Loading...

麒麟、振り返る

望月東庵が斎藤道三と対じするシーン
(第4回「尾張潜入指令」より)

望月東庵/堺正章

東庵のしたたかさが前面に出たシーンだったと思います。医師とはいえ、平民である東庵が「美濃のマムシ」と言われ皆から恐れられている斎藤道三と向き合って、どう立ち回るか?
東庵は、いろいろな所にお邪魔して、さまざまな立場の人たちを診ながら、貴重な情報を得ている。抜け目ない道三はそのことを知って、織田の様子を教えろと脅してきました。狡猾(こうかつ)な道三と、ひとクセある医師の東庵。その間に挟まれて、窮地に立たされている明智光秀。それぞれ、立場も、思いも違う3人のキャラクターが、同じ空間に集まって談議を交わすところがおもしろいシーンでしたね。

恫喝(どうかつ)されて、ただ道三の言いなりになるのは東庵のプライドが許さない。そこで、織田の情報を渡す代わりに、借金を肩代わりするように申し出た。それは東庵にとって大きな賭けだったと思います。裏目に出ると、本当に首をはねられるかもしれない。でも、そこは根っから賭け事の好きな男ですから、大勝負に出たのでしょうね(笑)。それにしても、本木雅弘さんの演じる道三は迫力があって、お芝居とはいえ怖かったのを覚えています。
また、このシーンには東庵のいろいろな顔が表現されています。医師としての顔、相手が偉くてもそう簡単には屈しないぞという男気、そして賭け事が大好きという面。そういう意味では、東庵の集大成のようなシーンだった気がします。

光秀のもとへ見舞いに行き、語り合うシーン
(第6回「三好長慶襲撃計画」より)

細川藤孝/眞島秀和

振り返ってみると、思い出深いシーンはいくつかありますが、その中で一つ挙げるとすれば、ケガの治療をしている光秀に、松永久秀から託された水あめを持っていくシーンです。僕のクランクインがこのシーンだったのですが、初日から長いセリフのやりとりがあり、とても緊張しながら撮影しました。また、演出の方から、心の中にある熱さを大事にしてほしいと言われたことで、藤孝像をつかめたシーンでもあります。
やがてこの2人が盟友になるのかと思うと、より感慨深いものがありました。

光秀と酒を酌み交わすシーン
(第1回「光秀、西へ」より)

松永久秀/吉田鋼太郎

はじめて光秀と酒を酌み交わすシーンで、監督から「給仕する女性にちょっかいを出してみましょうか?」と提案がありました。それまで、自分が演じる松永久秀というキャラクターには何かが足りないと感じていました。それが、監督のそのひと言で、“松永は自由な人間なんだ”という要素を加えることができました。それ以降、役作りの幅が広がりました。

足利義輝が麒麟の話をするシーン
(第11回「将軍の涙」より)

足利義輝/向井理

足利義輝は和睦を命じたり争い事を止めようとしたり、平和を求めていたと思います。将軍としての矜持(きょうじ)も持っていたので、自分の代で平和が実現せず、京が混乱の最中になることのふがいなさも感じていたと思います。
光秀がかつて三淵らに『将軍は武士の鑑(かがみ)であり、武士を一つにまとめ、世を平らかに治めるお方である。将軍が争うなと一言お命じにならねば、世は平らかにはならない』と言い放った。それを聞いていた義輝は、光秀のことをずっと信頼しているはずです。だからこそ、麒麟の話をしてその最後に『麒麟が来る道は遠いのう』という言葉がポロリと出てきたのではないでしょうか。
作品名と重なるセリフだし、今振り返ってみても、特に大事なシーンだったように思います。

三淵藤英が松永久秀と言い争うシーン
(第6回「三好長慶襲撃計画」より)

三淵藤英/谷原章介

光秀を連れて、松永久秀の宿舎に出向き、そこで三淵と松永は、お互いの天下に対する思いや、戦に対する考え方をぶつけ合います。2人の話し合いはうまくはいきませんでしたが、久秀と対じすることで三淵の人間性があぶり出されたシーンになりました。
そして何より僕は、吉田鋼太郎さんとじっくり向き合ってお芝居ができ、とても楽しかったことを覚えています。

織田信長と初対面シーン
(第9回「信長の失敗」より)

帰蝶/川口春奈

祝言をすっぽかして明け方に帰ってきた信長との初対面のシーンは、クランクインして間もないころに撮影したこともあって、とても印象に残っています。2人の温度差がありすぎておもしろかったですね(笑)。帰蝶は、コミカルでテンションの高い信長に圧倒されながらも、無邪気な子どものような信長の人柄に興味をもったはずです。今後この2人がどうなっていくのか、不安でありながらもワクワクしたことを覚えています。

「大きな手の人」が光秀の父だったとわかるシーン
(第18回「越前へ」より)

駒/門脇麦

美濃から越前に向かう途中の廃寺で、“火事から自分を救ってくれた大きな手の方が、光秀さんの父上だった”と牧さんから知らされたシーン。以前から明智家の方々にはなみなみならぬ思いがありましたが、さらにその思いが深くなりました。
また、戦が怖いと泣きじゃくる幼い駒に「戦は必ず終わる。穏やかな世の中に現れる麒麟を必ず誰かが連れてくる」と言ってなぐさめてくれたのが光秀さんの父上だとわかり、駒の中で麒麟という存在がより深く刻まれた瞬間でもあったと思います。

信長と土田御前が最後に向かい合うシーン
(第19回「信長を暗殺せよ」より)

染谷将太/織田信長

弟の信勝を死に追いやったあと、母上(土田御前)が信長のところにやって来る。これは、信長の今後の人生を左右するシーンになりました。母上がはじめて自分と向き合ってくれた瞬間が、母子が触れ合う最後の瞬間になりました。顔を触ってもらい、同時に愛する母上に捨てられる。このトラウマと悲しさが、今後の信長に大きな影響を与えます。

光秀の感情が
一気に爆発し、
鬼となる。
(第33回「比叡山に棲(す)む魔物」より)

演出 一色隆司

天敵である筒井順慶がいる宴(うたげ)に松永久秀を招き、わざと恥をかかせたことで、光秀が摂津に詰め寄るシーン。「戦のない世にするためには、戦が必要である」という自己矛盾に陥っていた光秀が、このシーンをきっかけにとうとう“鬼”となります。
その鬼になる過程の感情表現をどう作るか?どれくらいの感情表現にするかを、長谷川博己さんと相談しながら撮影しました。その前の松永の怒り、目の前にいる摂津の、人を小馬鹿にしたような表情や言い草が、キーポイントになっています。そして、いつもは冷静な光秀が感情を爆発させる。長谷川さんには、“これまで見たことのないような光秀”・・・を意識して、表現してもらいました。

この回の終盤(比叡山の焼き討ち)では、信長に「皆殺しにしろ!」と言われながらも、伝吾には「女、子どもは逃がせ!」と言ってしまう。その光秀の葛藤や心の動きも見どころの一つだと思います。
摂津や覚恕がたびたび口にする「古き良き都を取り戻す・・・」ということが、光秀たちの目指す「新たな世界」の障壁となっている。さらには、飢えをしのぐために薬を売る平吉をはじめ、京の市井の人々を苦しめている。そこから、比叡山の焼き討ちが語られていく池端さんの脚本は、本当に緻密で、斬新だと思いました。

光秀と信長の絆はより深まり、
2人は次のステージへ。
(第31回「逃げよ信長」より)

演出 一色隆司

信長が光秀を蹴り飛ばす、
というのはどうだろうか?

浅井長政の裏切りを悟り、一気に怒りを爆発させた信長を、光秀がどのように説得して退却を決断させるのか・・・単に立ちはだかるだけではなく、光秀は命を賭して信長に立ち向かいます。
このシーンは、リハーサルの中で進化していったシーンの一つです。
光秀の決意と思いを表現するために、僕は光秀に土下座をしてほしいと言いました。そして長谷川博己さんは、土下座の前に信長が自身の燃えたぎるような怒りを光秀にぶつけたほうが、光秀の『命を賭してでも』という思いが伝わるのではないか、と。たとえば、光秀を殴るとか、蹴り飛ばすのはどうだろうかと提案してくれました。
信長の性格を考えると、蹴り飛ばすというのはしっくりくると染谷将太さんも言ってくれたので、リハーサルで光秀を蹴り飛ばすことを試しました。また、2人のにらみ合いの間をつくることで、光秀の『命を賭してでも』という思いをさらに高め、土下座へとつなげていきました。

長谷川さんも染谷さんも、演出的に求めていることをどうすれば具現化できるのかを、深く考え、提案してくれます。そんな関係から、この感情的で美しいシーンは生み出されました。
蛇足ですが、おふたりの着ている甲冑(かっちゅう)は10キロ以上あり、動くのも本当に大変なのですが、蹴り飛ばしたり、蹴り飛ばされてもすぐに起き上がったり、というアクションをこなしてくれました。本当におふたりには脱帽です。

泣き叫ぶ信長。
感極まる秀吉。

信長が自分の思いをコントロールできず泣き叫ぶこのシーン。そのときの信長の思いはいかなるものであったのか?これについては、染谷さんと時間をかけて話をしました。
裏切った浅井に対する怒りからはじまり、自分が負けるという屈辱感から湧き出る呪いのような思い、自分自身に対する怒りと同時に失望・・・。それらの思いが入り乱れながら、絶叫と共に涙があふれ出る。幾重もの感情の波が押し寄せることを意識することによって、単に泣き叫ぶという行為ではなく、感情の渦が駆け巡る表現を。そんなアプローチによって作り上げられたシーンです。

秀吉が光秀に「自分も殿(しんがり)を」と土下座するシーンでは、事前に佐々木蔵之介さんとどういう感情の流れにするかを相談させてもらいました。
本番で佐々木さんの演技プラン通りにシーンが進んでいくなか、感極まり鼻水が垂れてしまいます。秀吉のキャラクターを考えると、これはとても秀吉らしいと思い、僕は途中で止めることはしませんでした。佐々木さんも演じ続けてくれました。秀吉の思いが強ければ強いほど、光秀の思いも研ぎ澄まされ、武将としての決意を感じることができます。お互いの思いをぶつけ合うことによってどんどん2人の絆が深くなっていく、そんな芝居が構築できました。

何のために戦うのか?
光秀と信長は次のステージへ。

殿(しんがり)として戦う光秀と左馬助が、森の中で話をするシーンは当初、台本にはありませんでした。これは、長谷川さんとプロデューサー、そして、脚本の池端さんと河本さんと話をする中で生み出されたシーンです。この戦いは、光秀にとって今回のドラマで描かれる戦の中で最も過酷なシーンという設定です。その中で、彼は何を思うのか、また、何をするべきなのかを悟ります。
それをこのタイミングで表現することによって、この先に待ち受ける彼の運命をよりダイナミックに描くことができると考えました。この回のテーマの一つである、何のために戦をするのか・・・という思いをこの金ヶ崎の戦いを通じて描くことができたのではと思います。

また、光秀と信長のシーンは、これまでいくつも描いてきました。第31回のラストはそんな2人のシーンの中でも印象深いものとなっています。信長がこれからどうしようかと悩んでいるところからはじまり、光秀が麒麟の話をします。そして、「信長には次がある」と鼓舞して未来に光を投じ、そこへ彼をいざないます。2人の絆がより強固なものになると同時に、2人が次のステージに移行した瞬間を感じていただけるシーンとなったのではないでしょうか。

さまざまな人物の思惑が、
駆け巡った回でした。
(第26回「三淵の奸計(かんけい)」より)

演出 深川貴志

上品に、ネチネチと。


この回の冒頭、二条晴良役で小籔千豊さんが登場しました。近衛前久に嫌味を言う小籔さんのネチネチ感がすごくよかったですね(笑)。わかりやすいネチネチではなく、公家らしさを感じる上品な言葉遣いやしぐさでのネチネチのほうが、心から嫌な印象になるんだなと思いました。でも、隠しきれない心の中のドロドロとした感情が見え隠れしていました。
前久は足利義栄を次期将軍に推挙したことで、大ピンチに陥ります。立場は晴良より前久のほうが上ですが、たとえ関白でもひとつ選択を間違えると、もうその地位は盤石ではなくなる。これは、戦国の世も今の時代も、もしかすると同じなのかもしれません。

光秀の苦悩と決断。


光秀は本来、三淵や将軍の奉公衆たちが考えているように、朝倉と織田が手を組んで義昭を上洛させるのがよいと思っていたはずです。しかし、朝倉家家老の山崎がわざわざ訪ねてきて、直接的には言わないまでも、「身内の多くが上洛には反対しているので、殿に思いとどまるように言ってほしい」ということを暗に伝えます。
そのような管理下の中、光秀は宴(うたげ)の席でどのように振る舞えばいいのか?長谷川さんにはとても難易度の高いお芝居を要求することになりました。

酔っ払っているのか?酔ったフリなのか?


リハーサルの前、長谷川さんから「けっこう酔って話そうと思います」という提案がありました。その芝居をリハーサルで見せてもらうと、すごくよかった。
普通なら、(私なら)ウソをついたりしてうまく乗り切ろうと考えそうな場面ですが、光秀さんは一つのウソもつかなかった。自分の調べた情報に対しても、義景・景鏡・山崎・三淵の誰に対しても、全くウソを言っていないのです。その正直な意見は、一見、山崎や景鏡の側に立っているようにみえて、しかしその一方で義景を力強く奮い立たせているように感じました。
さて、本当に酔っ払っていたのでしょうか。
本当に酔っ払っているようにも見えるし、酔っ払っているフリをしているようにも見える。
光秀さんは義景、景鏡の会話をしっかりと聞き、顔を見つめて考えていました。
私は酔っ払っているフリをしたと思っています。一つのウソもついていない男が、義景に上洛を促すためにとった作戦だったのではないでしょうか。

それぞれの小さな麒麟のために。


三淵、山崎、景鏡の密談のシーン。悪だくみをしているという印象をもたれた方も多いと思いますが、3人がそれぞれの未来のため、守るべきもののために話し合ったシーンです。義景のことが憎いわけではなく、三淵は義昭を一日も早く上洛させるために、山崎と景鏡は越前の国とそこに暮らす人々のために今は上洛すべきではない、戦(いくさ)をするべきではないと考えている。言ってみれば、それぞれの小さな麒麟を待ち望んでいたのだと思います。
しかし、小さな子どもの大きな犠牲が伴ってしまいました。
おそらく3人それぞれが自己矛盾を感じていたと思います。

さまざまなものを削ぎ落とした芝居。


今朝まで元気だった溺愛する子どもが今は死んでいる。義景が、嫡男である阿君丸(くまきみまる)の亡骸(なきがら)と対面するシーンでは、具体的な指示は出さず、ユースケ・サンタマリアさんの感じるままに演じてもらいました。
このシーンでは、いろいろな芝居ができると思います。たとえば泣きながら拳で床をたたくとか・・・でもユースケさんは大げさな芝居はせず、何が何だかわからないという父親の感情をストレートに表現してくれました。過剰なことをすべて削ぎ落とした芝居が逆に生々しくリアルに感じられ、悲しみが増し、見ていてつらかったです。

さまざまな人の思いとともに、越前から美濃へ。


光秀と熙子、2人の深い心のやりとりがすてきなシーンでした。実際のところ、義景の面目を潰したことで光秀は殺されてもおかしくない状況です。そのことを光秀は当然わかっているけれど言わない。むしろポジティブに話している。しかしながら、熙子役の木村文乃さんはその裏側を全て感じとっているので、今にも泣きだしそうな表情をされていました。お互いを気遣っている姿に、こんな夫婦いいなぁと思う方も多かったのではないでしょうか。

光秀は越前から美濃へ旅立ちました。
越前での暮らしは、カネもなくて生活がつらい期間でした。また義輝の死などつらい出来事も多く、耐え忍ぶことばかりでした。しかし、越前で暮らした期間があったからこそ、のちに大きく跳ねたのだと思います。
今後、いよいよ歴史の表舞台に登場する明智光秀に、さらに注目していただければ幸いです!

予感させるのは、
光秀と信長の
この先の大きなビジョン。
(第21回「決戦!桶狭間」より)

演出 一色隆司

このシーンは、光秀と信長にとってターニングポイントとなるものです。
桶狭間の戦いで今川軍に勝利した織田の軍勢が引き上げてくる。その一本道のかたわらで光秀は信長を待ち受けます。
信長の力を確信した光秀は予感します。その力をもってすれば大きな国をつくることができるかもしれない、と。そこには、「あの男ならできるかもしれない」という道三の言葉が影響を与えたと思いますが、自分の目で見て、言葉を交わすことによって、より確信めいたものに変わったはずです。
最後に光秀は、「この先は何をなさる?」と信長に問いかけます。その言葉を聞いたあとの信長の「間」。ここで、その先にある世界や可能性に信長は気付きます。この先の大きなビジョンを光秀と信長が共有することで、何かが起こるかもしれない。そんな予感を視聴者のみなさんにも感じてほしいと思いました。

沈んでいく夕日を
追いかけながらの撮影。

ある意味、悟りが信長に舞い降りるようなイメージにしたかったので、夕日を背負える、そして信長が天に向かって進んでいくような坂道でロケを行いました。
長谷川博己さんと染谷将太さんには、戦に勝利した高揚感から、その先の世界や可能性につながっていく思いの流れを意識して演じていただきました。
撮影したのは、日が沈む西に向かって登っていく坂道ですが、夕日は思っている以上に早く落ちていきます。なので、刻々と落ちていく夕日を追いかけて、撮影場所を坂道の上へ、上へと移動しながら撮影しました。
長谷川さんも染谷さんも、場所を移動しながらの撮影だったので、目線や心の流れのつながりなど大変だったと思いますが、お二人ともすばらしい演技をしてくださいました。

長谷川さんと染谷さん、
そしてスタッフ全員が一丸となって。

撮影当日は風が強く、ホコリが舞い、目を開けているのも大変な状況でした。ただ、その風のおかげで、背景の木々は絶えず揺れ、長谷川さんの髪もなびき、これから先の希望に満ちた二人の思いを暗示するようなすがすがしい映像が撮れました。
撮影チームも刻一刻と変わる光の中、撮影ポイントやカメラポジションを変えながら美しい映像が撮れるように走り回ってくれました。音声チームは、撮影後に膨大な時間をかけて風のノイズを除去して整音してくれました。
長谷川さんと染谷さん、そしてスタッフ一人一人の情熱に支えられ、希望に満ちた神々しいシーンを撮影することができました。

光秀と高政、
2人の胸の内がぶつかり合う。
(第19回「信長を暗殺せよ」より)

演出 深川貴志

斎藤高政(義龍)役の伊藤英明さんは本番直前まで高政の心情を模索し続け、自分を追い込んでいるようでした。
幼いころより光秀と過ごした高政が発する言葉は、怒りなのか悲しみなのか・・・。その感情を表現するために、2人の距離は保ったままがいいのか、立ち上がって光秀に近づくのがいいのか・・・。
本番では、表面的には光秀に対して怒っているように見えても、心の内には悲しみがあり、光秀を深く愛している。光秀の奥に道三が見え、やっと父を認識し誇らしく思っている。伊藤さんのお芝居から私はこのようなことを感じ、圧倒されました。

長谷川さんの芝居が、
より複雑な高政の感情を引き出した。

長谷川博己さんは、リハーサルからずっとずっと、高政の心の内を読み取ろうとしていました。伊藤さんの芝居が変われば、受ける長谷川さんも変わる。複雑な感情を表現する高政を引き出したのは、長谷川さん演じる光秀だったと思います。 他者の話をよく聞き、その裏側にある思いを感じる能力。それは明智光秀のチカラなのだと知りました。
大きな国とは何だったか。
光秀もこのときは、まだわからぬと言っています。
美濃を出た光秀は、これからも成長していくのだと感じました。

長良川の戦いのあと、
光秀に待っていたのは
4つの別れ。
(第17回「長良川の戦い」より)

演出 大原 拓

道三との別れ、友との別れ、光安との別れ、明智荘との別れ。
これらは、ただの別れではなく、どれもこの先どうなるか分からないという緊張下にある別れであるということを、役者陣をはじめスタッフ全員で共有しました。そうした中、光秀は光安や伝吾たちとの別れで連続して涙を流します。
長谷川博己さんは、「泣きが続きすぎますかね?」と少し気になさっていましたが、私は「まったく気になりません」と答えました。

長谷川さんの感性が、
光秀のキャラクターにさらなる奥行きを。

私は、明智家とその周りの人々が、この先どうなるか分からない状況で、自然と涙が流れた長谷川さんの感性を大事にしたかった。しかも、ここで重要なのは流した涙が後ろ向きの涙ではないこと。「生きる」「明智家を守る」という強い思いや覚悟を抱えた涙であり、涙を流せる強さが光秀に宿ったと感じたから。強さだけでなく、優しい人間であるという光秀の根底も垣間見えました。光秀の涙によって、そのキャラクターの奥行きがさらに深まったシーンとなりました。
また、伝吾の耐え忍ぶ笑顔と牧の凛(りん)とした強い涙が、別れをより切なくするとともに、明智荘って本当にすてきな所であり、「光秀は良き人々に囲まれているんだな」と再認識できたシーンでもありました。

使命感から、
純粋な恋へ。
(第12回「十兵衛の嫁」より)

演出 佐々木善春

第12回の光秀が熙子にプロポーズするシーンについてお話しする前に、幼なじみだった2人が大人になって再会するシーン(第9回)について少し話をさせてください。
第9回で妻木の屋敷におつかいに行かされたときから、光秀は叔父・光安と母・牧の思惑を理解していたのではないか?と僕は解釈していました。
明智家を継承していく者として、熙子との結婚に使命感のようなものを感じていた。そんな光秀に熙子は、昔話を持ち出したりして、思いもよらぬ角度から光秀の心にグイっと入ってきます。その瞬間、「使命感」とは別の次元で、「恋」が芽生えたのではないでしょうか。そんな光秀の心情を視聴者のみなさんにも想像してもらえるように、帰宅して廊下を歩くシーンでは、帯に挟まっていた花びらを見ながら含みのある演技にしましょうと、長谷川博己さんと話し合いました。

光秀はいつ熙子に
告白しようと思ったのか?

第12回で光秀が妻木に行くときも、お膳立てされているようで、じつは主体的に行ったのだと思っています。自分が「この人を嫁にしたい」と思っていることを確信したくて、わざと道に迷ったのではないかと・・・。
僕は自分の解釈と、長谷川さんの演技プランをすり合わせるために、リハーサルの前に「光秀はいつ熙子に告白しようと思ったんでしょうね?」と聞きました。長谷川さんは「ええ!?それ、聞きます?」と不敵な笑みを浮かべるだけでした。「みなまで言うな、芝居で見せるから」ということだったのだと思います。
その後のリハーサルで長谷川さんが、確信に満ちた表情で熙子に告白している芝居を見て、お互いの解釈に違いはなかったと思いました。

長谷川さんの提案で、
さらに光秀らしいシーンに。

そのシーンのリハーサルで驚かされたことがありました。
光秀が熙子の前を黙々と歩きながら「いつ言おうか」と考えている。熙子は少し下がったところを歩きながらそんな空気を察知してプロポーズを待っている、そんな芝居をリハーサル前は想像していました。実際、リハーサルではそのような芝居が繰り広げられました。数回のリハーサルを経て芝居が固まりつつあったころ、長谷川さんから「熙子を前に歩かせたい」という提案がありました。言おうか言うまいか迷っているときに熙子の後ろ姿を見ながら思いを高めて決断したい、と。
木村文乃さんもそのアイデアにピンときたようで、どのタイミングで光秀を追い越していくか、本番前までお二人で相談されていました。

芝居へのこだわりは、
細部に宿る。

そして本番。最初、光秀が前を歩いていますが、いつの間にか熙子が追い抜いて先を歩いています。細かいところですが、そんなところにも長谷川さんと木村さんのお芝居へのこだわりを感じてもらえるとうれしいです。

光秀と、信長、
運命の出会い。
(第10回「ひとりぼっちの若君」より)

演出 一色隆司

光秀の生き方に多大なる影響を及ぼすのが、斎藤道三や織田信長、松永久秀、足利義輝など、人との出会いです。その中でも信長との出会いは、光秀の人生を大きく動かしていきます。
那古野城での、光秀と信長の対面は、お互いがお互いのことを値踏みするシーンとなっています。信長は、自分にないもの(正確な分析力や冷静なものの言い方、そして知性)を持っていると感じた光秀に興味を示し、その一方で光秀は、信長の人となりを注意深く観察しています。

光秀と信長の間に流れる、
真剣勝負のような緊張感。

演出的には、両者の一つ一つの挙動に意味を持たせ、セリフや心の動きが流れてしまわないように注意を払いました。
光秀には、信長からのテストを受けている中で自分も相手の思いを探る目を常に意識していただきました。信長には、光秀に何かを感じて屋敷に「上がれ」と言うまでの気持ちの動きを、セリフや光秀を見るまなざしの中で表現できるように、間合いも含めて意識して演じていただきました。
光秀を見定めるように見る信長の目。その視線を感じながら、光秀は鉄砲を調べる。長谷川博己さんと染谷将太さんの沈黙の芝居ともいうべき演技が、この緊張感あふれるシーンを生み出してくれました。
当初、光秀が鉄砲を調べているシーンは、私の中でそれほど長くするつもりはありませんでした。しかし、リハーサルの中で長谷川さんがじっくりと観察する所作を提案してくださり、そのおかげもあり、互いを観察する真剣勝負のような緊張感を生み出すことができました。

何気ないシーンの中に、
長谷川さんと染谷さんの高度な芝居が。

信長が光秀に「どこぞで会うたことがあるな」と言います。このとき光秀は、信長の鋭い観察力と記憶力を目の当たりにし、信長がうつけではなく、何かを持っているということを確信します。染谷さんにはそのセリフをさらりと言ってもらい、長谷川さんにはその言葉の奥にある信長のポテンシャルに対するリアクションを作ってもらいました。
一見、何気ないシーンに見えますが、お互いの間合いやリアクションなど、じつはとても高度な芝居が展開されています。長谷川さんも染谷さんもちょっとした間や表情の微妙な動きで完璧に表現されています。

光秀、本能寺へ。
そして、生涯の盟友と出会う。
(第5回「伊平次を探せ」より)

演出 藤並英樹

クランクイン直後の昨年6月、スタジオ前で長谷川博己さんに声をかけられました。「相談したいことがあるのですが・・・」。
それは、光秀が鉄砲鍛冶の伊平次を探すうちにくしくも本能寺にたどりつくというシーンについてでした。夏の岩手ロケで撮影する、この光秀と本能寺の出合いをより“因縁”めいたシーンにできないだろうか、というのが長谷川さんの相談でした。そこで、まだドラマは序盤でしたが、光秀が本能寺にたどりついたときに、物語の行く末を暗示させるようなお芝居を加えることにしました。門に掲げられた『本能寺』という文字を何気なく見上げる光秀。まだ、光秀にとって何の意味もない寺ですが、チラリと見上げる長谷川さんのお芝居が“因縁”めいたものを感じさせてくれます。

静かな緊張感が続く殺陣(たて)シーン。

本能寺の門前で、やがて生涯の盟友となる細川藤孝と光秀は対峙(たいじ)します。その殺陣のシーンでは、派手さではなく二人の静かな緊張感を大切にしました。光秀も藤孝も、『鹿島の太刀』というのちの鹿島新當流(しんとうりゅう)につながる流派を学んだ“剣の達人”。殺陣武術指導の久世浩先生は、この殺陣シーンのために茨城にある鹿島新當流の宗家を訪ね取材されました。長谷川さんと藤孝役の眞島秀和さんは、前日の撮影が終わった夜や、撮影当日の本番直前まで、久世先生の指導のもと稽古。本番では緊張感とすごみのあるシーンになりました。

4人の役者さんたちの
絶妙な間合いと呼吸。

また門前のシーンでは、足利義輝役の向井理さんと三淵藤英役の谷原章介さんも登場します。じつはお二人、台風の影響でロケ地に本番当日に入るというタイトなスケジュールだったのですが、そんなことは感じさせないお芝居を見せてくれました。長いシーンにもかかわらず、4人の達者な役者さんたちの絶妙な間合いと呼吸で、緊張感の途切れないシーンを撮影することができました。 すべてを撮り終えたあと、長谷川さんから「いいシーンになりましたね」という言葉が聞けたのでうれしかったですね。

「戦がある限り、勝つしかない」
戦への苦悩を光秀が吐露するシーン。
(第2回「道三の罠」より)

演出 大原 拓

攻め込んできた織田軍を迎え討ち、光秀は敵の侍大将の首を討ち取る活躍をみせた。だが、光秀の顔は曇っていた。「首を落とすのが武士の本懐かと・・・武士の誉(ほまれ)かと・・・こんなことが・・・」しかし「戦がある限り・・・勝つしかない」。
このシーンは、光秀が何を考え、どのような思いを抱えて生きているのか?まだ何者でもない光秀の始まりとして、大変重要なシーンでありセリフでした。撮影したのはクランクイン早々、まだ戦いや旅のシーンを撮影する前でした。

青年・光秀の葛藤を
どう感じさせるか?

戦を起こすのはいつでも武士という時代。
武士は、領民や領内を守るために戦う。また領地を広げるために戦う。戦わねば守れないし、勝たねば守れない。そして、自らも死にたくはない・・・。
そもそもなぜ戦うのか。人を斬る以外に領地や領民を守る術(すべ)はないのか。自分(武士)の存在とは何なのかという、光秀の複雑な葛藤をどう表現していくのか。それは同時に、当時の時代観やこのドラマにおいて、光秀というひとりの若者をどうつくっていくのか?ということでもあります。
長谷川さんと幾度も話し合い、リハーサルも何度も重ねました。そして、本番。まだ光秀としてほとんど撮影していない中、長谷川さんは光秀の礎となる部分を見事に表現してくれました。
役者としての技量と熱量を改めて感じ、先々の芝居がより楽しみになったシーンになりました。

※NHKサイトを離れます