あらすじ

<第27回のトリセツ> 監修:小和田泰経

『麒麟がくる』をより楽しんでいただくために、ドラマ上の設定や展開、世界観をわかりやすく解説します。

足利義昭、上洛への道

今井宗久と堺の自治組織「会合衆(えごうしゅう)」

堺の豪商であり茶人でもある今井宗久は、「会合衆」の一人です。

当時の「堺」は、南蛮貿易や鉄砲の生産や売買などで、経済的に大きく発展し、世界でも有数の商業都市として栄えていました。その莫大な資金力で、町の周囲を壕(ごう)で囲い、牢人(ろうにん)に警護させるなど、大名にも負けない軍事力を保持することで、独自の自治を可能としていました。
その「堺」を統治・運営していたのが、今井宗久をはじめとする「会合衆」と呼ばれる豪商たちです。

また、堺は文化的にも先進的な側面があり、堺の商人たちの間で盛んだった「茶湯(ちゃのゆ)」は、政治的な打ち合わせの場としても利用されていました。今井宗久は千利休、津田宗及とともに「茶湯の天下三宗匠」とも称せられています。

「稲葉山城」から「岐阜城」へ

織田信長が居城としている「岐阜城」は、かつて義父・斎藤道三が居城とした「稲葉山城」があったところです。

斎藤義龍(高政)の時代から長年美濃に侵攻をしていた信長は、永禄10年(1567年)に稲葉山城を攻略、美濃を平定しました。
本拠地を尾張の小牧山城から稲葉山城に移すとともに、城下付近の地名を「井ノ口(いのくち)」から中国の故事にちなんで「岐阜」と改称。それまで「稲葉山城」と呼ばれていた斎藤氏の居城を破却して、新たな城を造営しています。
これに伴い、名称も「岐阜城」に改めました。

義昭が信長に献上された1千貫はいくら?

美濃に到着した足利義昭たち一行は、信長との初対面で見事な太刀や鎧などの品々と合わせ、金1千貫を献上されます。義昭はその金を見て「これだけあれば、1万の貧しき民が、ひと月は過ごせよう」と話しました。

そのお金を現代の価値に換算すると、1貫=約15万円。1千貫は、およそ1億5千万円の価値になります。
これにより信長は、自軍をともなって上洛する費用と合わせ、将軍家に膨大な金額の支援をしたことになります。

    越前編(第18回~第27回)
      美濃編(第1回~第17回)

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