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朝ドラ『らんまん』高知の当時の日本酒造りは?お味は?

  • 2023年04月18日

朝ドラ『らんまん』の主人公・万太郎の家が酒蔵であることから、ドラマでは日本酒を造るシーンが数多く登場します。 『らんまん』の舞台である幕末から明治にかけて、いったい日本酒はどんな味だったのか。土佐の酒造りを紹介します。 (高知放送局キャスター 城 あすか)

「峰乃月」東京の博覧会へ

『らんまん』第11回より

『らんまん』第3週では、主人公・万太郎の酒屋「峰屋」の酒を東京で行われる内国勧業博覧会に出品しようという話が持ち上がります。 第12回では伝統ある「峰乃月」を出品することになります。 ドラマでは万太郎の祖母タキをはじめとする面々が新酒の出来を確かめるシーンもありました。

これまでも何度も登場している、お酒造り。当時、お酒はどのように造られ、どんな味がしたのでしょうか。甘口好きの私が取材しました。

当時の土佐の日本酒を追って

当時の酒造りに関する資料を探して向かったのは、高知市の県立高知城歴史博物館。

幕末など近世史に詳しい学芸課長の藤田雅子さんに『らんまん』の舞台である幕末から明治にかけての土佐のお酒について、話を聞きました。

秘蔵! 酒造りの貴重な屏風(びょうぶ)絵

藤田さんの案内で、当時の酒造りの様子を知ることができる資料を見せてもらいました。

3人がかりで慎重に取り出したのは、日本酒を造る12の工程が描かれた屏風絵です。

酒造図屏風(司牡丹酒造所蔵)

高知城歴史博物館 藤田雅子さん
「『らんまん』の主人公のモデル、牧野富太郎博士のふるさと佐川町にある酒蔵が所蔵している
 屏風絵です。いまは博物館で預かっています。 誰がいつ描いたものか明確な記録はありませ
 んが、絵の様子などから、ちょうど幕末ごろのお酒造りの様子を描いたものだと思われます」

屏風に描かれているのは…?

まず藤田さんが説明してくれたのは、屏風の一番右に描かれた最初の工程です。

高知城歴史博物館 藤田雅子さん
「お米を玄米から精米しているところです。いまだと機械であっという間にできてしまいます
 が、当時は杵(きね)をつくような感じで、足で踏んで機具を動かしていました。一つ一つ人力
 で行われていて、非常に手間暇のかかる仕事だったと思います。」

またこちらは、蒸したお米に麹(こうじ)菌を振りかけ、発酵を進めている場面とみられています。

『らんまん』第12回では、酒造りに興味を持つ万太郎の姉・綾が蔵人から麹をもらって口にするシーンも描かれていましたよね。屏風絵を見ると多くの蔵人が着物をはだけるように脱いで作業をしています。麹菌の働きをよくするために、この工程は高温多湿の環境で行われていたそうです。

「羽織りの着物を着た人は誰でしょうか?」

高知城歴史博物館 藤田雅子さん
「きちんとした服を着ているので、杜氏さんかその酒蔵の偉い人だと考えられます。当時の酒は
 腐りやすいと言われていて、責任者にとっては全ての作業で気が抜けないと思いますが、
 麹を扱うこの工程は特に味を決める上で重要な作業なので様子を見に来ているのでしょうね」

「こちらは、完成したお酒が売りに出されているところに見えますよね。基本的には造り酒屋が
 直営で売酒を売るわけではなく、一度酒屋に卸されて、そこから一般の消費者に小売りで販売
 される流れだったと思われます。ここにも羽織りの着物を身につけた人がいますよね。
 そろばんを持っているので、もしかすると蔵の一番偉い旦那様かもしれません。」

本当ですね!色々なことが屏風絵から読み取れるのですね!

「屏風絵に説明書きなどはないので、想像するしかない部分も多いですが、当時の日本酒造りの
 様子がうかがえる貴重な資料です。逆手にとって色々と考えながら眺めるのも面白いですよ
 ね。」

『らんまん』第12回で描かれる麹室のシーン

藤田さんによると、土佐藩主・山内家がまとめた資料集の中では、江戸時代から明治時代にかけて、県内では200軒に迫るほどの酒蔵で日本酒を造っていたと記録されています。最も大きい産地は高知城の城下町でしたが、郡部や港町などの津々浦々でも日本酒が造られていたということです。

高知城歴史博物館 藤田雅子さん
「ちなみに大の酒好きで『鯨海酔侯』として知られる土佐藩の15代藩主・山内容堂は京都などの
 上方の辛口の酒ばかり飲んでいて、土佐の酒は飲まなかったというエピソードも残っていま
 す。」

そんな当時のお酒はどんな味?

そんな当時の日本酒の味はどのようなものだったのか。昔ながらの日本酒造りに詳しく、『らんまん』で酒造の監修を行った、日本酒造杜氏組合連合会の石川達也会長にオンラインで話を聞きました。

日本酒造杜氏組合連合会 石川達也会長 
「『らんまん』の時代というのは造り酒屋にとっては激動の時代だったと思います。それまでず  っとお殿様のためにやってきた酒造りから、酒を造る免許制度がなくなり、一気に新規参入者
 も増えて、内国勧業博覧会のようなコンテストも生まれて、“江戸時代まで続いていたこれま
 で通りのやり方が良い”という時代じゃなくなっていました。」

当時のお酒はどんな味だったんですか?

「当時、江戸で爆発的に人気を博していたのが兵庫県の「灘」の酒です。従来の人力とは違い、
 24時間ずっと精米できる「水車精米」を導入したことが日本酒に革命をもたらしました。精米
 率が上がると、アルコール度数の高く、腐りにくいお酒ができるようになります。それまでは
 甘口のお酒が主流でしたが、灘の酒は辛口に仕上がっていたと考えられます。」

石川さんによりますと、幕末のころの土佐には「水車精米」などの新しい技術がまだ到達していなかったと思われることから、当時の土佐の日本酒は従来通りの甘口だったのではないかということです。

『らんまん』を見た人にどのようなことを感じてほしいですか?

日本酒造杜氏組合連合会 石川達也会長
「当時の酒はただの嗜好品ではなく、生活になくてはならない必需品だったと思うのです。蔵人  たちが丹精込めてつくった酒が、人々を楽しませ、人と人とをつなぐ。『らんまん』で描かれ
 ているのは、そうしたお酒が持つ本来の役割や楽しみ方が大切にされていた時代だと思いま
 す。ドラマでは日本酒造りの神事も描かれますが、祈りつつ人手をかけて大切に日本酒を造っ
 ていた時代に触れてもらい、日本酒を身近に感じるきっかけにしてもらえるとうれしいです
 ね。」

  • 城あすか

    キャスター

    城あすか

    高知県高知市出身
    日本酒は甘口派です

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