【特集】“子どもの脳”を守れ 脳科学が子育てを変える

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【特集】“子どもの脳”を守れ 脳科学が子育てを変える

体罰や暴言、育児を放棄するなどのネグレクト。こうした行為が子どもの脳を傷つけることが脳科学の画像診断から明らかになってきました。どのようにして脳は影響を受けるのか、神経回路や免疫機能のメカニズムの解明も始まっています。一方で脳の傷は修復できると考え、成果を上げてきた医師たちの言葉から、脳の回復を助けるヒントも見えてきました。NHK「サイエンスZERO」の内容を記事で詳しくお伝えします。

Eテレ 7月11日(日)午後11時30分
サイエンスZERO『“子どもの脳”を守れ 脳科学が子育てを変える』

“マルトリートメント”で傷つく子どもの脳

体罰や暴言、夫婦げんかを見せるなどの不適切な養育=マルトリートメントが、子どもの脳に深刻なダメージを与える可能性が脳科学の画像診断で明らかになってきました。問題行動や親子関係の悪化にもつながることも分かり、問題の深刻さが見えてきました。

脳科学者の友田明美さん

マルトリートメントとは?

しつけのために体罰を与える、つい感情的になって子どもに暴言をぶつける、子どもの面前で激しい夫婦げんかをする・・・。これらは「マルトリートント」と呼ばれる行為です。マルトリートメントとは直訳すると“不適切な扱い方”。つまり子どもに対する避けたい関わりの総称です。

いわゆる「虐待」は自分に関係がないと思っていても、例に挙げたようなマルトリートメントには身に覚えのある方も多いのではないでしょうか。しかし虐待はマルトリートメントの程度や頻度が大きくなったもので、地続きの関係にあると言えます。

マルトリートメントの例マルトリートメントの例

マルトリートメントの種類に応じて変形する子どもの脳

生まれた直後は大人の3分の1ほどの重さしかない赤ちゃんの脳。その後10歳ぐらいまでに大人とほぼ同じ大きさになり、30歳ごろまでかけて社会性の備わった大人の脳に成熟していきます。この発達期間、脳は周囲の環境の影響を非常に受けやすいと考えられます。

子どもの脳の成長

近年脳科学の研究分野で、マルトリートメントが子どもの脳にどんな影響を与えるかが明らかになってきました。

脳科学者で臨床医でもある友田明美さん(福井大学子どものこころの発達研究センター教授)はハーバード大学と共同で、虐待が脳に与える影響を調べました。

脳科学者の友田明美さん

虐待を受けた経験がある1500人の中から「体罰」「暴言」など特定の行為のみを受けた人を抽出。MRIで脳の画像を撮影して分析し、虐待を受けていない人の脳と比較したところ、脳の特定の部位に「萎縮」や「肥大」といった変形が見られることが分かったのです。

たとえば平均で8年間、あざができるほどの厳しい体罰を受けたグループでは、理性をつかさどる脳の前頭前野の一部が平均19%萎縮していました。

厳しい体罰を受けたグループ厳しい体罰を受けたグループ

「前頭前野は犯罪抑制力にも関わる部位です。またダメージを受けるとうつ病の一種である気分障害という症状が出てきます」(友田さん)

また暴力をふるうような親同士の激しいけんかを頻繁に目の当たりにしてきたグループは、耳の上側にある視覚野という部位が平均6.1%萎縮していました。視覚的な記憶力や学習能力にマイナスの影響が出ていると考えられます。

激しい夫婦喧嘩を目撃したグループ激しい夫婦げんかを目撃したグループ

「両親が暴力の応酬をしているところを見聞きするだけでも、子供の脳というのは影響を受けるということが明らかになったのです。」(友田さん)

脳は経験や学習によって必要な神経ネットワークを作ります。脳が萎縮している人は、このネットワークがうまく形成されなかったと考えられます。一方、不要になった神経ネットワークは刈り込まれることで情報処理の効率を高めています。この刈り込みがうまくいかないと脳が肥大してしまいます。

親から暴言を繰り返されたグループでは、聴覚野の一部が平均14%肥大していることが明らかになりました。

暴言を繰り返されたグループ暴言を繰り返されたグループ

刈り込みが止まってしまった(=肥大した)部分は、神経シナプスが生い茂りヤブのような状態になっています。すると1つの刺激が周りの神経細胞にも伝わり、不必要な部分にまで興奮を引き起こしてしまうのです。

「聴覚野が肥大すると神経伝達の効率が低下してしまい、言葉の理解力、特に語彙理解力が落ちます。また大事な音や会話が聞こえなくなることから、対人関係に支障をきたしてしまうのです」(友田さん)

子どもに現れるさまざまな影響

友田さんらが行ったこの研究の被験者は、虐待に相当するレベルの厳しいマルトリートメントを受けた人たちです。では、ごく軽いマルトリートメントならば影響はないのでしょうか。

「1回軽くちょっとお尻をたたいたからと言って脳に影響が出るとは言えません。しかし、つい感情に任せて子どもを叩いたり怒鳴ったりすることが慢性的に続くと、脳にも影響が出てくる恐れがあります」(友田さん)

さらにマルトリートメントを受けている多くの子どもたちに共通の症状として友田さんが指摘するのが「愛着障害」です。

愛着障害とは養育者である親との心理的な絆(=愛着)が築けていない状態のときに出てくる症状。正常な愛着形成ができた子どもは外の世界に探索行動に出たとき、不安があるとすぐに「安全基地」である親の元に戻って不安をおさめ、再び外の世界に探索に出るというサイクルを繰り返しながら行動範囲を広げ、成長していきます。

子どもは「安全基地」の親のもとで不安を収め 探索に出るサイクルを繰り返す愛着形成のサイクル

しかし愛着形成ができていないと親が安全基地となり得ないため、子どもは不安を収めることができず、精神的に不安定な状態になってしまうのです。暴れる、問題行動を繰り返す、不安や感情をコントロールすることが苦手になるといった特徴があります。

友田さんの研究グループが健常な子どものグループと愛着障害と診断された子どものグループで脳の活動度を比較したところ、愛着障害グループでは「線条体」という部分の働きが極端に落ちていることが明らかになりました。

愛着障害の脳

健常な子どもにご褒美を与えると、脳はそれに反応してドーパミンという伝達物質が放出され、線条体の活動が高まります(図の黄色の部分)。しかし愛着障害の子どもではそれが見られなかったのです。

「線条体の働きが落ちるとご褒美を感じにくくなったり意欲が出にくくなったり、また褒めてもなかなか響かないという特徴もあります。つまり成功体験が得られなくなってしまうのです」
(友田さん)

マルトリートメントが子どもに与えるマイナスの影響は、愛着障害だけではありません。

世界のさまざまな地域で行われた111の調査、16万人分のデータから体罰が子どもに与える影響を調べた研究では、「親子関係の悪化」「精神的な問題(悲しみ・恐れ・不安)」「反社会的な行動(いじめ・先生に反抗・うそ)」「強い攻撃性」の4つの項目すべてで望ましくない影響が出ることが分かりました。

体罰が子どもに与える影響

「この結果から分かるように、体罰は“百害あって一利なし”なんです。体罰を受けたからこそ自分は立派な大人になったという方もいらっしゃいますが、一例だけではものは言えません。16万人分のデータを集めて再解析した結果、1個も望ましい影響がなかった。これが科学的な根拠です」(友田さん)

子どもの脳にさまざまなマイナスの影響を及ぼすマルトリートメント。そのとき脳の中では何が起きているのでしょうか。次の記事では、メカニズムを解き明かそうとする最新研究を紹介します。

【関連記事】

記事「脳はマルトリートメントの影響をどう受けるのか」
記事「見えてきた 子どもの脳を回復させる道筋」

この記事はサイエンスZERO 2021年7月11日(日) 放送
「“子どもの脳”を守れ 脳科学が子育てを変える」を基に作成しました。

情報は放送時点でのものです。

再放送は2021年7月17日(土)午前11時 Eテレ

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