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ラジオ防災特番「南海地震に備えちょき 津波から命を守るために」~東日本大震災の被災地から高知へのメッセージ~

放送日時

【ラジオ第1】2019年 12月7日(土) 午後 4:05~4:55【放送終了】

番組概要

ゲスト

高知大学防災推進センター客員教授 岡村 眞さん

高知大学防災推進センター客員教授

岡村 眞さん

番組内容

(1)証言① 南三陸町役場 三浦勝美さん“高台へ逃げる重要性”

宮城県南三陸町(みなみさんりくちょう)。東日本大震災で激しい揺れと津波に襲われ、死者・行方不明者は800人以上、町は壊滅的な被害を受けました。
沿岸部の志津川地区(しづがわ)には、土が盛られ造成された高台に商店などが移転しています。その高台のそばに残る、赤い鉄骨がむき出しになった建物。南三陸町の旧防災対策庁舎です。東日本大震災では、3階建ての庁舎の屋上を超える津波に襲われ、屋上に逃げた住民や役場の職員など、およそ30人が津波に流され亡くなりました。そのとき九死に一生を得た南三陸町役場に勤める三浦勝美(みうら・かつみ)さんの証言から、高台へ逃げる重要性を考えました。

(2)証言② 元南三陸町立戸倉小学校 校長 麻生川敦さん“高台にとどまって”

東日本大震災の発生当時、宮城県南三陸町立戸倉(とぐら)小学校の校長だった麻生川敦(あそかわ・あつし)さん。
児童91人と小学校にいるときに、激しい揺れが襲いました。「屋上に逃げるべきか、高台に逃げるべきか」判断を迷ったその時、「校長先生、高台ですね」という教頭の一言で、高台への避難を決断します。そのあと目にしたのは、屋上の高さまで津波に飲み込まれた校舎の様子。児童と一緒にさらに高い場所にあった神社に逃れ、命は守られました。
その一方で、麻生川さんにはある後悔があると語りました。それは、避難の途中、家に戻りたいという同僚の女性教師を止められなかったことだといいます。麻生川さんの証言から、高台に留まる重要性を考えました。

中道この道逃げる道
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