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火災後 旦過市場に戻れない…鮮魚店の選択

北九州市 旦過市場火災から1年
  • 2023年05月16日

被災した老舗鮮魚店が「旦過市場には戻らないらしい」と聞いて取材に向かいました。話しをしてくれたのは明治38年創業の鮮魚店店主、中村真也さん(51)。大正時代にできた旦過市場とともに歩んできた店が、なぜ戻らないのか。そこには、市場が進めている再整備事業がありました。 (北九州放送局 大倉美智子)

旦過市場を離れ 魚市場の加工場で卸売り

「吉勝」4代目 中村真也さん(51)

「朝7時までに配達の車を全部出さないといけないんで、ちょっと待ってね」。
4月上旬、小倉北区西港にある「北九州市中央卸売市場」に向かいました。時刻は午前6時すぎ、冷房が効いているはずの水産加工場で、汗だくになって注文品の仕分けをする男性がいました。鮮魚店「吉勝」の4代目・中村真也さんです。去年8月の火災で店を失い、いまは魚市場の中に事務所や魚の加工場などを借りて営業を続けています。

炎に包まれた老舗鮮魚店

2022年8月の火災後の「吉勝」

中村さんの店は、明治38年創業。年末の店先にはブリが並びかつては3日間で1000本は売れていたという旦過屈指の店です。看板商品は、新鮮なイワシやサバで作った北九州名物「ぬか炊き」。中村さんは亡くなった父親の跡を継ぎ、従業員20人を抱え経営に奔走してきました。しかし2022年8月、火災で店は焼け崩れました。

焼けたあとに店に入った時が、一番ショックが大きかったですね。旦過市場は僕も子どもの時から行き来してたので、まさかこんな状態になるとは思わなかったんです。自分の店も、子どものときから見ていた店も跡形もないって…ちょっとどうしていいか分からなくなりました。

再整備事業控え 旦過に戻れない

中村さんに旦過市場に戻らないのですか?と尋ねると、「いまは戻れないかな、再整備があるから」という答えが返ってきました。

旦過市場商店街

昭和のレトロな雰囲気が残る旦過市場。神嶽川沿いに張り出すように木造の店舗が密集し、過去には浸水被害も起きました。北九州市は防災面を強化しようと火災の前に再整備事業をスタートさせました。2027年度中の事業完了を目指して、河川改修をしながら、土地の区画整理をおこない、安全性を高めた新しい旦過市場に生まれ変わらせようとしているのです。
しかし2度の火災で事業は足踏み状態。当初は2023年4月に、4階建ての商業ビルに着工するはずでしたが、建設エリアの解体作業も始まっていません。

「吉勝」があった場所(2023年4月撮影)

中村さんが営む鮮魚店も、この再整備事業の対象エリアに含まれます。今後、土地の区画整理が行われる予定で、いま自社の土地に新しい建物を建てても、数年後には立ち退かなければなりません。

(中村真也さん)
プレハブやテントを建ててやるという方法もありますが、自分の土地だけでは水槽や冷蔵庫を置くにも狭くて難しい。数年後には自分の土地も区画整理の対象になるので、いま建設しても建て替えにまた費用がかかります。いまの状況を冷静に考えて、どこがいいか考えたときに、ここでするのがいいかなと思っています。

ネット販売とぬか炊きで再建中

「吉勝」のホームページ

「北九州市中央卸売市場」を拠点に再スタートした中村さん。仕事はホテルや飲食店、高齢者施設などへの卸売りがほとんどです。そこで小売りの売り上げを取り戻そうと、インターネット販売に力を入れています。販売しているのは、クエやフグの刺身や鍋のセット。去年の年末にはなじみの客などからも問い合わせがあり、800セットの注文が入ったと言います。

北九州は関門海峡に玄界灘、周防灘それに響灘と豊かな海に囲まれていて、魚が豊富なんです。それに九州の玄関口。それを全面に打ち出してネットで展開しようと考えました。市場から離れて一般のお客さんと接する場面というのが全くなくなってしまったので、いまはとても役に立っています。

ネット販売と「ぬか炊き」で再建中

「ぬか炊き」試作品

さらに、再生を図っているものがあります。看板商品だった「ぬか炊き」です。「ぬか炊き」は、ぬか床を調味料にしてイワシやサバなどを炊き込んだ、北九州の郷土料理。店では15年前にブランド化し、土産物屋などでも販売してきましたが、火災でぬか床は全てだめになりました。中村さんの自宅を訪ねると、長年一緒に店を切り盛りしてきた母親の雅子さんが、代々受け継いできた「ぬか床」を見せてくれました。自宅で火災を免れたぬか床を元に、再び商品にできるよう増やしているというのです。

火災から8か月がたって、ようやくぬか床の再生に着手できました。このぬかを使って炊いたぬか炊きの販売が再開できたら、頑張って今からまた始めますよっていう合図になるかな。

見えないトラウマも いまのベストを考えて

何度も話を聞くうちに中村さんは「これまであまり人に話すことはなかったけれど」と言って、ある胸の内を語ってくれました。

実をいうと火災の後からあんまり旦過にいけなくなったんです。行くと目の前に火災の場面が、よみがえるんですよね。あの日ずっと見ていたから。用事があればもちろん行くこともありますが、あんまり行かないようにしています、というか行きたくてもいけないんです。見えないトラウマというんでしょうか…..

旦過市場を襲った突然の火災は、店主たちの心にもその傷跡を残していたことを知りました。中村さんの心の内を知り、旦過に戻るには、火災のトラウマを和らげる時間も必要なのではないかと感じました。

魚の加工場で作業する中村さんとスタッフ

心を痛めながらも、一歩ずつ前に進む中村さん。
再整備事業で区画整理が終わった後に、再び旦過市場に戻るのかと尋ねると、「まだ白紙の状態」という回答です。再整備事業がどのように進んでいくのか、その後どのような市場になっていくのか、状況を見極めて今後の方針を考えていきたいといいます。

いろいろ考えて、今のベストはここでやることです。まぁ、年末の旦過市場のあの賑わいを味わえないのがさみしいですけどね…。

歳末の旦過市場の様子(火災前)

長年、旦過市場とともにあった鮮魚店。新鮮な食材を並べ、威勢の良いかけ声とともに繰り広げられた買い物客との丁々発止…。戻りたいけど戻れない。葛藤を抱えながら再起する中村さんの目には、歳末の旦過市場の風景が浮かんでいるようでした。

  • 大倉美智子

    北九州放送局 記者

    大倉美智子

    熊本局・報道局ニュース制作部を経て現所属。 火災の取材をきっかけに旦過市場で買い物をするようになりました。”市民の台所”を実感中です!

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