NHK高校講座

世界史

今回の学習

第40回

未来につなぐ世界史

  • 世界史監修:東京大学副学長 羽田 正
学習ポイント学習ポイント

1.中国とのかかわり 2.ヨーロッパ、アメリカとのかかわり 3.グローバル化の中の日本

  • 今回の旅のテーマ

「マジカル・ヒストリー倶楽部」にようこそ!
1年間、世界のいろいろな場所を旅して、歴史を学んできました。
最後のミッションは、「未来につなぐ世界史」です。

眞鍋さん 「これまでに世界の歴史を学んできたことを生かして、未来のことも考えてみたいと思います。さあ、どんなツアーになったかな?」

永松さん 「最後のツアーは、日本を選びました。日本が世界とともにどのように歩んできたのかを見ていくことで、日本に住む私たちと、世界の未来を考えていこうと思ったからです。それでは、最後のマジカル・ヒストリー・ツアーに出かけましょう!」

  • 猿人ルーシー
  • 私たちの祖先は1万3000年前には南アメリカまで到達

アフリカの東にあるエチオピアで、人類の祖先の骨が発掘されました。
二足歩行をしていた猿人のもので、この女性の猿人はルーシーと名づけられました。
今世界中にいる人類は皆、320万年前の、この猿人の子孫です。

ルーシーたち猿人は、やがてホモサピエンスに進化します。彼らはアフリカから出ると、1万3000年前には南アメリカまで到達しました。
世界中に広がった人類は、それぞれ歴史を刻み始めます。

元をたどれば、一つの起源にさかのぼる人類の歴史。そんな世界の歴史と、日本との関わりを振り返ってみましょう。

  • 訪れる場所と時代
  • 日本からみる世界史

今回のビュー・ポイントは、

1.中国とのかかわり
2.ヨーロッパ、アメリカとのかかわり
3.グローバル化の中の日本

の3点です。

訪れる場所は、日本、そして全世界。時代は、現代までのすべての時代です。

まず訪れるのは、奈良県にある平城京です。古代の日本が、中国の影響を受けて、大きな変化を遂げたことが表れています。
そして、神奈川県の浦賀を訪ねます。ここで起きたある出来事をきっかけに、日本は生まれ変わりました。

世界史という大きな流れの中で、日本はいったいどのように変わっていくのでしょうか。その歴史を巡る旅へ、出かけましょう!


眞鍋さん 「この1年間世界史を学んできて、世界が大きな変化を繰り返してきたから、言葉や文化の違ういろいろな地域に分かれたという印象があるな。でも、第一回でも学んだように、もともとは同じ一つの祖先から世界中に広がっていったんだよね。」

永松さん 「大きな変化を繰り返してきた地域といえば、中国がありましたよね。」

眞鍋さん 「そうだね。中国の歴史は長かったよね。国が分裂したり、統一されたりを繰り返していたよね。」

永松さん 「ダイナミックな歴史でしたよね。日本は、その中国からの影響を、古代から受けてきたんです。中でも、日本の国の仕組みを大きく変えるような影響もありました。」

1.中国とのかかわり
  • 平城京

マジカル・ヒストリー・ツアー、最初は、奈良県にある平城京を訪れます。
奈良時代に作られた都が、一部復元されています。
約5キロメートル四方もの広さを持っていた平城京は、中国の影響を受け、日本が大きく変わったことの象徴でもあります。

日本は、どのように変わったのでしょうか。時代をさかのぼって、マジカル・ジャンプ!

  • 隋の領域
  • 冠位十二階

4世紀から5世紀ごろ、日本は、倭国と呼ばれていました。各地を豪族がそれぞればらばらに治め、その緩やかな連合体が、倭国でした。
同じころ、中国も分裂を繰り返していました。しかし6世紀末、約300年ぶりに中国を統一する国、隋が現れました。

隋の統治体制は、倭国とは全く異なる中央集権体制でした。強大な隋に憧れた倭国は、隋の中央集権体制を取り入れようとします。
日本最古の成文法「憲法十七条」と「冠位十二階」は、隋の制度にならって厩戸(うまやど)王が作らせたものです。こうして、隋のような、天皇中心の中央集権国家体制を作ろうとしました。

  • 唐の最大領域
  • 長安と平城京

隋が滅んだ後に中国を治めた唐は、中国東北地方から中央アジアにまで領域を拡大した大帝国でした。
唐が国を強化するため取り入れたことの一つが、「律令制」と呼ばれる法体系です。「律」は刑罰、「令」は行政の仕組みを意味しています。倭国は、この律令制も取り入れていきました。

倭国は、中央集権体制を行いやすいように、都も作り変えました。そのモデルとなったのが、唐の都 長安でした。
そしてできたのが、平城京です。道は碁盤の目のように整えられ、天皇の住まいを最北に置くというレイアウトは、まさに長安そのままです。

かつて各地に住んでいた豪族は、貴族となって平城京に住み、天皇に仕えました。
天皇中心の中央集権体制を機能的に行うための構造を持つ平城京は、当時の日本が唐から学んだことを象徴する街でした。

  • 中国からの影響(漢字と仏教)

眞鍋さん 「長安と平城京って、そっくりだね。この時代、中国の影響力は、本当に大きかったんだね。」

永松さん 「そうなんです。とはいえ、日本は、中国からの影響をそのまま受け入れたわけではなかったんです。たとえば、漢字や仏教。これらも当時のアジアでは最先端の文化でしたが、日本は独自のひらがなを作ったり、日本独自の新しい宗派を作ったりしました。」

眞鍋さん 「そのまま使うわけではなく、このころから日本人は、アレンジがうまかったんだ。」

永松さん 「そうなんです。そして時代が進み、人の移動手段が進化してくると、中国だけでなく、ほかの国からの影響も大きくなってきます。19世紀、再び日本を大きく変える出来事がありました。」

2.ヨーロッパ、アメリカとのかかわり
  • 浦賀

マジカル・ヒストリー・ツアー、次の行き先は、神奈川県横須賀市にある浦賀です。言わずと知れた、黒船来航の港です。
ここに黒船が現れたことは、当時の日本の国内に大きな変化をもたらしました。

いったい、どのような変化があったのでしょうか。歴史をさかのぼって、マジカル・ジャンプ!

  • 黒船来航
  • 明治維新

17世紀前半から約200年もの間、日本は鎖国をしていました。
江戸を中心に栄えていましたが地方は各藩が治め、一般の人々の間には、自分が「日本」という国の国民であるという意識は希薄でした。

そのような中 起こった事件が、1853年の黒船来航です。日本は武力を以っての威嚇に、不利な条件での開国を認めざるを得ませんでした。
その背景には、当時の中国:清の情勢がありました。清は、イギリスとの自由貿易を拒否した結果、アヘン戦争でイギリスに敗れ社会が混乱していました。

当時の日本の人々は、列強と対抗できるようにならなくては、日本も中国と同じ道をたどるのではないかと恐れました。
その危機感をバネに、日本は明治維新を成し遂げます。日本の政権を握った人たちは、新しい国の仕組みをドイツ・フランス・イギリスなど、ヨーロッパに学びました。

  • アメリカ独立
  • 大日本帝国憲法

18世紀から19世紀はアメリカ合衆国の独立(1776年)にはじまり、フランス革命(1789年)やドイツの統一など、国民国家が続々と誕生した時代でした。
「自分たちの国」という意識を持つ国民が支える国民国家は、戦争にも強く、やがて「植民地帝国」として君臨するようになりました。

日本は、そんな植民地帝国と肩を並べる国民国家を目指していきました。その流れを受けてできたのが、大日本帝国憲法です。日本は、天皇中心の中央集権体制を持つ、国民国家として生まれ変わりました。

  • 第二次世界大戦へと行きついた

眞鍋さん 「日本は国民国家としてのあり方をフランスやドイツから学んで、そのフランスは、アメリカの独立に影響されて国民が生まれるっていう・・・・・・なんか、歴史がつながっているよね。」

永松さん 「そうですね。こうして日本は、当時の国民国家の考え方に影響され、列強の仲間入りを果たします。しかし、国民国家同士の戦争は大規模な総力戦となり、悲惨な第二次世界大戦にまで行きついてしまいました。日本は、第二次世界大戦に敗れたことで、また国のあり方が変わり、現在に至ります。」

3.グローバル化の中の日本
  • 皇居前広場

マジカル・ヒストリー・ツアー、最後に訪れるのは、東京にある皇居前広場です。
第二次世界大戦に敗れた日本が、新しく生まれ変わるきっかけとなった、ある出来事を祝う人々がここに集まりました。

いったい、何があったのでしょうか。敗戦後の日本へ、マジカル・ジャンプ!

  • 日本国憲法施行
  • 資本主義と社会主義

第二次世界大戦に負けた日本は、アメリカの占領下で、戦後の体制作りが進められていました。
その柱となったのが、新しい憲法の作成でした。こうして誕生した新しい憲法が、日本国憲法です。現在も続く日本国憲法では、日本が戦争をしないこと、つまり「戦争の放棄」がうたわれました。
1947年5月3日、日本国憲法が施行されます。皇居前広場は、戦争の放棄が盛り込まれた新しい憲法の施行を祝う人々で埋め尽くされました。

しかし平和が訪れると思われた世界は、アメリカ中心の資本主義陣営とソ連中心の社会主義陣営に分かれ、激しく対立するようになりました。
この冷戦において、日本は資本主義陣営の一員として日米安全保障条約(1951年9月)を結び、さらに自衛隊を発足させました(1954年)。しかし日本は、戦後70年以上にわたり他国と戦争することなく、憲法を守り続けました。

  • パリ同時テロ事件
  • インフラ支援や農業支援などを行う

1989年12月、マルタ会談が開かれ、冷戦が終結します。これにより、世界が平和になると期待されました。
しかし冷戦が終わると、今度はテロが頻発するという新たな問題が発生しました。最近では、2015年11月に、パリ同時テロ事件がありました。
テロに対しては、武力で抑え込むだけでは解決になりません。その背景にある貧困や政治的混乱などを解決するための、国際的な連携が求められるようになっています。

その一環として日本は、内戦後のカンボジアでインフラ整備を行い総選挙の実施を支援したり、モザンビークやゴラン高原の平和維持を支援したりしました。そこでは、自衛隊が活躍しました。
また、アメリカの対テロ戦争で荒廃したアフガニスタンの復興を支援しています。再びテロの温床とならないよう、新たな取り組みとして、インフラ整備や農業支援などを行いました。
このように日本は、世界各地で、様々な支援を行っています。

  • 東日本大震災 福島原発事故
  • 歴史を学ぶことの意味

一方、2011年3月に日本が大きなダメージを受けた東日本大震災と福島での原子力発電所の事故の際には、160以上の国が援助を申し出ました。そして、この事故は、世界中にエネルギー政策の議論を巻き起こします。
グローバル化した現在、日本と世界はお互いに助け合い、緊密につながりあっています。


眞鍋さん 「グローバル化によって、世界のどこかで起きた出来事が、ものすごいスピードで波及していく世の中になったよね。これからは、地球そのもののあり方が変わっていく時代かもしれないね。」

永松さん 「そうですね。僕も歴史を学ぶことで、旅が面白くなるだけでなく、現在や未来を考えることにも役に立つのだと思いました。これらのことについて、歴史アドバイザーの先生に詳しくお聞きしましょう。」

Deep in 世界史
  • 羽田 正先生(東京大学 教授)
  • 18世紀前半 帝国の時代

マジカル・ヒストリー倶楽部の歴史アドバイザー、羽田 正先生(東京大学 教授)に歴史の深いお話をうかがいます。
今回は、「グローバル化」した現代で、私たちが世界史に学ぶことを考えます。


羽田先生 「今回は最後ですから全体を振り返って、今私たちが住んでいる時代、生きている時代をもう一度考え直してみようと思います。紀元前後から18世紀ころまでの世界を考えてみると、いろいろな国がありますが、基本的に『帝国』と呼ばれる形を持っていました。」

帝国とは、一人の君主の下に、様々な宗教や民族の人々が一緒に住んでいる世界です。

羽田先生 「帝国においては、少しぐらい不平等はあったかもしれないけれど、なんとかお互い共存する世界がありました。注意すべきなのは、帝国以外のところは、ただ人々がいるだけで帝国のようにしっかりした国の形がないところも多かったということです。」

  • 国民国家と植民地帝国
  • スクランブルドエッグ

羽田先生 「18世紀の終わりから19世紀にかけて、『国民国家』というものが出てきます。これは、まず西ヨーロッパで生まれ、日本もその影響を受けて国民国家になっていきます。国民国家というものは、その周りに植民地を持っていました。18世紀ころまでの『帝国』を卵料理で言うと、スクランブルドエッグだと私は思っているんです。様々なものが、混ざり合っている状態です。」

  • 目玉焼き
  • 黄身だけ

羽田先生 「18世紀終わりから20世紀前半の『国民国家+帝国』というのは、目玉焼きです。真ん中に国民国家という黄身があり、周りにある白身が植民地です。それが、第二次世界大戦以降、勝った国も含めて植民地がなくなり、世界中すべてが『主権国民国家』になりました。これは、黄身だけが残ったことになります。」

  • 非常に不安定な状況
  • 一年間、ありがとうございました!

羽田先生 「そういう風に考えると、日本のように昔から黄身がわりとしっかりしているところや、もともとスクランブルドエッグ状態だったのが白身になって急に黄身になるところなどがあるわけです。現在、世界中様々な状態で、黄身が出来上がっているわけですね。」

現在の主権国民国家は、様々な状態で出来上がっている、非常に不安定な状況だといいます。

羽田先生「黄身の部分がうまくいってないと、内戦が起こったりしますよね。それからグローバル化というのは、黄身と黄身を貫いて、黄身の中だけですべてが片付かずにぐちゃぐちゃになってしまう状態のことを言います。今、そういうことが起こっている。」

眞鍋さん 「これまでも、いろいろ考え方が変わってきた中で、もう今までの考え方が通用しない時代になってきているのかもしれないですね。」

羽田先生 「そうですね。きっと、また新しい時代に向けて、新しい考え方をしていかないといけないんでしょうね。そのときに、世界はどういう風になるんだろうということを、今から世界史を学びながら考えていかなければならないと思います。」

二人 「先生、どうもありがとうございました。」


眞鍋さん 「さて、一年を通してマジカル・ヒストリー倶楽部として世界を旅してきました。ここまで歴史はどんどん変わってきたし、これからも変わっていくし、私たちもその一部なんだなというのを、実感したよね。」

永松さん 「現代の目まぐるしく変わっていく世界の中で、いろいろなニュースを目にすることが多いんですけれど、歴史を知っていると物事を俯瞰してみることができるなあと思いました。」

羽田先生 「大事ですね、その話は。」

永松さん 「だから僕も、海外に歴史を感じる旅に出かけたいです。」

眞鍋さん 「そうだね。旅をして、これから未来にテイクオフ!」


一年間ご覧いただき、ありがとうございました!

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