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Eテレ 毎週 金曜日 午後2:40〜3:00
※この番組は、前年度の再放送です。

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今回の学習

第38回 現代世界の地誌的考察
【現代世界の諸地域】編

世界のさまざまな地域を見てみよう
〜ラテンアメリカ ⑴ 〜

  • 地理監修:日本大学教授 矢ケ普@典隆
学習ポイント学習ポイント

世界のさまざまな地域を見てみよう 〜ラテンアメリカ ⑴ 〜

  • 石原良純さん
  • 籠谷さくらさん

ここは、「フィルドストン研究所」。
所長の石原良純さんがコーヒーを入れています。
そこへ、新人所員の籠谷(こもりや)さくらさんがやってきました。
今日のコーヒー豆はブラジル産のようです。

さくら 「ブラジルって、コーヒーの国っていうイメージがありますもんね。」

所長 「そうだな、でもそれだけじゃないぞ。」

  • 僕の町には日系ブラジル人が多い。ブラジルに日系の人が多いのはどうして?
  • ラテンアメリカの位置

「僕の町には日系ブラジル人が多い。ブラジルに日系の人が多いのはどうして?」
これが、今回の依頼です。

さくら 「日系の人って、先祖が日本人ってことですよね。なんでブラジルに日系の人が多いんでしょうか…?」

ここでまず、ブラジルがあるラテンアメリカの位置を地図で確認しておきましょう。

所長 「ラテンアメリカは、アメリカ合衆国の南側。日本では中南米とも呼ぶ。メキシコ、中央アメリカ、西インド諸島、南アメリカから構成され、赤道をまたいで南北に広がる広大な地域のことだ。ラテンアメリカには33もの国がある。その中でもっとも 広いのがブラジルだ。この地域の自然を見てみよう。」

ラテンアメリカの自然
  • アンデス山脈
  • アマゾン川

南アメリカ大陸の太平洋側にはアンデス山脈が、南北におよそ8000kmに渡って走っています。
アンデス山脈を主な水源とするアマゾン川は、南アメリカ大陸を横断して大西洋に注ぎます。

  • セルバ
  • 441種の新種の野生生物を発見(2010〜2013年)

流域面積は南アメリカ大陸の4割を占め、その多くは「セルバ」と呼ばれる熱帯雨林に覆われています。
全世界に生息する野生生物の10分の1の種が生息しているというアマゾンでは、2010年代に入っても、441種もの新種が発見されています。

  • セラード
  • 一大農業地域に変ぼうした

ブラジル高原の北部にはサバナの「セラード」が広がります(左図)。
もともと牧畜に利用されていた土地でしたが、1970年以降、日本などの援助を受け、原野の開発が進み、主に大豆を生産する一大農業地域に変ぼうしていきました(右図)。

  • アンガス牛
  • パンパを中心に放牧が行われている

牛肉大国といわれるアルゼンチン。
1人当たり年間60kgも牛肉を食べるそうです。
なかでも味わいの良さで有名なのがアンガス牛です。
消費だけではありません。
アルゼンチンは世界有数の牛肉生産国でもあるのです。
肥沃(ひよく)な草原として知られる、中央部の大平原「パンパ」を中心に放牧が行われています(右図)。
東京ドーム750個分の牧草地に1000頭の牛が育てられています。

  • アタカマ砂漠

チリのアンデス山脈西側海岸部には、世界一標高が高いアタカマ砂漠が広がります(図)。
平均の標高は2000mに及び、寒流のペルー海流の影響を受け、世界でもっとも降水量が少ない地域としても知られています。
特殊な気候が織り成す不思議な景色が見られる場所です。

豊かな資源を持つラテンアメリカ
  • 日本の輸入額に占めるラテンアメリカの割合

ほかにも、ラテンアメリカには豊富な鉱物資源や食料資源があります。

所長 「日本に輸入される鶏肉もコーヒー豆も、7割がブラジルを中心とするラテンアメリカからなんだ。サケ、マスなども半分以上がラテンアメリカからの輸入だ。」

ところで、ラテンアメリカをどうして「ラテン」と呼ぶのでしょうか?
それはこの地域の成り立ちに関わっています。
次はラテンアメリカの歴史を見てみましょう。

ラテンアメリカが“ラテン”という理由
  • マチュピチュ
  • スペインやポルトガルなどラテン系のことばを話す人々による植民地支配

標高2400mのアンデス山脈にこつ然と姿を現すペルーのマチュピチュは空中都市とも呼ばれています(左図)。
15世紀に繁栄を極めたインカ帝国の高度な文明を今に伝える遺跡です。
コロンブスが西インド諸島に到達した当時、アンデス高地とメキシコおよび中央アメリカには「先住民」が多く住み、インカ、マヤ、アステカなどの文明が栄えていました。

しかし、16世紀になるとスペインやポルトガルなどラテン系のことばを話す人々により植民地支配が行われました。
先住民は圧倒的な力に押さえられ、鉱山などで強制的に働かされました。
その上、ヨーロッパ人が持ち込んだ天然痘に侵され人口が激減。
先住民の築いた文明は滅んでしまいます。

  • ラテン系民族の言語や文化、宗教の影響を強く受けた
  • アフリカから黒人が奴隷として強制的に連れてこられた

植民地支配が進むにつれ、ヨーロッパのラテン系文化が広まりました
こうして、ラテン系民族の言語や文化、宗教の影響を強く受けたことから、メキシコから南の地域は「ラテンアメリカ」と呼ばれるようになったのです。

さらに、ブラジルや西インド諸島など、砂糖を生産する「プランテーション」が経営された地域では、減少した先住民の代わりの労働力として、アフリカから黒人が奴隷として、強制的に連れてこられました(右図)。
彼らは、農園で長時間にわたり過酷な労働を強いられたのです。

  • アフリカのリズムで踊り歌った

自由を奪われ、酷使された奴隷たちでしたが、「カトリック」への改宗を強制されながらも、自分たちの故郷の神を信仰し続けました。
教会では、キリストを讃える踊りと見せかけ、アフリカのリズムで踊り歌いました。
現世の苦しさを信仰によって癒したのです。

  • ブラジルサルヴァドル
  • 謝肉祭がこの地でも行われた

大西洋に面した、ブラジルのサルヴァドル。
サンバの故郷といわれる街です。
ヨーロッパのキリスト教の行事「謝肉祭」が、この地でも行われました。
その祭りに、黒人奴隷が隠れて信仰し続けた宗教の、リズムや踊り、また嘆きをうたった歌が混じりあい、「サンバ」が誕生したのです。

ブラジルに日系人が多い理由
  • 矢ケ蕪T隆先生

所長 「19世紀になると独立運動が展開され、スペイン、ポルトガルによる植民地支配は終わり、独立とともにラテンアメリカには、現在の国が出来ていったんだ。」

では、その後ブラジルに日系人が多くなったのはどうしてなのでしょうか。
研究所のブレーン・矢ケ蕪T隆先生に聞いてみましょう。

矢ケ武謳カ 「ラテンアメリカの国々では、独立後も白人を中心とした少数の富裕層が政治、経済を支配する形態が続きました。奴隷制度が廃止されプランテーション農園などでの労働力が不足した国々では、最初はヨーロッパから移民を受け入れました。また、中国や日本からの移民も積極的に受け入れていったのです。」

ブラジルに渡った日本人
  • 1908年笠戸丸第一回ブラジル移民が乗船
  • コーヒープランテーションで住み込み労働者として働いた

日本人のブラジルへの集団移住は1908年に始まりました。
第二次世界大戦後も、ブラジルへの移民が続きました。
戦前戦後を通して35万人近くの人たちが、新天地を求め、家族を引き連れてラテンアメリカ、主にブラジルに渡りました。

当初、多くの移民はコーヒープランテーションで、住み込み労働者として働いたそうです(右図)。
のちにアマゾンの熱帯雨林を開拓し、農業を始める人々もいました。
日本人とその子孫は勤勉に働き、次第にブラジル社会に根づいていきました。

  • サトシ横田さん

ブラジルには現在およそ190万人の日系人が暮らし、ブラジル社会を支える存在となっています。
サトシ横田さんは日系2世です。
画期的な中型旅客機の開発を手がけ、倒産しかけていた会社を世界有数の企業に押し上げました。

横田さん 「日系移民たちは、ほかの国からの移住者たちに比べて、はるかに高い割合で子どもたちを大学に進ませました。そうしたおかげで、日系人の子孫たちはブラジル社会のあらゆる場所で、重要な役割を果たすようになっているのです。」

国により異なる人種・民族構成
  • 混ざりあうこと

矢ケ武謳カ 「現在では日系人の割合はブラジルの人口の約1%です。しかし、高度な能力を必要とする職業や社会をリードするような職業に多くの日系人が就いているのも事実です。」

さくら 「日本人はブラジルに溶けこんで、社会を動かす要ともなったんですね。」

矢ケ武謳カ 「そう、まさにラテンアメリカのキーワードは“混ざりあうこと”なんですね。ラテンアメリカでは人種や民族の混交が進んでいて、国によって人口構成は多様です。

ラテンアメリカの人種構成

矢ケ武謳カ 「アルゼンチンでは、もともと先住民が少なく、黒人奴隷に依存したプランテーションも展開しなかったので、白人が圧倒的に多数を占めます。プランテーションが発達した西インド諸島のドミニカ共和国では、ほかと比べてアフリカ系人口の比率が高くなっています。メキシコなどでは、『メスチーソ』と呼ばれるヨーロッパ系白人と先住民との間に生まれた人々と、その子孫が多くなっています。ペルーなどアンデス地域では、元々先住民が多かったため、現在でも総人口に占める先住民の比率が高いんですね。」

さくら 「ブラジルはどうなんですか?」

矢ケ武謳カ 「ヨーロッパ系、アフリカ系、先住民などの間で、混交が進んでいます。肌の色はずいぶんと多様なんですね。」

さくら 「そんな多様な人々の中で、日系の人たちは頑張ってきたんですね。」

矢ケ武謳カ 「実は、ブラジルへの日系移民の歴史は現在の日本につながっているんですよ。」

ブラジルと日本が共生する町
  • 西小泉駅

群馬県大泉町を訪ねました。
“おおいずみでブラジル気分”というモットーを掲げ、町を挙げてブラジル文化をPRしています。
2018年に完成した西小泉駅も「ブラジルの町」にふさわしく、ブラジル国旗がイメージカラーです。

  • ポルトガル語(ブラジルの公用語)
  • コシーニャ(ブラジルのコロッケ)

大泉町ではブラジル文化を体感したり、ブラジル人と触れ合える「町内ツアー」を行っています。
駅前の店で見つけたのはブラジルのスナック。
ブラジルでは日常的に食べているそうです。

  • 1990年,出入国管理及び難民認定法が改正
  • デカセギ

日本経済がバブルを迎えた時期、製造分野では人手不足が深刻でした。
1990年に,出入国管理及び難民認定法が改正され、日系2世・3世およびその家族が労働者として定住できるようになりました。
かつて移民としてブラジルへ渡った人の子孫にあたる日系ブラジル人が「デカセギ」労働者として日本に来たのです。

  • 大泉町の人口約4万人、ブラジル人の人口約4千人
  • ゴミ回収のお知らせもポルトガル語

大泉町には、電機製品、自動車、食品など大手企業の製造工場が数多くあり、日系ブラジル人が働いています。
町の人口の10人に1人はブラジル人といわれ、日本で一番ブラジル人が住んでいる町です。
町ではゴミ回収のお知らせや(右図)、情報提供もポルトガル語を中心に複数の言語で行い、住みやすく共存しやすい街づくりが行われています。

  • 富樫ジュリアナさん

大泉町を案内してくれている富樫ジュリアナさんも日系ブラジル人3世です。

富樫さん 「おばあちゃんたちが戦後に移民でブラジルに行って、そこで両親が生まれて、で『デカセギ』としてこっちに働きにきたんですね。そして私が生まれました。」

  • 日系ブラジル人が多く利用するスーパー
  • ポンデケイジョ(ブラジルのチーズパン)

日系ブラジル人が多く利用するスーパー(左図)。
店内には3,000〜4,000種類の商品が並び、肉やソーセージなどブラジル料理に欠かせない材料がなんでもそろいます。
お店ではブラジルのパンも焼いています(右図)。

  • BJコラソン大泉
  • 菊田博之さん

7人制サッカー「ソサイチ」の地元チーム。
ブラジル発祥のソサイチはサッカーとほぼ同じルールで、半分の広さのフィールドで行われる競技です。
チームメンバーは大泉町らしく、ブラジル人と日本人がほぼ半数です。
代表理事の菊田博之さんにお話を伺いました。

菊田さん 「我々はブラジル人と日本の懸け橋というか、シンボルのようなチームを目指しています。若い選手を全国から集めて大泉の町で働いてもらって、チームは日本一を目指す、という相乗効果が見込めればと考えています。」

  • 20世紀に多くの日本人がブラジルに渡り日系社会を築いた
  • 今では子孫の日系人が日本で働き暮らしている

それでは、今回の依頼に対する答えです。

さくら 「(ブラジルに日系の人が多いのは)20世紀に多くの日本人がブラジルに渡り、苦労して日系社会を築いたからです。今では子孫の日系人が日本で働き、暮らしています。

矢ケ武謳カ 「現在ではブラジルだけでなく、ラテンアメリカの国々と日本は、人的結びつきはもちろん、経済的結びつきも強まっています。ラテンアメリカは日本にとって『鉱産資源』や農産物の重要な輸入先なんです。日本からラテンアメリカへは工業製品の輸出が盛んです。」

所長 「これからはブラジルに限らず、日本とラテンアメリカの関係がますます強まっていきそうですね。」

矢ケ武謳カ 「そうですね。日系人も大勢暮らすラテンアメリカですから、手を携えて発展していきたいものですね。」

それでは、次回もお楽しみに!

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