NHK高校講座

世界史

今回の学習

第33回

アジアの独立

  • 世界史監修:東京大学名誉教授・放送大学客員教授 水島 司
学習ポイント学習ポイント

1.エリートと民衆 2.民族の発見 3.大戦のインパクト

  • 19世紀のインドと東南アジアの状況
  • 今回のテーマ

「マジカル・ヒストリー倶楽部」にようこそ!
今回のミッションは、「アジアの独立」です。

眞鍋さん 「これまでにインドでは、ムガル帝国とイギリス植民地支配の歴史を見てきたよね。今回はどんな歴史なのかな?」

永松さん 「今回は、東南アジアとインドが舞台です。左の地図は、19世紀のインドと東南アジアの状況です。インドはイギリス、ベトナムはフランス、インドネシアはオランダなどの植民地だったんです。」

眞鍋さん 「アジアは、植民地だったところが本当に多いよね。」

永松さん 「はい。今日は、インドを中心に、アジア独立の歴史をたどっていこうという旅です。」

  • 訪れる場所と時代
  • アジア独立の歴史

今回のビューポイントは、

1.エリートと民衆
2.民族の発見
3.大戦のインパクト

の3点です。

訪れる場所は、インドと東南アジア。時代は、19世紀から20世紀までです。

この時代、南アジアと東南アジアでは、ヨーロッパ諸国の植民地支配から脱しようとする独立運動が展開されていました。その中で、インドでも独立運動が盛り上がります。
まずは、イギリス植民地支配の下、独立運動を担ったインド人エリートが生まれた背景と運動の展開を探ります。

そして、1947年、インドはついに独立を果たします。
しかし、その独立は人々が思うものとは、必ずしも一致しませんでした。一体、それはどういうことだったのでしょうか。

マジカル・ヒストリー・ツアー、アジア独立の歴史をたどる旅へ、出かけましょう!

  • ガンディー
  • イギリスに留学して法律を学んだ

永松さん 「こちらは、インド独立の父といわれたガンディー(1869〜1948年)の写真です。」

眞鍋さん 「右の写真はよく見るけど、左は若い頃?フォーマルな洋服を着てて、イメージが違うね。」

永松さん 「実は、ガンディーはインドの地方勢力だった大臣の家に生まれ、インド帝国時代はイギリスに留学して法律を学びました。そして、弁護士として、南アフリカで人権運動に関わり活躍していたんです。」

眞鍋さん 「すごくインテリだったんだ!」

永松さん 「そういうことなんです。イギリス植民地体制の下、ガンディーのような、いわゆるエリート層が生まれました。」

1.エリートと民衆
  • デリー
  • 旧インド帝国総督府

マジカル・ヒストリー・ツアー、まずはじめは、インドの首都デリーを訪れます。
1911年、デリーは、イギリス領インド帝国の首都に定められました。今では、人口1千万以上の大都市となっています。
このデリーに、インド帝国の統治機関の中心である総督府が置かれていました。旧インド帝国総督府は、現在は大統領官邸として使われています。

イギリスは、どのようにしてインドを支配したのでしょうか。それを探るために、マジカル・ジャンプ!

  • インド帝国総督府
  • インド国民会議設立

イギリス領インド帝国時代、インドを統治するために設置されたのが総督府です。その行政システムは、約3億人ものインド人民衆を、6万人ほどのイギリス人官僚が支配するというものでした。
そのため、統治を補佐するインド人の人材を育成する必要が強くなります。そこで、英語で教育する大学などの高等教育機関が作られ、役人となる人材を育てていきました。

こうして、政府と民衆の間に、インド人の新しいエリート層が生まれることになります。
1885年、これらのエリート層が中心となって、インド国民会議が設立されました。彼らは、やがて政治組織・国民会議派として、インド独立運動の母体になっていきます。

  • ベンガル分割令
  • 全インド・ムスリム連盟結成

これに対し、イギリスは、ヒンドゥー教とイスラームの宗教対立をあおることで、独立運動を分断しようとします。
その一例が、1905年のベンガル分割令です。独立運動の中心地・ベンガルを、ヒンドゥー教徒多数派とムスリム多数派の地域に分割することを画策しました。
また1906年、国民会議とは別に、ムスリムの政治組織である全インド・ムスリム連盟を結成させます。

イギリスは、このような分断政策によって、インドの独立運動を阻止しようとしました。

  • ベンガル分割令がきっかけで反英闘争が激化していく

眞鍋さん 「インドで英語を話せる方というのはすごく多いけど、その始まりは、イギリスの支配を補佐する人材を育てることが目的だったんだ。その人たちが、エリート層になっていくわけだね。」

永松さん 「そのエリート層で結成されたインド国民会議は、当初はイギリスに協調的な組織でしたが、次第に自治を求める動きが強まっていきます。さらに、ベンガルを宗教で分割するという法律がきっかけで、反英闘争が激化していくんです。そんな中、ガンディーが登場します。」

眞鍋さん 「いよいよガンディーの登場?」

永松さん 「国民会議の指導者になったガンディーは、様々な方法で民衆を引きこんでいきます。さらに、ガンディーの行動は、インドの人々に民族としての自覚をもたらしました。」

2.民族の発見
  • 第一次世界大戦
  • ローラット法制定

1914年、第一次世界大戦が勃発しました。イギリスの参戦によって、インドも戦争に巻き込まれ、インド兵も戦地に送られます。
イギリスは、終戦時に自治を与えるとインドに約束し、戦争に協力させました。しかし、戦後に与えられたのは地方行政の一部のみで、統治の実権はイギリスが握り続けました。それは、自治とはほど遠いものでした。

第一次世界大戦後、世界的に民族による独立運動が高まり、それはインドにも大きな影響を及ぼします。
1919年、この独立運動を弾圧するために、イギリス植民地政府は「ローラット法」を制定しました。これにより、インド人を逮捕状なしで逮捕したり、裁判なしで投獄できるようになりました。

  • 非暴力・不服従
  • 塩の行進

こうした時期に帰国し、新しい指導者となったのが、ガンディーでした。
ガンディーは、「非暴力」でありながらも決してイギリスに服従しない「不服従」という独立理念を掲げ、運動を一般大衆にも広げていきます。
この運動は一度は挫折しますが、ガンディーは意外なものを持ち出します。それは、塩でした。

1930年、ガンディーは、「塩の行進」を行います。
当時、生活必需品である塩の製造・販売はイギリスが独占し、高い税金をかけていました。ガンディーはこれに反対し、インド西部の都市から海岸まで約380キロメートルの道のりを歩き、かつて自由に行われていた海水から塩を作るという行動に出ました。

ガンディーが塩に注目したのには、理由がありました。塩には宗教的な色がなく、どんな人々でも食生活には欠かせないものであったためです。
ガンディーは、塩をインドの多種多様な民衆を一つにまとめるためのシンボルとしました。
このガンディーの運動によって、インドの民衆の間では、インド人という民族としての意識が高まっていきました。

  • 水島先生
  • ネルー

インドで独立運動が起こる前、人々の間ではインド人としての民族の意識は薄かったのでしょうか。
マジカル・ヒストリー倶楽部の歴史アドバイザー、水島 司先生(東京大学 教授)にお話をうかがいます。


水島先生 「ガンディーは、いろいろな方法を使って、民衆を民族運動の中に引き込むことに少しずつ成功していきました。そして、今度は、エリートを民衆の方に一体化させることが必要になったわけです。」

そのような中、ガンディーの後を継いだのが、ネルーでした。

水島先生 「ネルーは、ずっとイギリスで生活していて、大変な大金持ちの息子で弁護士もやっていました。ところが、ガンディーの教えとその運動に自分も身を投じることによって、自分たちはインド人なんだと感化され、『インドの発見』という有名な本を書きます。彼は、自分の生き方を大きく変えて、インド人として生きていこうと民族運動に入っていきます。」

  • ムスリムとヒンドゥー教の問題
  • ジンナー

眞鍋さん 「そうやって、インドの中が一つにまとまったわけですか? 」

水島先生 「ところが、民衆とエリートの問題だけでなく、実はもっと大きな問題がありました。ムスリムとヒンドゥー教の問題です。ヒンドゥー教の方が数的に非常に多く、ムスリムは少数派でした。そういう中で民族運動をしていくとムスリムは、自分たちは少数派のため、なかなか主導権を握れないのではないかと思うようになります。初期にはガンディーと全インド・ムスリム連盟の指導者だったジンナーが、仲良くする場面もありました(右写真)。ところが、双方が協力し合って運動しようという時期は、そんなに長くは続かなかったんです。」

永松さん 「そこで、また大きな戦争が起こるんですよね。それでは、その時代に、マジカル・ジャンプ!」

3.大戦のインパクト
  • クイット・インデイア
  • 全権委譲を決定

1939年、第二次世界大戦が始まります。
イギリスは、このときもインドに戦争協力を要請しました。しかし、インド国民会議派はこれを拒否し、非暴力の抵抗運動を始めます。「クイット・インディア」、つまり「イギリスはインドから出ていけ」と唱えたのでした。

一方、全インド・ムスリム連盟は、少数派である自分たちの権利を守ろうとする行動に出ました。
1940年、「パキスタン」建国を宣言し、インドとは別の国としての独立を訴えます。

第二次世界大戦が終わると、インドでは、独立への動きがさらに強くなっていきます。二度の大戦で国力が衰えたイギリスには、それをおさえる力は残っていませんでした。
1947年、ついにイギリスは、インドに全権委譲を決定します。

  • パキスタン分離独立
  • ガンディー暗殺

しかし、インド国民会議派と全インド・ムスリム連盟との溝は埋まりませんでした。
そのため1947年、ヒンドゥー教徒が多いインドと、ムスリムが多数派のパキスタンとに分かれて独立することになります。この独立で、パキスタンは東西に離れた領土を持つ国になりました。

独立の翌年の1948年、ガンディーは、ヒンドゥー過激派の青年によって暗殺されました。
その後、1971年にはパキスタンでの東西対立が深まり、東パキスタンは「バングラデシュ」として独立することになります。
ガンディーの願った「一つのインド」は、結局かなうことはなく、三国に分かれる結果となりました。

  • インドとパキスタンの対立は現在も続いている

眞鍋さん 「ガンディーの功績は大きかったけど、インドを一つにという願いは叶わなかったんだね。でも、バングラデシュやパキスタンという国の成り立ちには、そういう流れがあったんだ。」

永松さん 「インドとパキスタンとの対立は、現在も続いています。三度にわたる戦争も起こっているんです。」

眞鍋さん 「今起こっている国際問題は、歴史の流れの中でできた根深いものがあるんだね。」

  • ベトナム独立
  • 冷戦構造に影響を受けながら進んだ

第二次世界大戦の後、インド以外のアジア諸国も独立の動きを強めました。

1949年、インドネシアは、オランダと戦って独立を果たします。
1954年、ベトナムは、フランスとの第一次インドシナ戦争の後に独立しました。しかし、戦後、国が南北二つに分裂してしまいます。北にはソ連や中国などの社会主義陣営に支援された国が、南にはアメリカなどの資本主義陣営に支援された国が成立しました。

アジア諸国の独立は、民族や宗教の違いだけでなく、米ソが対立する冷戦構造に大きな影響を受けながら進められました。

Deep in 世界史
  • 第二次世界大戦後
  • 朝鮮戦争、ベトナム周辺で戦争が起きた

歴史アドバイザーの水島先生に、再度、歴史の深いお話をうかがいます。
今回は、独立を遂げた国々のその後の運動についてです。

水島先生 「今日は、こうやって独立を遂げた国々、特にアジア・アフリカの国々が、その後どのような運動をしていったかについてお話しします。第二次世界大戦後というのは、ソ連を中心とした陣営と、アメリカを中心とした陣営が激しく対立した時代なんですね。その結果、その狭間のところで、いろいろな紛争や戦争が起きています。例えば、日本のすぐ近くでは、朝鮮戦争が起こりました。また、当時のインドシナ、現在のベトナム周辺地域でも戦争が起こりました。」

アジア・アフリカ会議

水島先生 「せっかく一生懸命やって独立したのだから、このような戦争状況を何とかしたいと思う人たちが集まって、平和のための会議をしようということになります。それが、アジア・アフリカ会議です。1955年、インドネシアのバンドンで開かれ、29カ国が参加しました。写真は、その国々の地域と国旗を示しています。」

  • 平和十原則
  • 次回もお楽しみに

眞鍋さん 「これだけたくさんの国が集まって、どういうことが話し合われたんですか?」

水島先生 「ソ連を中心とした陣営と、アメリカを中心とした陣営のどちらにもくみしない。これを第三勢力、あるいは、同盟しないということで非同盟主義と呼びます。そういう形で平和を導こうと集まった結果、平和十原則という宣言を出しました。人類の平等を前提として、大小問わず、すべての国の平等を導きたい。それから、国際紛争があっても、何とか平和的手段で解決しようというような内容になっています。」

永松さん 「これができたことで、平和になったんですか?」

水島先生 「それが、なかなか難しいんですね。実は、会議の中心だった中国とインドが、1962年に国境で武力衝突を起こしてしまいます。このように内部で統一がとれなかったことがあり、なかなかうまくいきません。」

眞鍋さん 「残念ですね、せっかく会議をしたのに……。」

水島先生 「それで、アジアやアフリカが中心となって平和への希望を実現することができなくなったかというと、やはり平和への希望というのはどこの国でもあります。先ほど中国とインドとの国境紛争の話をしましたが、近年では、中国の品物が大量にインドへ入っています。その逆もあって、貿易関係が非常に大きくなっています。双方で仲良くやっていこうという動きが、そういう経済関係を通じて、うまく実現していけばいいなと私は思っています。」

二人 「先生、本当にありがとうございました!」

眞鍋さん 「今回はインドの歴史を見てきたけど、すごく今につながる国際情勢みたいなものが見えたね。」

永松さん 「そうですね。それと、ガンディーのすごさを改めて実感しました。」


次回もお楽しみに!

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