NHK高校講座

世界史

Eテレ 毎週 金曜日 午後2:20〜2:40
※この番組は、前年度の再放送です。

世界史

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今回の学習

第24回

ロシア帝国

  • 世界史監修:首都大学東京教授 中嶋 毅
学習ポイント学習ポイント

1.ロシア帝国の形成と拡大 2.体制の動揺 3.「大改革」と帝国の発展

  • ロシアの起源
  • 今回の旅のテーマ

「マジカル・ヒストリー倶楽部」にようこそ!
今回のミッションは、「ロシア帝国」です。

眞鍋さん 「ロシアというと、近いけどよく知らない国だよね。ロシアの始まりって、どういう風だったのかな?」

永松さん 「9世紀にノルマン人、いわゆるヴァイキングの勢力の一派が東ヨーロッパに進出し、国を建設したのがロシアの起源です。」

眞鍋さん 「始まりはヴァイキングだったんだ。」

永松さん 「その後、18世紀にロシア帝国が成立し、大帝国に発展していきます。今日は、ロシア帝国の歴史を辿る旅です。」

  • 訪れる場所と時代
  • ロシア帝国の歴史

今回のビューポイントは、

1.ロシア帝国の形成と拡大
2.体制の動揺
3.大改革と帝国の発展

の3点です。

訪れる場所は、ロシア。時代は、17世紀から19世紀までです。

まずは、ロシア帝国成立の過程と、バルト海から太平洋にまで達する大帝国に発展した背景を探ります。
そして、黒海を舞台に起こった戦争の敗北をきっかけに、帝国は改革の必要に迫られます。それは、どのような改革だったのでしょうか。

マジカル・ヒストリー・ツアー、ロシア帝国の歴史を辿る旅へ、出かけましょう!

  • ロシアを大帝国に発展させた皇帝が登場

眞鍋さん 「今のロシアも大国だけど、ロシア帝国の時代からかなり大きな国だったんだね。」

永松さん 「そうなんです。しかし、当時のロシアは、ヨーロッパに比べ遅れた国だと見られていました。そこに、ロシアを近代化し、大帝国に発展させた皇帝が2人登場します。では、ロシア帝国を作った皇帝と、領土を拡大し発展させた皇帝の足跡を辿りましょう。」

1.ロシア帝国の形成と拡大
  • サンクトペテルブルク

マジカル・ヒストリー・ツアー、まずはじめに、ロシア西部の都市サンクトペテルブルクを訪れます。

  • ペテルゴフ宮殿
  • 噴水

世界遺産のペテルゴフ宮殿は、18世紀初め、ロシア帝国初代皇帝 ピョートル1世によって建設された宮殿です。
宮殿の庭園を彩る噴水の数は、150を超えます。噴水の水は、ポンプを使わず、高低差を利用して水圧で噴き上げています。動力を一切使わない、高度な技術が使われています。

遅れていると言われたロシアが、なぜこのような噴水を作ったのでしょうか。それを探るために、マジカル・ジャンプ!

  • 16世紀のモスクワ大公国
  • ピョートル1世

中世のロシアでは、いくつかの国が勢力を競っていました。その中の一つ、モスクワ大公国(たいこうこく)が勢力を拡げ、16世紀には広大な地域を支配していきます。

1682年、モスクワ大公国の君主となったのがピョートル1世です。ピョートル1世は、ヨーロッパに比べ遅れていたロシアの近代化を決意します。自らヨーロッパ諸国を訪問し、軍事や科学の専門技術を学びました。

帰国後、ピョートル1世は強力なリーダーシップを発揮し、次々と西欧化政策を進めます。
学んだ技術を生かし、最新の船を建造して、軍備の強化に努めました。また、教育制度や官僚制などを西欧風に改めていきます。
風俗もその一つでした。ロシア貴族特有の長いひげは切られ、従わない者からは「ひげ税」を徴収しました。

  • スウェーデンとの北方戦争でバルト海沿岸の土地を獲得
  • ロシア帝国成立

ピョートル1世が次に目指したのが海外への進出です。そこで、バルト海に面した場所に港を築く必要がありました。このため、ロシアはスウェーデンと「北方戦争(1700年〜1721年)」を行い、その過程でバルト海沿岸の土地を獲得します。
何もない沼地だったこの土地に、10年をかけて港と都市を完成させました。

そして、都をモスクワから移し、サンクトペテルブルクと命名します。
スウェーデンとの戦争に勝利し西欧的な都市を完成させたピョートル1世は、1721年に皇帝の地位につきます。そして、国を帝国と宣言し、ロシア帝国が誕生しました。
ロシア帝国は、シベリアへの進出も進め、その領土はオホーツク海までに及ぶようになります。

  • エカチェリーナ2世
  • ポーランドを分割・領有

帝国の領土をさらに拡大させたのが、8代皇帝 エカチェリーナ2世です。
エカチェリーナ2世は、プロイセン、オーストリアと共にポーランドを分割・領有しました。ロシアはこの地を、1917年まで支配します。

ピョートル1世が建設したペテルゴフ宮殿は、ヨーロッパに負けないロシアの技術力を示すために造られました。高度な技術を駆使した噴水は、ここを訪れたヨーロッパの貴族を驚かせたといいます。この宮殿は、近代化を成し遂げたロシア帝国の象徴でもありました。

  • ロシアの使節が日本を訪れる
  • アダム・ラックスマン

永松さん 「ところで、エカチェリーナ2世の時代、18世紀末の日本は何時代でしたか?」

眞鍋さん 「18世紀末だから、日本は、江戸時代の終わり頃かな。」

永松さん 「その通りです。江戸時代の後半、日本と国交を結ぶためにロシア帝国の使節が日本を訪れているんです。その人物が、ラックスマンです。」


アダム・ラックスマンは、外国との通商に熱心だったエカチェリーナ2世によって、日本に派遣されました。ラックスマンは、ロシア帝国領に漂流した日本人を送り届けるという役目も担っていました。しかし、江戸幕府は鎖国体制だったため、国交を結ぶことはありませんでした。


永松さん 「ラックスマン来航は1792年のことですから、黒船でペリーがやってくる61年前のことになります。」

眞鍋さん 「国交も開いてないのに、漂流した日本人をわざわざ送り届けてくれるなんて、すごく親切な気がするよね。それで、領土を拡大したロシア帝国は、さらに発展していくの?」

永松さん 「いえ、ピョートル1世が近代化を進めたとはいえ、イギリスやフランスに比べるとまだまだ不十分でした。そのためロシアは、この後 様々な困難に直面します。続いては、帝国の体制が動揺した、19世紀のロシアを見ていきます。」

2.体制の動揺
  • クリミア半島

マジカル・ヒストリー・ツアー、続いては、黒海北岸のクリミア半島を訪ねます。
ここは、ロシア帝国時代に保養地として開発され、離宮や別荘が建てられました。現在も多くの観光客が訪れています。

クリミアは、ロシア帝国の体制を揺るがす重要な舞台となります。
一体どんなことがあったのでしょうか。それを探るために、マジカル・ジャンプ!

  • 農奴
  • デカブリストの乱

ロシア帝国では、人口の約8割が農民でした。そのほぼ半数を占めたのが「農奴」と呼ばれる農民です。農奴とは、領主の土地で暮らし、権利を制限された農民のことです。人格的にも領主の支配下に置かれた農奴は、領主の私有財産という存在でした。
産業革命を起こしたイギリスや、自由と平等の理念を掲げるフランスに比べ、ロシアは専制政治と農奴制を続ける古い体制の国でした。

1825年、フランスとの戦争で西ヨーロッパの政治や社会に触れたロシアの青年貴族たちが、皇帝による専制政治と農奴制の廃止を求めて反乱を起こします。

「デカブリストの乱」と呼ばれるこの反乱は、政府軍によって鎮圧されましたが、政府は危機感を募らせました。

  • 南下政策を推進
  • クリミア戦争

この頃ロシアは、オスマン帝国の衰退に乗じて領土拡大を目指し、南下政策を推進しようとしていました。1853年、クリミア半島を舞台に、オスマン帝国と開戦します。クリミア戦争(1853年〜1856年)です。
しかし、オスマン帝国を支援するイギリスとフランスが参戦します。近代化したイギリスとフランスの軍隊を前に、ロシア帝国の軍隊は敗退します。


眞鍋さん 「ロシアは大国とはいえ、この時代になっても、国の体制や軍備はヨーロッパよりも遅れていたんだね。」

永松さん 「この戦争で、ロシア帝国の軍隊の装備や戦術が、イギリスやフランスに大きく立ち遅れていることが判明しました。専制政治と農奴制を続ける帝国の古い体制も問題になりました。」

眞鍋さん 「これをきっかけに、近代化しようという動きが出てきたのかな?」

永松さん 「そうなんです。しかし、その改革は痛みを伴うものでした。」

3.「大改革」と帝国の発展
  • サンクトペテルブルク歴史地区
  • ロシア正教会聖堂

マジカル・ヒストリー・ツアー、最後は再び、サンクトペテルブルクからです。
世界遺産となっている、サンクトペテルブルク歴史地区には、壮麗な建物が立ち並びます。運河沿いに建つのは、ロシア正教会の聖堂です。ここで、皇帝アレクサンドル2世が暗殺されたことにより、聖堂が建立されました。

なぜ、アレクサンドル2世は暗殺されたのでしょうか。それを探るために、マジカル・ジャンプ!

  • アレクサンドル2世 農奴解放例
  • 大改革

1861年、12代皇帝 アレクサンドル2世は、近代化を徹底するために「農奴解放令」を発します。これによって、農奴は人格的に解放されましたが、土地は領主から買い戻さなければなりませんでした。土地の代金を支払うお金のないほとんどの解放農奴は、領主や政府に対して経済的な負担を負わされてしまいます。

この農奴解放令の他にも、アレクサンドル2世はさまざまな改革を打ち出しました。
地方自治機関の設置、司法・教育の改革や軍備の強化など、経済と社会の近代化を図りました。しかし、この改革は、皇帝の専制支配体制を維持したため不十分なものに終わります。ロシア帝国は、近代化と専制政治という矛盾を抱えることになります。

  • 農奴は工業化が進んだ都市で労働者に
  • アレクサンドル2世暗殺

その一方で、国内では工業化が進み、鉄道の建設などが始められました。それに伴って、帝国はさらなる領土拡大を目指します。解放された農奴たちは、やがて工業化が進んだ都市で労働者となっていきました。

アレクサンドル2世が行った改革では、専制政治を支える貴族と、大多数の農民や工場労働者との格差は埋まらないまま残りました。近代化を目指す改革の徹底を求める人々の間には、不満が高まっていきました。その中から専制政治打倒を目指す運動が起こり、テロに走るグループも現れます。

1881年、アレクサンドル2世は、そのテロリストたちによって暗殺されました。この暗殺をきっかけに、革命運動が活発化していきます。

アレクサンドル2世が暗殺された場所に、ロシア正教の聖堂が立っています。この聖堂は、その死後、アレクサンドル2世を弔(とむら)うために建立されました。

  • スタジオ写真

眞鍋さん 「農奴が解放されたとはいえ、経済的に苦しくなってしまったのでは、近代化したという感じはしなかっただろうね。」

永松さん 「そうですね。農奴解放令をはじめとする大改革は、西ヨーロッパの進んだ制度を取り入れて、ロシア帝国の近代化を図るものでした。しかし、その制度の基礎にある考え方は、ロシア帝国の専制支配体制とは相容れないものだったんです。」

眞鍋さん 「ロシアは古い体制を長い間続けてきたし、専制支配のままで近代化するというのは、ちょっと無理があったのかもしれないね。」

Deep in 世界史
  • 中嶋毅先生
  • 日露間の交流年表

マジカル・ヒストリー倶楽部の歴史アドバイザー、中嶋 毅先生(首都大学東京 教授)に歴史の深いお話をうかがいます。
今回は、日本とロシアの交流についてです。

中嶋先生 「先ほどラックスマンの話が出てきましたが、日本とロシアとの間には、さまざまな交流がありました。ラックスマンが根室に来航した目的の一つは、日本の漂流民を帰国させるということでした。それが、大黒屋光太夫という人物です。当時、江戸幕府は鎖国していたので、光太夫は帰国してから自由に出歩くことができませんでした。しかし彼がもたらしたものは、幕府が外国を知る上で、大変貴重な情報になりました。」

  • 北方の陣地をロシアが攻撃

中嶋先生 「その後、ロシアは日本に対してさらに交渉を求めてきます。1804年には、レザノフという人物が長崎に来航します。しかし幕府は、この時も体よく追い返してしまいました。ロシア側はそのことを非常に不満に思い、幕府が防衛していた北方の陣地を攻撃しました。これに対する報復措置として、幕府は、調査にやってきていた海軍士官のゴロウニンという人物を捕虜にしてしまいました。」

眞鍋さん 「それは攻撃の仕返しですか?」

中嶋先生 「そういうことですね。これに対してロシア側は、ゴロウニンを何とか解放しようと、たまたま通りかかった日本船を拿捕(だほ)しました。この時、高田屋嘉兵衛という人物が捕らえられます。嘉兵衛は、ゴロウニンが無事であるということをロシア側に伝え、ロシア側の担当者と共にゴロウニンを釈放する動きを始めることになりました。」

  • 責任者だけの言葉で意思疎通
  • 人同士のつながりは続いていた

眞鍋さん 「ゴロウニンが無事だとロシアに伝えるのに、言葉はどうしてたんですか?」

中嶋先生 「簡単な意思疎通はお互いに可能でしたが、担当者同士では、責任者2人だけの言葉を作って高度な意思疎通をはかっていたと言われています。」

永松さん 「日本語でもロシア語でもない……。」

中嶋先生 「そうやって工夫して話し合いを続けたわけです。そうして、ゴロウニンを無事釈放することができました。日本とロシアは、正式な国交はありませんでしたが、人と人とのつながりは長い間続いていたといえます。」

眞鍋さん「国交がないとはいえ、距離はすごく近いですからね。先生、どうもありがとうございました。」

  • 次回もお楽しみに

眞鍋さん 「ロシアって独特の雰囲気がある国だなと思っていたけど、今回見てきて、ヨーロッパとは違う歴史を辿った国だということがよくわかったよね。一回行ってみたいな。」

中嶋先生 「冬は寒いですよ。」

眞鍋さん 「季節はやっぱり夏に行きたいね。」

永松さん 「そうですね。雪がすごそうですね。」


それでは、次回もお楽しみに!

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