • 資本主義と社会主義
  • マルクス

労働者の苛酷な労働環境や生活環境を改善することが必要だという考え方は、他の国でも生まれました。オーウェンとは異なる方法で、労働環境を改善しようとする人たちが現れます。

産業革命後の資本主義社会は、少数の資本家が多くの労働者を経済的に支配していました。それに対して、労働者を中心とした平等で公正な社会にするために、資本を社会が共有し資本家が存在しない社会を実現しようとする考え方が生まれます。
社会主義思想の誕生です。

ドイツの哲学者・経済学者のマルクスは、資本主義経済を理論的に解明した「資本論」を著し、社会主義体制への移行の必然性を説きました。
マルクスは、その後の社会主義の思想と運動に大きな影響を与えていきます。


眞鍋さん 「子どもが重労働したり、平均寿命が20歳に満たないなんて信じられない話だけど、それだけ問題が深刻だったんだね。」

永松さん 「良いことばかりではなかったみたいですね。そして産業革命のころ、早くも社会主義思想が誕生していました。」

眞鍋さん 「資本主義に問題点があったからこそ、生まれた考え方だったんだね。」

Deep in 世界史
  • 山下範久先生
  • 農業社会と工業社会の生活

マジカル・ヒストリー倶楽部の歴史アドバイザー、山下 範久先生(立命館大学 教授)に歴史の深いお話をうかがいます。今回は、産業革命後の変化についてです。

山下先生によると「遅刻をしてはいけない」・「時間厳守」など、現在の私たちが常識だと思っている生活が始まったのは、産業革命以降なのだといいます。


山下先生 「農業社会においては、人間の生活は自然のリズム、つまりお日様のリズムで動いていれば良かったんです。しかし、工業社会になると、みんなが同じ時間にそろって工場で働かないと意味がないわけです。そこで、時計を見ながら、みんなが同じリズムで生活するという社会が生まれました。その中で、時間厳守というのが、誰もが守るべきルールになっていったんです。」

  • 現代は経済の中心が変わっている
  • 次回もお楽しみに

山下先生 「産業革命は、今の私たちが暮らしている生活の基礎を作りました。しかし、今、この産業革命によってできた社会は変わりつつあります。」

眞鍋さん 「それは、どのようにですか?」

山下先生 「産業革命というのは、基本的に工場で物を作る社会でした。現代は、もちろん物も作る社会ですが、経済の中心がアイデアや知識を生み出すことに変わっています。そうすると、同じ時間に集まって生活をすることにも、あまり意味がなくなってきます。今の私たちは、遅刻してはいけないだとか、時間厳守を当たり前だと思っています。でもひょっとすると、50年後や100年後には、そういうことが常識ではなくなっているかもしれません。」

眞鍋さん 「時間があまり関係ない生活になるかもしれないということですね。それは、通信や情報の発達も関係しているのでしょうか?」

山下先生 「その通りなんです。」

眞鍋さん 「今が、もしかしたら時代の転換点かもしれないよね。」

永松さん 「転換点に生きているわけですね。」

二人 「先生、面白いお話、どうもありがとうございました!」


次回もお楽しみに!

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