第35回 現代世界の地誌的考察
【現代世界の諸地域】編
石原良純さんが所長を務める、「フィルドストン研究所」。
新人所員は籠谷(こもりや)さくらさんです。
さくら 「今回の依頼は、フィギュアスケートのファンからみたいですよ。」
「ロシアと言えばザギトワちゃんしか知らないけど、他には日本とどんな関係があるの?」
これが、今回の依頼です。
所長 「確かにザギトワ選手は親日家のようで、日本にもファンは多い。でもロシアと日本の関係は、それだけじゃないんだぞ。ロシアは日本にとってすごく大事な国なんだ。」
まずは、ロシアの自然と民族について見ていきましょう。
ロシア連邦の面積は実に日本の45倍。
東西に広いため標準時が11もあり、国内でも最大10時間の時差があります。
全国は8つの連邦管区からなり、大きくはウラル山脈より西のヨーロッパロシアと、東の「シベリア」、さらに東の「極東ロシア」に分けられます。
気候を見ると、ロシアの国土の大半は寒帯と亜寒帯に属します。
シベリア北部の「タイガ」と呼ばれる針葉樹林の下には、1年中凍結している「永久凍土」が広がっています。
シベリアから北極海へ注ぐ、長さ4,400kmのレナ川。
川幅は、広いところでは20kmにもなりますが、冬には、その川全体が凍結してしまいます。
それが春になると上流から解け出して、岸辺では川の氾濫が起こります。
これによって周辺の村に被害が及ぶこともありますが、悪影響だけではありません。
すっかり水浸しになってしまった牧場(左図)も、2週間後にはご覧の通り(右図)。
降水量の少ないこの地方では、牧草を育てるための水を得るのに、レナ川の氾濫が欠かせないのです。
ロシアの民族を見てみると、人口のおよそ80%を占めるのがロシア人。
ロシア語を話す人たちです。
主な宗教は、キリスト教の1つである「ロシア正教」。
聖ワシリー大聖堂は、そのシンボルとして有名です。
そんなロシア正教の伝統行事で、キリストの洗礼にちなんで、真冬に行うものがあります。
−4℃の池に、水着でつかっていく信者たち。
聖職者が清めた聖水を飲んだり浴びたりすることで、無病息災につながるのだそうです。
広大なロシアは、ロシア人のほかにもおよそ200の民族が暮らす、多民族国家でもあります。
トルコ系民族のタタールは、イスラームを信仰しています。
また極東ロシアには、各地に少数民族が暮らしています。
トナカイの遊牧をして生活するウィルタ。
そして、日本人と外見がよく似ているウデヘやナナイも、この地方の狩猟民族です。
それでは次に、日本とロシアの歴史的な関係を振り返ってみましょう。
所長 「そもそもロシアは帝政ロシアとして誕生した国だ。初代皇帝がこのピョートル1世。その帝政ロシアが1917年のロシア革命で崩壊して、1922年、世界初の社会主義国『ソビエト社会主義共和国連邦(ソ連)』が建国されたわけだ。」
当初、日本はソ連と敵対関係にありましたが、1925年に日ソ基本条約を締結。
さらに第2次世界大戦中には、日ソ中立条約を結んで互いに侵略しないことを約束しました。
ところが1945年8月、ソ連は条約を無視して参戦し、日本が進出していた満州国や朝鮮半島北部、ほかにも南樺太や千島列島を占拠してしまいました(左図)。
さくら 「今もよく『北方領土返還』って言うのは、その時ソ連が占拠したからなんですね。」
所長 「その後、1956年に日ソ共同宣言が調印され、日本とソ連の国交は回復したんだが、北方領土問題は持ち越されているわけだ。」
さくら 「あんまりいい関係じゃないんですね、日本とロシアって。」
所長 「いやいや、そうとも言えんぞ。この図を見てごらん。今では日本の45を超える自治体が、ロシアの都市と姉妹都市の関係を結んでいるんだ。」
さくら 「どうしてそんなに仲良くなったんですかね?」
所長 「ロシアの社会が、次第に変わっていったことが原因だな。次はロシアの社会と経済の変化を見てみよう。」
社会主義のソ連では、政治的には共産党の一党支配が行われ、市民の自由は制限されていました。
こうした中、次第に「計画経済」の効率が低下し、西側資本主義諸国に立ち遅れるなど、ソ連の社会主義の矛盾が強まっていきました。
そんなソ連という国をどのように捉えているのか、現代のロシア人からは、
「ロシア革命がなかったら、今、私たちが生きている世界はなかったでしょう。」
「ロシアは革命なんかなくても発展したと思います。革命は全ての家庭にとても多くの悲しみをもたらしました。」
といった声が聞かれました。
共産党の支配体制が揺らぐ中、1991年「バルト3国」が独立したのをきっかけに、ソ連は解体されました。
ロシアを始め、連邦を形成していた諸国は、それぞれ独立国家となります。
その後、これら多くの諸国は、旧ソ連地域で相互に協力し合う「独立国家共同体(CIS)」を結成しました。
1990年代、計画経済から「市場経済」への急激な転換に伴う混乱で経済は落ち込み、国民生活は大打撃を受けました。
しかし、その後ロシア経済は豊富な原料・エネルギー資源の開発によって立ち直り、現在世界有数の原油・天然ガスの輸出国になっています。
日本もロシアから、1年間に数千億円にのぼる石油と天然ガスを購入しています(左図)。
開発の中心となっているのが、極東ロシアのサハリン、もとの樺太です(右図)。
多くの外国企業が進出し、景気が急上昇。
高級料理の日本食レストランも、週末は満席です。
また、ロシアの農業も、現在自給率の向上が図られ、大きな成長を見せています。
かつてのソ連時代には、国営農場のソフホーズや、集団農場のコルホーズが生産の基盤でしたが、現在では大規模な農業企業や個人独立農場である農民経営が中心です。
一方、夏になるとバスに乗って、都市部から郊外へやって来る人たちがいます。
行き先は「ダーチャ」と呼ばれる菜園つきの別荘。
ここで野菜を育てて収穫し、自給するというシステムが、ソ連時代から続けられています。
「BRICS」の一国として将来性が注目されたロシア。
しかし、産業が価格変動の激しい原料・エネルギー資源の採掘に偏っていて、ハイテクなどの製造業の発展の弱さが問題とされています。
そしてもう1つの問題が経済格差です。
ウラジオストク近郊の農村に住むオリガ・リトビンツェワさん。
収入は毎月12,000円の年金だけです。
蓄えがないため老朽化する自宅の修理もできず、電気も水道もない生活を5年以上続けています。
オリガさん 「ここには製造業も仕事もなく、生活は悪くなるばかりです。私は犬のようにおなかをすかせています。本当に絶望しています。」
こうした地方の農村と、モスクワやサンクトペテルブルクなどの大都市との経済格差も、大きな問題となっています。
所長 「日本は石油も天然ガスも、かなりロシアのお世話になっているんだ。ただし、ヨーロッパではロシアからの天然ガスの輸入で、トラブルが起こったことがあるんだ。
ロシアとヨーロッパを結ぶパイプラインの図を見てみましょう。
このパイプラインを使って、ロシアは天然ガスを各国に販売しています。
ところが、ウクライナはガスの料金をめぐって何度もロシアと衝突しました。
その度にロシアは、ウクライナへのガスの供給をストップしたのです。
さくら 「そうすると、ウクライナが困りませんか?」
所長 「いや、ウクライナはヨーロッパに向かうパイプラインからガスを抜き取って利用したんだ。すると、どうなる?」
さくら 「ウクライナの先のガスが足りなくなって、チェコやスロバキアが困ってしまいます!」
所長 「そのとおり。チェコやスロバキアが困ったんだ。実際にこういうことが起こって、ヨーロッパの一部が混乱したんだ。そこで、今ではウクライナを経由しないで、バルト海を通って直接ヨーロッパにガスを届けるパイプラインが建設されたんだ。」
さくら 「ロシアのエネルギー資源って、国際関係で強い影響力があるんですね。」
ロシアと日本はさまざまな分野で結び付きを深めていくことが大切です。
次は、日本とロシアの、交流のいまを見てみましょう。
北方領土問題は残るものの、日本とロシアは隣国として緊密な関係を築いています。
貿易では、エネルギー資源以外にも、水産物や木材などがロシアから輸入されています。
一方日本からは、中古車や機械製品の輸出が盛んです。
極東ロシアのショッピングモールでは、日本食が大人気!(左図)
さまざまな日本製品が売られています。
中でも人気の高いのが、日本産の野菜や果物。
そこで日本の企業が、農業技術を提供するケースも出てきています。
冬には氷点下20℃まで下がるハバロフスクですが、この温室では見事なトマトが実っています(右図)。
実は、これは日本とロシアの合弁会社の施設。
日本の温室栽培技術を導入することで、毎日3トンもの野菜を収穫できるようになったといいます。
日本の技術が、ロシアの農業を変えつつあるのです。
スポーツや文化の面でも、日本とロシアには深い関係があります。
インターネットやケーブルテレビの普及によって、日本の相撲の認知度も急上昇(左図)。
各地で大会が開かれています。
さらに、若者の間ではコスプレも大人気。
首都モスクワでは盆踊りも(右図)。
日本大使館と地元の企業が企画したこのイベントには、2日間で93,000人もの人々が集まりました。
現代のロシア人の多くが、日本によい印象を抱いてくれているのは確かなようです。
ロシアは、今後どうすればもっと発展していくのでしょうか?
研究所のブレーン・関啓子先生に伺います。
関先生 「なかなか特効薬はないかもしれませんが、3つほどポイントを挙げてみたいと思います。」
1つめは、「資源依存からの脱却」です。
石油や天然ガスなどの資源への依存型経済を改め、製造業、特にハイテク産業などで国際競争力を強める必要があります。
2つめは、「インフラの整備とシベリア極東の経済発展」です。
鉄道や道路などのインフラを整備し、広大な国における地域間の結び付きを強め、地域間格差を是正することも重要です。
3つめは、「人材養成」です。
こうした課題に取り組むためには人材養成が急務です。
ソ連解体後の混乱期に、優秀な人材が国外へ大量に流出しました。
ハイテク産業の発展などを担う人材の養成が課題です。
関先生 「日本とロシア両国の人々は、相互の文化に深い関心を持っています。学術や文化の交流を一層活発化し、相互の経済発展と極東の平和に資することが望まれますね。」
それでは、今回の依頼に対する答えです。
さくら 「日本はロシアから貴重な資源を輸入し、文化や農業技術を提供している。今後も密接な関係を築くべき。ということだと思います。」
それでは、次回もお楽しみに!
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