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【らんまん】万太郎(神木隆之介さん)のモデルが残した宝の山

朝ドラ 主人公のモデル・牧野博士のもうひとつの功績
  • 2023年05月12日

朝ドラ『らんまん』第6週では、万太郎が植物標本に愛と情熱を注ぐ様子が描かれました。
万太郎のモデルで植物学者の牧野富太郎博士は、生涯を通して40万枚もの植物標本を集めました。
標本を保管するのに使われたのは新聞です。
実はその新聞が、全国各地の“失われた歴史”の空白を埋める貴重な資料になっているのです。
牧野博士のもうひとつの功績に迫ります。
(高知放送局 ディレクター 篠塚茉莉花)  

万太郎の大荷物の中身は…?

植物学の道に進むため東京に出た万太郎。
まずは下宿を探しますが、どの大家からも「荷物が多すぎる」と断られてしまいます。

荷物のほとんどは、万太郎が高知で採集した植物標本。
よく見てみると・・・

新聞紙の束のようです。
実際に牧野富太郎博士も、植物標本を保管するのに新聞紙を使っていました。

牧野博士が残したもの

「私は胴籃(どうらん)を下げ、根掘りを握って日本国中の山谷を歩き廻って採集した」
(牧野富太郎『牧野富太郎自叙伝』講談社学術文庫 2004年)

植物を採集する牧野博士
手元で広げているのは・・・
画像提供:高知県立牧野植物園

牧野博士は94歳で亡くなる直前まで、沖縄県を除くすべての都道府県、さらに台湾や旧満州で多くの植物を採集しました。
さらに、それでも集めきれない植物を求めて、全国の植物愛好家に送るよう呼びかけました。

「日々の暮らしにも困るほど貧乏で、植物採集の費用がないので、植物標本を送ってほしい」と呼びかける通信文
画像提供:高知県立牧野植物園

こうして集めた標本はおよそ40万枚。

牧野博士と標本
画像提供:高知県立牧野植物園

このとき標本と一緒に集まったのが、全国各地の新聞です。
新聞紙は、吸水性が高く安価でどこでも手に入れられるため、昔から標本づくりで重宝されていました。

牧野博士の標本づくり
画像提供:高知県立牧野植物園

牧野博士の死後、残された未整理の標本は、新聞紙とともに現在の東京都立大学に設立された牧野標本館に寄贈され、そこで整理されることになりました。

東京都立大学 現在の牧野標本館
牧野標本館完成時の標本室

標本が整理されて不要になった新聞紙は、東京大学の明治新聞雑誌文庫に引き取られました。
明治新聞雑誌文庫はこれらを「牧野新聞」として整理・収蔵し、一部を高知県立牧野植物園に移管しました。

実はこれが、宝の山だったのです。

歴史の空白を埋める「牧野新聞」

新聞には、政治や経済、事件などのニュースをはじめ、人生相談や広告といったさまざまな情報が掲載されています。
その時代に起きたできごとだけでなく、人々の暮らしや文化などを知る手がかりになるのです。
地域の歴史を知るうえで貴重な資料なのですが、戦争や災害などで多くが失われてしまっています。

そのひとつが、沖縄の新聞です。
太平洋戦争の激しい地上戦によって戦前の新聞のほとんどが焼失しました。

こうした中で注目されたのが、牧野博士が残した新聞でした。
沖縄県は2017年以降、県立牧野植物園で9回にわたって沖縄の新聞が含まれていないか調査を実施しています。

牧野植物園での調査の様子
画像提供:沖縄県教育委員会

城間恒宏さん(沖縄県教育庁文化財課)
「調査ではこれまで見つかっていなかった日付の新聞が新たに8枚発見されました。
大正期の宮古・八重山のカツオ漁のデータなど、日々の暮らしがわかる情報も掲載されていました。
沖縄の新聞が保管されていたこと自体が驚きでしたし、調査しなければ埋もれていた歴史もあると思います。
戦前のタイムカプセルを開けるような気持ちで調査しています」

調査で新たに発見された沖縄の新聞
高知県立牧野植物園所蔵
画像提供:沖縄県教育委員会

「牧野新聞」からは、ほかにも戦前の朝鮮半島で発行されていた「京城日報」や北陸地方の「北國新聞」などが見つかっています。

『京城日報 補遺篇』(韓国教会史文献研究院)
画像提供:釧路短期大学 井上薫教授
出版された復刻版の中に、牧野博士のサインが・・・
画像提供:釧路短期大学 井上薫教授

地元・高知でも貴重な歴史資料に!?

東京大学の明治新聞雑誌文庫から県立牧野植物園に移管された「牧野新聞」は段ボール箱で200近く。
1箱の中に1000~2000枚の全国各地の新聞紙が入っています。

牧野植物園に保管されている大量の牧野新聞
画像提供:高知県立牧野植物園

これらの新聞は、沖縄県など一部の地域を除いてまだ整理が進んでいませんが、牧野博士の地元・高知について調査を進めた人がいました。
高知市立自由民権記念館の職員だった氏原和彦さんです。

氏原和彦さん

氏原さん
「高知県では、1945年の大空襲で県立図書館や高知新聞社が被害を受け、明治末期から戦前にかけての多くの新聞が失われました。
特に大正期の新聞は幻のようなものです。大正期の研究をしたくても新聞が残っていないために分からないことが多く、研究を進めるうえでネックになっています。
『牧野新聞』は歴史の空白を埋めてくれるかもしれないと考え、まずは高知県の新聞を抜き出して整理するところから始めました」

高知大空襲の被害の様子
高知市立市民図書館所蔵 寺田正写真文庫

氏原さんは2020年から2年かけて調査を行いました。
すると、現存していないと考えられていた日付の情報や、存在自体が知られていなかった新聞が見つかったのです。

現存していないと考えられていた
「土陽新聞」の明治35年11月16日号
発行6000号記念で土陽新聞の歴史が掲載されている
高知市立自由民権記念館所蔵

ただ、「牧野新聞」を歴史研究の資料として活用していくには課題もあるといいます。

氏原さん
「標本しやすいように一部が切られていることもあるので、不完全な記事も少なくありません。
まとまって残っていないと、歴史の流れを知る史料としては活用が難しいのが現実です。
ただ、データベース化されて広く一般に公開されれば、空白だった歴史のピースを埋める事実が発見される可能性があり、『牧野新聞』が残っている意味は大きいと思います」

「牧野新聞」によって存在が確認された
「高知タイムス」
標本しやすいように、下と左側が裁断されている
高知市立自由民権記念館所蔵

牧野博士が生涯をかけて収集した膨大な数の植物標本。
日本の植物学の基礎を築いただけでなく、地域の歴史を知る資料として活用されていることに、ロマンを感じます。
東京で植物学の道を歩き始めた万太郎の標本集めを応援しながら、これからもドラマを楽しみたいと思います。
(画像はすべて複写・転載禁止)

  • 篠塚茉莉花

    NHK高知放送局

    篠塚茉莉花

    2020年入局
    私がもっぱら愛と情熱を注いでいるのは高知の地酒と刺身です

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