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旦過市場大規模火災 小倉昭和館支える高倉健さんのことば

  • 2022年08月25日

8月10日の旦過市場の大規模火災で焼け落ちた創業83年の老舗映画館「小倉昭和館」
日本でも数少ない35ミリフィルムの映写機があり、多くの映画ファンから愛されていました。
火事によってその建物とともに大切なものが失われましたが人々の記憶のなかに残されたものもたくさんあります。
いま、小倉昭和館の館主、樋口智巳さんを支えているのはある手紙に書かれたことばです。

旦過市場で再び起きた大規模火災

8月10日。
北九州市の旦過市場で再び大規模な火災が起き、45の飲食店などが焼けました。
焼損面積はのべおよそ3300平方メートル。ことし4月の火災を上回る規模となりました。
炎は旦過市場からほど近い老舗の映画館小倉昭和館にも襲いかかりました。
その様子を目の当たりにして立ち尽くしていたのが3代目館主の樋口智巳さんです。

樋口さん

がれきの撤去が終わってようやく憩いの広場を作ろうという話が出ていたのにそれなのになぜ。

さがしたい…高倉健さんの手紙

その3日後。
焼け跡には大切なものをさがす樋口さんの姿がありました。

さがしているのは10年前、俳優・高倉健さんから届いた手紙です。

樋口さん

まずは健さんからの手紙をさがしたかったんです。
やっぱりずっと何人かでさがしたんですけど、出てこなくて。
だけどまだ諦めてません。

それは小倉昭和館で働き始めて間もない樋口さんが高倉さんに送った手紙の返事として受け取ったもの。
手帳に入れて毎日大切に持ち運んでいたというコピーを見せてくれました。

小倉昭和館 里 智巳 様

拝復
熱い想いのこもったお手紙、拝読させていただきました。

映画館閉鎖のニュースは、
数年前から頻繁に耳にするようになりました。
日々進歩する技術、
そして人々の嗜好の変化、
どんな業界でも、スクラップアンドビルドは世の常。
その活性が、進歩を促すのだと思います。

夢を見ているだけではどうにもならない現実問題。
どうぞ、日々生かされている感謝を忘れずに、
自分に嘘のない充実した時間を過ごされて下さい。

ご健闘を祈念しております。

拝白

2012年2月27日 高倉健

樋口さん

当時の小倉昭和館は経営的にも苦しいですし、心情的にも苦しかった。
私はもともと映画館の娘ではありましたが、普通の専業主婦でした。
私が戻って何ができるんだとまわりは見てらっしゃったと思う。

こうした悩みもつづった手紙に高倉さんが返事をくれたのです。
樋口さんはそのことばに奮い立ったといいます。

樋口さん

健さんのお手紙いただいて館主をやる覚悟を決めたんですね、やらなきゃ、やれるところまでやらなきゃって。

覚悟を決めて父親から館主を引き継いだ樋口さんのもとに思いがけず、健さんから2通目の手紙が届きました。
1通目の手紙を受け取って1年半あまりたったころでした。

小倉昭和館 樋口 智巳 様

ご無沙汰しておりますが、元気にお過ごしのことと思います。
西日本新聞の記事を拝読致しました。
穏やかで自信に満ちた笑顔が、印象的でした。

どうぞこれからも、
誰のためでもない、自分の時間を積み重ねていって下さい。
こっそり映画を観に行かせていただくかもしれません。
その時は、知らん顔していて下さいね。

くれぐれもお身体大切に。

2013年10月吉日 高倉健

手紙を受け取った樋口さんは、健さんが小倉昭和館を気にかけてくれていると確信したといいます。

樋口さん

最初に戻ってきたときは嫁ぎ先の“里”という名字を名乗っていたんですが、館主になって樋口と名乗り始めたんです。
最初の手紙の宛名は私の戸籍上の名前、その次のお手紙は樋口という名前を書いてくださったんです。
樋口という名前を名乗りだしたということを知ってくださっていた。
健さんがみてくださっているというのはとてもとても大きな力になりました。

大切なこの手紙はまだ見つかっていませんが高倉健さんから受け取ったことばは今も樋口さんを支えています。

樋口さん

『スクラップアンドビルドは世の常。その活性が、進歩を促す』ってこれは一般的な発展だとかを言ってらっしゃったと思うんですが、今回私も昭和館をなくしてしまったのでそれは次の活性や進歩を促すためのひとつの経緯だったのかなと。

樋口さんは自分に言い聞かせるように話していました。

多くの人に愛された小倉昭和館。
形こそなくなりましたがその記憶は人々の思い出のなかに刻まれています。

取材後記

3年前に北九州放送局に赴任してきた私にとっても、小倉昭和館はあって当たり前、出張などで県外から戻ったときもあのネオンサインを見たら帰ってきたなと落ち着く、そんな存在でした。
北九州の人たちにはそうした思いがより強いと思います。
しかしそれは、焼け落ちてしまいました。
小倉昭和館が再建できるかはまだ分かりません。
そしてこれからの道のりは平たんではないと思います。

ファンの方々に申し訳ないー。

樋口さんは火事のあとこの言葉を何度も何度も繰り返しました。
樋口さんやファンの心に残っている高倉健さんのことばが手紙として見つかり、ふたたび小倉昭和館のこれからの道のりを支えてくれることを陰ながら祈っています。

  • 石井直樹

    北九州放送局 記者

    石井直樹

    2019年入局 
    北九州局が初任地
    警察担当を経て、現在は市政やスポーツ取材を担当しています。
    出身は東京ですが、北九州が大好きで、今では第二のふるさとだと感じています。

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