NHK高校講座

地理

Eテレ 毎週 金曜日 午後2:40〜3:00
※この番組は、前年度の再放送です。

  • 高校講座HOME
  • >> 地理
  • >> 第24回 現代世界の系統地理的考察 【生活文化、民族・宗教】編 世界の違いと共通に目を向けてみよう ⑴ 〜衣食住、民族、宗教〜

地理

Eテレ 毎週 金曜日 午後2:40〜3:00
※この番組は、前年度の再放送です。

今回の学習

第24回 現代世界の系統地理的考察
【生活文化、民族・宗教】編

世界の違いと共通に目を向けてみよう ⑴
〜衣食住、民族、宗教〜

  • 地理監修:同志社大学大学院教授 内藤正典
学習ポイント学習ポイント

世界の違いと共通に目を向けてみよう ⑴ 〜衣食住、民族、宗教〜

  • 籠谷さくらさん
  • 石原良純さん

ここは、「フィルドストン研究所」。
新人所員の籠谷(こもりや)さくらさんがギョーザを食べようとしているところに、所長の石原良純さんがやってきました。

「所長室にまでギョーザのかおりが……。」と注意しに来た所長でしたが、どうやら今回の依頼はギョーザに関するものなのだそうです。

  • 今回の依頼

今回の依頼は「ギョーザで世界に進出したい。全世界の人が喜んで食べる、世界で1番のギョーザを作るには?」

所長 「この依頼は難しいなあ。たしかにギョーザのように小麦粉で作った皮で、肉や野菜の具を包んだ料理は世界中にある。でもなあ……。」

さまざまなギョーザ料理
  • 中国・山東省
  • 小麦はシルクロードを渡り中国へもたらされた

ギョーザ発祥の地は諸説ありますが、そのひとつは中国であり、紀元前6世紀頃に今のシャントン(山東)省あたりで誕生したとされています。

ギョーザの材料となる小麦は、西アジアからシルクロードを渡って、中国にもたらされました。

  • ギョーザの作り方
  • ギョーザのさまざまな調理法

小麦粉を練って作った皮で、ひき肉や野菜などの具を包んだ料理がギョーザです。
調理方法はさまざまで、ゆでる、蒸す、焼く、そして揚げる。
調理法は違っても、これらはすべてギョーザです。

実は、ギョーザのように小麦粉で作った皮で具を包んだ料理は、世界各地にあります。

  • モモ(ネパール)
  • ボーズ(モンゴル)
  • マントゥ(キルギス)

まずは蒸したものから。
ネパールのモモは、ひき肉を皮で包んで蒸した料理です。
香辛料で味付けしたスープをかけて食べます。

続いてはモンゴルです。
ゲルの中で作っているのはボーズという料理で、たまねぎとひき肉を皮で包んで蒸します。

中央アジアのキルギスです。
ここにも蒸しギョーザのような料理、マントゥがあります。

  • サモサ(インド)
  • ペリメニ(ロシア)
  • マントゥ(トルコ)

インドにあるのは、揚げギョーザのような料理、サモサです。

水ギョーザのようにゆでた料理もあります。
ロシア料理のペリメニは、サワークリームを添えるのが定番です。

トルコのマントゥも、ゆでていますが、小さなギョーザ型の包みがたくさん入っているのが特徴です。
ヨーグルトソースをかけて食べます。

  • ラビオリ(イタリア)
  • 小麦粉で作った皮で具を包んだ料理は各地にある

イタリアのラビオリは、形はギョーザそのものですがパスタ料理の一種です。

小麦粉で作った皮で具を包んだ料理は各地にあり、それぞれの地域の料理として根づいているのです。

  • 宗教

さくら 「こんなにたくさんの国に、ギョーザのような料理があるのなら、きっと全世界の人が喜んで食べるギョーザだって作れますよ!」

所長 「そうは簡単にいかないんだな。人に食べものを提供するときには、食べる人が信仰する宗教についても考えなければならない。世界にはさまざまな宗教があるだろう?」

さくら 「はい。キリスト教、仏教、イスラーム、あとヒンドゥー教もありますね。」

所長 「そのとおり。宗教は食文化に密接に結びついているんだ。宗教による食文化の違いを見てみよう。」

宗教と食文化
  • サモサ
  • ヒンドゥー教
  • 牛があがめられている

インドの揚げ料理・サモサの具材には、野菜やひき肉を使ったものがあります。
肉に牛は使われません。
その理由は宗教にあります。

インドは国民のおよそ8割がヒンドゥー教徒です。
ヒンドゥー教の寺院では、牛の像が人々からあがめられています。
牛には神が宿るとされ、ヒンドゥー教では崇拝の対象になっており、殺すことも食べることも避けられているのです。

インドのサモサには、牛肉を食べないというヒンドゥー教の食文化が関係しているのです。

  • マントゥ
  • マントゥの具

トルコの小さな水ギョーザ・マントゥも、野菜だけのものと、ひき肉を使ったものがあります。
肉は主に羊か牛で、これも宗教が関係しています。

  • イスラーム
  • コーラン

トルコはイスラーム教徒「ムスリム」がほぼ100%の国です。
イスラームの聖典コーランには、豚肉を食べてはいけないと書かれています。
イスラームでは豚肉の他に、血の残った肉を食べることも禁止されています。

  • ハラール
  • 断食

イスラームの教えで食べることが許されていることを認証するのが、ハラールの表示です。

食に関するイスラームの教えには、断食もあります。
毎年イスラーム暦で決められた1ヶ月間・ラマダーン月に、日の出から日没まで断食を行うのです。
食べ物も水も取ることは許されません。
日が沈むと、断食を終えたことを喜び、人々は食べものを分け合うのです。

  • キリスト教
  • ローマの魚屋
  • 金曜日は魚の日

キリスト教では、食べものへの規制はゆるやかです。
しかし地域によっては、ある食習慣が残っています。

ここはローマの魚屋です(中図)。
ローマでは伝統的に、金曜日は魚を食べる「魚の日」になっていますが、これはキリスト教に由来しています。
金曜日はキリストが十字架にかけられた日だったという言い伝えから、信仰心の厚いローマの人々は動物の肉を食べるのを避け、魚を食べます。

  • 仏教
  • 精進料理(中国)
  • ウナギの蒲焼に似せた精進料理

仏教では、生き物の殺生を禁じているため、基本的に肉も魚も食べることが禁止されています。

仏教徒でも食べられるように、中国で発展したのが精進料理です。
どれも、肉や魚など動物性の食材を一切使わずに作っています。

右図はうなぎを細切りにして揚げた料理に見えますが、実はしいたけで作っています。
野菜や豆類、穀物を使い、さまざまな料理に似せる工夫を凝らしています。

宗教によってさまざまな食文化があり、食べてはいけないものなどが決められているのです。

  • 内藤正典先生
  • 意見し続けると衝突を生むこともある

さくら 「ヒンドゥー教では牛肉、イスラームでは豚肉、仏教は肉も魚も食べちゃダメだなんて!うーん……野菜は大丈夫なんじゃないですか?」

所長 「いやいや、野菜だって食べてはいけないものがあるぞ。例えば仏教では、にんにくや、にらなど、臭いの強い野菜類は禁止している。」

なぜ宗教にはこのような決まりがあるのか、研究所のブレーン・内藤正典先生に聞いてみましょう。

さくら 「先生、どうして宗教によって食べてはいけないものがあるんですか?」

内藤先生 「これは『答えられない』というのが答えなんです。宗教は『神様がこう決めたから、こういう教えなんです』というように、その宗教を作った人が、あることを決めます。そのことに『どうして?』と質問をしても、その宗教を信じている人は答えられないんです。つまり、神様が決めたことを守っているだけ。」

内藤先生によれば、質問をするところまではいいのですが「それを食べないなんておかしい」などと言ってしまうと、その宗教を信じている人たちは傷ついてしまいます。
また、しつこく言い続けると衝突になってしまうかもしれません。
そのため、そういったことはあまり聞かないということが、世界の人たちと一緒にやっていく上では大切なことなのだそうです。

食文化の多様性
  • 地域ごとに食べる動物は変わる

さくら 「じゃあ、世界で1番のギョーザはできないんですかね?」

内藤先生 「残念ながら、1番とは言わない方がいいと思うんですね。宗教以外にも、食べるものについては考えなければいけないことがあります。特に動物の場合で考えるとわかりやすいと思うんですが、その動物と人間との関係によるんですね。」

例えば、ペットとしてかわいがっている動物をある地域の人が食べるというと、ショックを受けます。
ですが、その動物を食べる人たちもいて、その人たちに「どうしてそんなものを食べるの?」などと言ってしまうと、そこではお互いの理解ができなくなります。
世界には、実はそういう食材になるものがたくさんあるのだといいます。

  • ギョーザに似た料理は世界中に存在する
  • 地域の文化や宗教の教えによって多様な料理が生まれる

内藤先生 「それからギョーザ。小麦で作った皮、そこまでは同じでしたよね。でも中身の具になると、いろいろなバラエティがあるんです。例えばここに地図が出ていますが、たくさん似たような食べものがあるんです。」

キルギスやトルコでは、元々は遊牧の文化があるため、羊を飼っていたりします。
また牛は遊牧ではありませんが、牛肉を使ったりもします。
でもイスラーム教徒なので豚は食べません。

内藤先生 「使っている野菜なんかを見ても、たまねぎだとかというのはほとんど共通してどこでもできるものなんですけど、そこから先はさっきの宗教による教えだとか、いろいろな要素によってバラエティが出てくるんですね。」

  • 食べ物に優劣はない
  • 宗教や民族に優劣はない

さくら 「料理は宗教だけじゃなくて、地域の食文化に根ざして作られたんですね。1番は決められないということですよね。」

先生 「そうですね。みんな慣れ親しんだ味を自慢するのは構わないんです。ですが他の人たちが食べているものが、よりよくないものだとか。優劣の関係、どちらがいい・悪いというふうに考えることはできません。実は同じように、宗教やあるいは民族といったものついても、どちらが優れている・劣っているというふうに考えることは間違っています。

  • 世界の民族や宗教すべてにこたえるギョーザを作るのは難しい
  • 民族や宗教が持つ文化を認め合う

それでは、今回の依頼に対する答えです。

さくら 「世界にはさまざまな民族や宗教があり、異なった文化があります。それらすべてにこたえるギョーザを作ることは難しいです。また、ひとつのギョーザを押しつけることもできません。それぞれの民族や宗教が持つ文化を認め合い、いろんなギョーザを楽しんだ方がいいと思います。

内藤先生 「いいですね。やはり多様性というのを大事にした方が、ギョーザもそうですけど、いろいろ楽しめますよね。」

ことばの多様性
世界の言語分布

内藤先生 「ここまで宗教とか文化の違いを考えてきましたが、世界には、他にも非常にバラエティのあるものがあるんです。それはことば、言語ですね。これは、世界の言語分布を示しています。おおざっぱに、似ていることばだけを同じ色で描いていますが、それでもたくさんありますよね。」

さくら 「ことばがこんなにあるなんて知らなかったです。」

同じことばを話している人たちは、同じ民族だと言われます。
ことばがひとつの絆になって仲間と認識すると考えると、同じ民族であると考えられます。
その民族の文化を代表するもののひとつが、ことばだということにもなります。

  • 英語と日本語

さくら君は日本語のほかに英語と中国語を少し勉強しましたが、それぞれのことばは似ていないため勉強は難しかったそうです。

内藤先生 「日本では最初に勉強する外国語は英語ですよね。日本語では『私は学校へ行きます』と言いますが、英語だったら?」

さくら 「『私は、行きます、学校へ』?」

内藤先生 「そう、動詞は必ず主語の次、2番目に来ます。『私は、行きます、学校へ』と言わなければいけない。ドイツ語でもオランダ語でもフランス語でも、たいていそうなんです。ですから、日本人にとってはすごくなじみのないことばを勉強することになってしまう。だから難しいんです。」

  • トルコ
  • トルコは日本語とことばの順番が同じ

内藤先生 「日本語は、よく孤立したことばだと言われますよね。日本語に似ていることばはないと思っている人は多いと思うんですけれども。今言ったことばの順番だけを見ていくと、実は日本からだいぶ離れている、トルコ。もう8000キロ、9000キロくらい離れているここのことばは、ことばの順番が同じなんです、日本語と。」

「私は学校へ行きます。」は、トルコ語では「Ben okula gidiyorum.」と言います。

英語の場合、「どこへ」と言うときには、ことばの前にはtoといった前置詞が付きます。
日本語やトルコのことばでは、それがことばの後に付きます。
さらに、動詞が最後に来るので、日本語とよく似ているのです。

  • 共通語

内藤先生 「トルコのことばがもし世界の共通語だったら、外国語を勉強するのはもっとずっと簡単だったんですよね。では、なぜ英語をみんな勉強しなければいけないと言うんですか?」

所長 「世界の共通語なんて言われますよね。」

内藤先生 「たくさんあることばをみんな覚えることはできませんから、何か共通のことばがあった方がいい。そういう点で、今の世界では英語を共通語として、日本だけでなくどこでもたいてい英語は勉強するんですね。でも、そこでもやっぱりひとつ歴史的な背景というのを知っておいて欲しいんです。」

  • イギリスが強い力を持っていた
  • アメリカが強い力を持っている

今から100〜200年ほど前までの世界では、イギリスが世界の多くの地域を支配する強い力を持っていました。
そのため、貿易などをするときも英語を使うようになりました。

その名残として、また現在はアメリカが非常に大きく強い国なので、そこでも使われている英語が、世界で共通に使われるようになりました。

  • ことばに優劣はない
  • ことばも多様であり大事にしなければいけない

内藤先生 「でも、だからと言って、強い力を持っている国のことばが偉いわけではありません。ことばの間に優劣はないというのはそういうことです。どんなに数が少なくても、同じことばを話している人たちの間の絆というものもありますし、その共通の文化というものもある。それを大事にしなければいけません。」

例えば、あることばを話している人の数が少ないから、なくなってもいい……と言われたら、そのことばを大事にしている人たちは大変傷つきます。
また場合によっては衝突になってしまいます。
ですから、そういうことばというのも、世界の中での多様性のひとつであり、大事にしなければいけません。

さくら 「ギョーザと同じように、ことばも1番はない、比べられないということですよね!」


それでは、次回もお楽しみに!

科目トップへ

制作・著作/NHK (Japan Broadcasting Corp.) このページに掲載の文章・写真および
動画の無断転載を禁じます。このページは受信料で制作しています。
NHKにおける個人情報保護について | NHK著作権保護 | NHKインターネットサービス利用規約