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旦過青空市場で再起する精肉店(記事更新)

北九州 旦過市場火災から1年
  • 2023年05月19日

“市場の力を借りてやってきたからね”
火災の後、旦過市場を離れ業務用の卸売りを続けてきた精肉店の店主、田中辰男(58)さん。市場で店を続ける気持ちに迷いはなく、焼け跡に建設された仮設店舗「旦過青空市場」への出店を決めました。再建へ前を向き、汗をかく店主。背中を押したのは、店を育ててくれた市場への思いでした。
(北九州放送局 大倉美智子)

33歳で飛び込んだ旦過市場

「33歳の時に、小売りだけで始めたんです、何をしていいやら分からないくらい必死でした」。
旦過市場で精肉店「田中商店」を営んできた田中辰男さん。33歳の時に、勤めていた精肉会社を辞めて独立。まだ保育園に通う小さな子どもを抱え、妻とともに店を始めました。以来、25年にわたって、こだわりの肉やできたての総菜を並べ、市場のイベントにも積極的に顔を出す日々。業務用の肉を卸す仕事も始め、店は少しずつ成長してきました。

被災前の「田中商店」(画像提供:林貴寛さん)

“焼け跡には何一つ残らなかった”

2022年4月の火災では、田中さんの店は被害を免れましたが、取引先の飲食店がいくつも被災。人生で初めて火災を身近に感じ、恐ろしさをひしと感じたといいます。その4か月後の2022年8月、2度目の火災が発生。店は、あっけなく焼け落ちました。

2022年8月10日 撮影:田中辰男さん

 

田中さん

店がこうこうと燃えていて、店の2つの窓が目のように見えて、怒っている怪獣みたいに見えたんだよ。燃える店をずっと見て、そんなことを考えていたんだ。焼け跡の店に入ると、見事に燃え尽くされて、何にも無かったんだ。

火災の翌日、田中さんは飲食店などの取引先に迷惑をかけられないと、すぐに機材を調達。計量器は業者が見舞いの代わりにと、貸してくれました。肉を加工する場所は、幸いなことに旦過市場から1キロ離れた小倉北区砂津に用意できました。旦過市場の再整備事業が始まるのを見越して借りていた場所で、火災の2日後には店を再開しました。

それから8か月余り、業務用の卸売りの仕事は続けてこれました。しかし、小売りの客はゼロになってしまいました。肉を切りながら頭に浮かぶのは「お客さんに会いたい」という思いでした。

“お客さんとの丁々発止やりたいね”

肉を加工する田中さん

田中さんには、小売りへのこだわりがありました。

店が扱う肉は「本当にうまいと思う肉」。国産から輸入ものまでさまざまですが、お客さんの希望に100%応えたいと仕入れに奔走します。国産のタンやサガリ、ラムに、ジビエなど。特殊な肉でも飲食店などが業務用に注文してくれると、残りを家庭用に販売することができます。特に旦過市場ではそれがやりやすかったといいます。

特殊な肉をたくさん仕入れて飲食店に納めて、店に少し並べておくと“こんな珍しいのがある”と家庭のお客さんや、料理教室の先生とかも買ってくれるんです。仲のいいお客さんと冗談を言ったり、「きょうこれがうまいよ、これ買っておき、安いんよ」みたいなやりとりを、やっぱりやりたいですよね。

焼け跡にできた「旦過青空市場」

「旦過青空市場」(2023年4月9日撮影)

ことし3月、旦過市場に隣接する火災の焼け跡に、仮設店舗が完成しました。その名も「旦過青空市場」。市場の再整備事業に伴う予算で建設され、田中さんも入居することになりました。

大正時代から続く旦過市場は、過去には浸水被害も相次ぎ、北九州市では防災面を強化するために、火災の前から再整備事業を計画してきました。商業ビルの建設や大規模な区画整理など、市場が大きく生まれ変わろうとした矢先に、2度の火災が起きたのです。

商業ビルのイメージ図(画像提供:北九州市)

その再整備事業では、対象エリアの店舗は一時的に移転が必要です。仮設店舗「旦過青空市場」は、再整備事業の対象エリアにある店に入ってもらおうと建設されました。

青空市場には26店舗が入居でき、田中さんの店など火災で被災した9店舗を含む、21店舗の入居が決まっています。(4月19日時点)。

“営業できるだけありがたい”

「旦過青空市場」に機材を搬入する

4月上旬、田中さんは、仮設店舗にいち早く機材を搬入していました。

店の広さは約15㎡。冷蔵庫に冷凍庫、シンクに、ショーケースと、機材を入れたら人が通るのもやっとの場所です。スペースに合う、小さめの機材を準備しました。

今回の出店にかかった費用は、約500万円。再整備事業で一時的に移転するときに支払われるはずだった補償金は、火災で店が焼けてしまったため、支払われません。再整備でつくられる商業ビルに入る際は、また機材の買い換えが必要となります。

田中さん

火災になって金銭的にも厳しい、思っていた以上に狭い。うまく営業ができるかどうか…。それでも、営業ができるだけありがたいんですけどね。

“青空市場で頑張ることが恩返し”

完成した看板を見上げる田中さん

4月中旬、焼けた店に掲げていたものと同じイメージで作った看板が、仮設店舗に掲げられました。“小さくかわいい感じ”の仕上がりで、田中さんは「店らしくなってきたよ~」と目を細めます。

頭を悩ませる問題はたくさんありますが、田中さんに迷いはなかったと言います。

やっぱり旦過市場が、好きなんでしょうね。
一軒ポツンと肉屋ができても誰も来ない、市場の力をお借りしてのうちの店。
市場でお客さんから教わって、育ててもらったので、まだまだ勉強したいし、恩返しもしたい。早く旦過青空市場もすべての店が開店して、お客さんがいっぱい通っている姿が見たいね。

いよいよ旦過市場で再開!

(※4月公開の記事を加筆しました)

オープン初日(4月28日撮影)

そして、4月28日。青空市場を訪ねると、田中さんの店がオープンしていました。
妻の雅子さんと女性スタッフが、ショーケースに商品を並べます。品数は、以前の店の3分の1ほどですが、和牛にラムに馬刺しにと、こだわりの肉ばかり。さっそくなじみの客も訪れ、再開を喜んでいました。

常連客

牛すじの煮込み用の肉を買いに来ました。ずっとこの店の肉を使っているので、戻ってきてくれてうれしいです、また一緒に頑張りましょうって感じですね

毎日手作りのハンバーグも再開!

ようやくオープンにこぎ着けた田中さん。店の様子を見ながら、可動式のショーケースの位置を整えたり、不備がないかを確認したり…、この日は、なんと朝4時に起きて準備を進めたそうです。

田中辰男さん

なんとか開店できました。足りないモノも多くてまだまだ落ち着きません。でも市場に戻ってきて“おかえりなさい”と声をかけられ、うれしくなりました。これからまた頑張ります

田中さんの今後は、青空市場の小売りの店舗と1キロほど離れた加工場の卸売りの店舗を行き来する日々。インタビューの際にも、スタッフから「タオルが足りない、シールが足りない」と問い合わせが…。でも、すぐさまバイクで加工場に向かう田中さんの表情からは、笑みがこぼれていました。

  • 大倉美智子

    北九州放送局 記者

    大倉美智子

    熊本局・報道局ニュース制作部を経て現所属。 火災の取材をきっかけに旦過市場で買い物をするようになりました。”市民の台所”を実感中です!

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