第11回 第1編 物体の運動とエネルギー
サークルの合宿での出し物に向けてテーブルクロス引きの練習をしているノブナガですが、なかなか上手くいきません。
そこへお父さんがやってきて、お手本を見せます。
父 「プラスチックのコップじゃ、軽すぎるんじゃないかな。ノブナガ、ガラスのコップに変えてみようか。」
母 「お願いだから、ガラスのコップは壊さないでよ!」
父 「それじゃ、いくよ!えい!」
母&リコ 「すご〜い!」
ノブナガ 「どうしてこんなことできるの?」
父 「それはね、止まっている物体の場合、外から力がはたらかなければ、そのまま止まり続けようとする『慣性』があるからなんだよ。」
リコ 「それなら中学で習ったよ。『慣性の法則』だよね!」
父 「そう、リコ、よく覚えていたね。正確に言うと慣性の法則は、物体は、他から力がはたらかなければ、静止している物体は静止し続ける。動いている物体はそのままの速度で等速直線運動を続けるということなんだ。テーブルクロス引きでは、静止しているコップがその場に静止し続けようとする性質を利用しているわけだね。」
ノブナガ 「でも、どうしてガラスのコップに替えたの?」
父 「それは、テーブルクロスを引くときに、どうしても少し力がはたらいちゃうんだ。そこで、コップを重くしたほうが動きにくいからなんだ。」
父 「実は慣性の法則は、みんなも生活の中でよく使っているんだよ。たとえば、お母さんが持っているその塩は、どうやって使う?」
母 「普通に振って使うわよ。」
父 「瓶を振ると中の塩も一緒に動いていく。でも、突然止めてしまうから、中の塩はそのまま等速直線運動をして穴から外に飛び出すんだ。」
母 「へー、お料理に塩を振るときに、慣性の法則を使っていたんだ。」
父 「リコだって、そのプリントをどうしようとしてる?」
リコ 「これは国語の宿題だから、慣性の法則とは関係ないよ。」
父 「バラバラだったプリントを揃えるために、机の上でトントンとしたよね。このとき、机に当たる前の紙はそのまま下に向かって動こうとする。机に当たった紙は止まる。つまり、まだ机に当たっていない紙はそのまま等速直線運動をしようとして、机で止まってそろう。慣性の法則を使っているんだ。」
リコ 「私も慣性の法則を使ってたんだ。」
父 「みんな、知らず知らずのうちに慣性の法則を使っているんだよ。」
父 「まず、慣性の法則がどのように生まれたのかということなんだけど。今から約400年前、イタリアの天文学者で物理学者でもあったガリレオさんはこんなふうに考えました。斜面の上にボールを置いて手をはなすと、ボールは加速しながら斜面を下っていく。そして今度は、上り坂の斜面を減速しながら登り、途中で邪魔するものが何もなければ、元と同じ高さまで上がる。」
父 「上り坂の斜面の傾斜を緩めたとき、やはり邪魔する力が何もはたらかなければ最初の位置と同じ高さまで上がってくるだろうと考えたんだ。ということは、下向きの加速の原因と、上向きの斜面の減速の原因があると考えれば、もしも上り坂を水平にしてしまえばどうなるだろう。水平面では、加速や減速の原因がないのだから、ボールはいつまでも一定の速さで運動する。つまり、物体の自然な運動は等速直線運動であると考えたんだ。」
ノブナガ 「止まっているのではなくて、等速直線運動が自然な運動ってこと?」
父 「そして、その後、リンゴで有名なニュートンさんはこんなふうに考えたんだ。『何もしなければ、何も起こらない』。」
母 「『何もしなければ、何も起こらない』。……そんなの当たり前じゃないの?」
父 「そうなんだけど、これが意外に含蓄(がんちく)のある言葉なんだよ。前に、力とは『運動の様子を変えるもの』ということを勉強したよね。」
リコ 「覚えてる。止まっているものを動かしたり。」
ノブナガ 「動いているものを止めるのも、力のはたらきだったよね。」
父 「そう。ということは、物体に力がはたらかなければ、静止している物体は静止を続ける。運動している物体はその速度で等速直線運動を続ける、ということになる。だとすれば、動き出す原因がなければ静止したまま、あるいは止まる原因がなければ等速直線運動を続けるはずだ。それがニュートンさんの考えた慣性の法則なんだよ。」
母 「でも、本当に動き続けられるものなのかしら。」
リコ 「普通は、ボールを投げてもすぐ落ちてきちゃうしね。」
父 「確かに、地球上ではいろいろな力がはたらくからね。でも、もしそんな力がはたらかなかったらどうなるかな?それが確かめられる場所もあるんだ。」
地上約400kmに浮かぶ国際宇宙ステーションの中は、重力のほとんどない場所です。
ここでは、物体はどのように運動するのでしょうか。
地上ではすぐに落ちてしまうボールも、一定の速さでまっすぐに動き続けます。
ボールペンではじいた球も、同じ速さでまっすぐに動いています。
物を投げ上げたときも、同じ速さでまっすぐに進んでいきます。
重力がほとんどはたらかない場所では、物を投げると等速直線運動になってしまいます。
慣性の法則は、宇宙でしかわからないことなのでしょうか。
お父さんは、慣性の法則を実感できるものを用意していました。
引っ越し業者の人が重いものを移動させるときに使う道具です。
椅子の下に小さな穴がたくさんあいたエアバッグが取り付けてあります。
父 「エアバッグに空気を吹き込むと、下から空気が噴き出して浮き上がるから、摩擦が小さくなるんだ。」
リコ 「うわ、浮いた。」
父 「じゃあ、お父さんが押すから。せーの!」
リコ 「うわ〜、滑ってる!」
母 「ほんと。今度はこっちから押すよ。はい!」
父 「違う向きに力を加えると、速度が変化するんだよね。摩擦がほとんどないから、少し力を加えただけでも、すーっと動くんだ。」
母 「でもこれ、やっぱりいずれは止まっちゃうのよね。どこまでもずーっと滑っていくってわけにはいかないのよね。」
父 「そうなんだよね。空気抵抗もあるし、下に噴出している空気の流れの抵抗もあるかもしれないね。」
ノブナガ 「結局のところ、地球にいる限り、いろんな力がはたらいてきちゃうってことだね。」
父 「そういうことだね。空気抵抗や摩擦力、それに重力の影響はまぬがれることはできないということなんだ。」
リコ 「やっぱり、宇宙に行かなきゃダメなんだ。」
父 「厳密に言えば、宇宙でも地球や太陽の重力の影響がゼロになるわけじゃないんだよね。」
母 「それじゃ、純粋に慣性の法則が成り立つ場所なんて、どこにもないってことじゃない。そんな法則なんて意味あるの?」
父 「それはね、たくさんの力の影響を知るためには、まず、いろいろな力がはたらいていない状態を考えないといけないということなんだ。つまり、純粋に慣性の法則が言うところの『力がはたらかない』っていう状態を誰も見たことはないんだけど、複雑な力学を考えるためのベースになる法則なんだ。それがあった上ではじめて、たとえば空気抵抗の影響が計算できるわけだ。」
母 「なんだか難しいけど、やっぱりニュートンさんはえらいんだ。」
父 「難しいことは抜きにして、今度は、慣性の法則を使ったクイズをやってみようか。」
【第1問】エレベーターに乗って、上がって下りるとき、2度ふわっとする瞬間があります。それは、いつといつ?」
リコ 「上に上がっていって止まったときと、エレベーターが下りる瞬間?」
父 「まずは、上がっていって一番上で止まろうとしている瞬間だね。それまで等速で運動していたエレベーターが急に止まろうとする。だけど体はそのまま上昇し続けようとしているので、フワッとした感じになる。今度はエレベーターが下りようとしたとき。エレベーターは動き始めてしまうので、そのまま止まり続けようとしている体はフワッとする。」
【第2問】発泡スチロールの球に糸をつけて、水で満たされた水そうの中に浮かせてあります。この水そうを急に右に動かすと、中の玉はどのように動くでしょうか?
ノブナガ 「球はその場に残ろうとして、動かした方とは反対方向に揺れる……?」
水そうを右に動かすと、ノブナガの予想とは逆に、中の玉も右に動きました。
このようになる理由は、水にも慣性があるためです。
水がその場に残ろうとすることで、それよりも軽い発泡スチロールは水に押し出されるようにして、前に行ったのでした。
【第3問】左写真で、ハンマー投げの選手が回転して、ハンマーを回しています。どの位置で手を放すと、ハンマーを矢印の方向に投げることができるでしょうか?
お母さんの予想は、飛ばしたい方向の90°手前辺りで放すというものです。
回転しているハンマーは、それを持っている人の方に引っ張られながら、右図のそれぞれの位置にある瞬間には赤く細い矢印の方向に進もうとしています。
図の下の位置で手を放すとハンマーには力がはたらかなくなり、慣性の法則によって等速直線運動をしていきます。
つまり、図中で右の方向へ飛ばすには、下の位置で手を離せば良いことになります。
お母さん、大正解です!
母 「ノブナガ、サークルの合宿の出し物はどうなったの?」
ノブナガ 「ああ、そうだった。テーブルクロス引き、練習しなくちゃ。」
父 「それもいいけど、こんなのはどうかな?瓶の上にプラスチックの輪っかを乗せて、さらにその上にこのキャップを乗せます。そして、この輪をポンッと取り除いたらどうなるか。」
見事にキャップが瓶の中に入りました!
ノブナガ 「これも慣性の法則なの?」
父 「そうなんだよ。急に輪っかがなくなってしまったから、それまで支えていたものがなくなったキャップは慣性の法則で止まろうとする。そして、そのまま真下に落ちたというわけなんだ。」
母 「なるほどね。さすがお父さん。」
父 「ね。慣性の法則ってすごいでしょ?」
〜お父さんのひと言〜
慣性の学習では「何もしなければ何も起こらない」という話をしましたよね。
それは、当たり前なのでしょうか?
何もしなければ空中の物体は必ず落ちていく、それが当たり前。
動いている物体は必ずいつか止まってしまう、それが当たり前。
ニュートンやガリレオ以前の人は、そんなふうに考えていたんです。
力と運動の関係を考えるために、力を加えなければ物体の運動の様子が変わらない……ということを出発点としたところが、慣性の法則の大切なところなんです。
何もしなければ、何も起こりません。
たった一度限りの人生です。
何か、してみませんか。
それでは、次回もお楽しみに!
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